40代前半 男性 田辺さん(仮名)
田辺さんはホームページの連絡フォームから
カウンセリングの依頼をいただきました。
実家は町の酒屋さんで、何年も前から酒のデ
ィスカウントショップのせいでめっきり配達
先が激減し、立ち飲み屋を営業することでよ
うやく生計が成り立っているとのことでした
。
田辺さんはその家の次男として生まれ、長男
は家の酒屋を継いでいます。
田辺さんは大学卒業後、雑誌の編集の仕事に
就き、実家から遠距離通勤だっただけでなく
両親とも仲が良くなかったので、会社の近く
にマンションを借り、一人暮らしをしていま
した。
30歳だった時、大阪発の新しい雑誌創刊プ
ロジェクトのリーダーに任命されました。
何回も会議を重ね、アイデアをまとめていき
、徐々に新しい雑誌の姿を浮き彫りにさせて
いきました。
翌日の東京でのプレゼンを直前にして、田辺
さんは自宅で最終的な書類のチェックをして
いました。
その時でした。
急に空が暗雲に覆われるように、自信が失わ
れていく感覚がして、大きな不安に覆われた
のでした。
一睡もできずに朝を迎えましたが、虚無状態
になった田辺さんは東京出張をあきらめざる
を得ませんでした。
翌日、田辺さんがどういう状況に置かれたか
は言うまでもありません。
失意のどん底で、自分は生きる価値などない
のではないかと考えました。
そんな田辺さんに上司は心療内科に行ってみ
ることを薦めました。
田辺さんはいやいやながらも心療内科に行き
、状況を説明し、診てもらいました。うつ病
ではないかといわれました。
2週間に一度の通院と服薬をしながら会社に
通いましたが、田辺さんは以前のようには働
けませんでした。
言われた単純な仕事をこなすのが精一杯だっ
たのです。
毎日がだめな自分と向き合うためにあるよう
で屈辱的でした。
そんな毎日を過ごしていたある日、急に自分
に自信がついてきて何事もなしえることがで
きると思えるようになりました。
そして仕事もろくにせずに遊び歩くようにな
りました。
しかしそんな元気な状況も3カ月ほどしか持
たずにまたもやうつ状態に戻りました。
クリニックでそういった状況を説明すると、
双極性障害であると診断されました。
結局、雑誌の会社はやめてしまい、その後は
躁とうつの状態に振り回されながら職を転々
としてきました。
最近はうつの状態になるたびに希死念慮(死
にたくなる気持ち)が湧いてきて大量服薬を
してしまうらしいです。
現在は仕事にも行けず、生活保護を受けてい
るとのことでした。
私は1回目のカウンセリングで現在の症状と
生活状況について詳しく聞きました。
案の定、田辺さんはいまだうつ状態から脱す
ることができず、生活はすさんでいて孤独な
毎日を過ごしていました。
私は抗うつ薬を自分に合うものにしてもらう
よう精神科医にしつこく迫ってくださいとお
伝えしました。
また週1回のボランティア活動をすることを
提案しました。
近々2回目のカウンセリングがありますが、
その際に精神科医が抗うつ薬を素早く処方の
切り替えを行ってくれていないならば、私が
田辺さんに付き添って精神科医に談判しよう
と考えています。
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