四国に息づく、あったかい焼物。
白地に青で
伸びやかな線文や唐草、草花紋を描いた砥部焼。
それは、四国最大のやきものの里で作られます。
脚光を浴びたのは、明治26年のシカゴ万博で一等賞をとってから。
昭和になって一時人気が廃れますが、
「民芸運動」で再び脚光を浴びた、それが「砥部焼」です。
ぽってりとした白地は
一見すると陶器ですが、
実はれっきとした磁器。
もともとは「伊予砥」と呼ばれる砥石の産地であった愛媛で
江戸時代に、
その砥石の屑を使って生み出されたのが
砥部焼なのです。
だから砥部の白は真っ白にはなれずに
すこぅしグレーがかっているのです。
ちなみに
「伊予砥」は、伊予で作られる砥石のこと。
「伊予柑」は、伊予で作られる蜜柑のこと。
青い模様が昔から柔らかく伸びやかなのは
染付けをする職人さんのほとんどが
昔から女性だったからとか。
上品で繊細で・・・というよりは
民芸的な優しさ、温かさのある焼き物です。
最近は、丸っこい高台をつけたご飯茶碗の
「くらわんか茶碗」が人気。
料亭ではまず使われませんが、
「お食事処」、「呑処」なんかでは
よく見かけますよね。
値段も手ごろで、何より厚手なので割れにくいのが特徴。
それでいて清潔感のある絵付けですから。
ときどき食事や店の雰囲気はまぁまぁなのに
食器がひどいお店があって、とてもがっかりします。
料理がよければいい、というのは間違い。
割れてもいいように安い器を大量に仕入れて使うなら
一枚一枚大切に使える器をそろえているお店が正しいと思うのです。
神楽坂でいうと、お蕎麦の「しま平」なんては、とっても素敵。
和食の「善知鳥」も負けてはいません。
なお、砥部焼を使うお店は、高級じゃなくても
細部まで掃除が行き届いて、たいてい清潔感があります。
そういうことです。
中国人の人種差別に戸惑う、の巻。
中国人は日本人が好きです。
基本、礼儀正しくて嘘をつかないから。
清潔度は、中国人にしてみたら
日本人のそれはある種「異常」の域みたいではありますが。
さて、私たち日本人からしたら、
日本以外のアジア人って、正直そうそう印象変わりませんよね?
中国人も韓国人もタイ人も香港人も
いい人もいれば、悪い人もいる。
むしろ中国人のほうが・・えっと、その・・・
なんというか・・・
偽造大国でお金至上主義で
ぶっちゃけ、ちょっと
人としていかがなものか・・・とか言っちゃったりなんかして。
でもですね、実は中国人は
自国と日本以外のアジア人を
非常に下に見ていることが、最近少しずつわかり始めたのでございます。
中国人のコレクターから物を買い取ることがあったときのこと。
もちろん棚には中国物がズラリ。
そこに韓国のものが数個混ざっていました。
決して悪いものじゃない。
よくできた古い青磁でした。
でもそのおっちゃんは私に言うのです。
私がその韓国骨董を褒めると
「あーそれね、でも韓国のもの。あまりよくない、韓国だから」
ときたもんだ。
また別な日のこと。
中国の「中の上階級の」人とお話をしていたときのこと。
知人の日本人の息子さんが
タイ人の女性と結婚したという話題に。
そうしたら言うのです。
「タイ人と結婚、だめね。ちゃんとした家だったら、
タイ人となんて結婚させないあるよ」
・・・。
うーーん。
うーーーん。
中国人がそんなに他の国を蔑視しているなんて
わたくし存じ上げなかったのですが、
これは世間では常識なのでしょうかねぇ・・。
「漆繕い(うるしつくろい)マイスター制度」の夢。
地震大国日本では
数年に一度、例外なく大きな地震が起きている。
そのときにマクロな被害は
街が壊れる、ビルが、橋が壊れる、というものだが、
ミクロで見ると
それぞれの家庭や公共施設内で、大切にしていた
壷や食器や、陶磁器の人形などが
落下とともにバラバラに壊れる。
これらはゴミにするしかない、わけでは決して無い。
これを再生させる技術が「漆による修理・修復」だと思う。
漆繕いは、日本独自の修理方法で
直したものは、また日常使いができるようになる。
この技術は、もっと一般的になるべきだ。
「金継ぎ」のように、「漆+純金」にする必要はないので
漆だけで行える「漆繕い」がいい。
そのほうが
手間もコストもスリム化できるからだ。
この技術を習得する人が、全国の都道府県に
平均的に居るような社会にしたい。
靴の修理屋が、どの街にもいるように。
時計の修理屋が、どの街にもいるように。
そのために、最初は国から支援をもらって
確実に技術者を増やす。
最初は30人でもいい。
年齢に制限はつけない。
「漆繕いマイスター専門学校」。
そういうものがいい。
国産漆の需要は増え、
日本の林業にも、一石を投じるだろう。
若い技術者が増えれば、若者の就業率も増える。
離職者やリストラされた人でも、
その技術はやる気があれば習得できるようにするのが理想だ。
物を大切にする精神も養われ、
「職人」の地位向上にも寄与。
需要は絶対にある。
「漆繕いマイスターNPO」。
これは日本にあってもいい。
あるべきだ。
いつかできるだろうか。
日本独自の、日本発信のこの技術を
趣味や特別なもの、としておくのは
あまりに残念だ。
ヒトの英知は、ときに残酷。
漆を扱っていると、
天然や自然由来の素材から
必需品や工芸品を生み出した「ヒトの英知」に感服する一方で
ヒトの残酷さに
心がひやりとすることがある。
たとえば漆はウルシの木から採取されるが、
リンゴの木からリンゴを収穫したり
蜂の巣からハチミツを採取したりするのとは訳が違う。
ウルシの木から漆を収穫する行為は
実はとても残酷だ。
「殺し掻き」という採取法をとられた漆は、
漆を取られたあとに「死ぬ」しかない。
肌に傷をつけられた漆の木は、その傷口を自分でふさごうとして
ヒトと同じようにそこから血(漆=樹液)を流す。
そして、血液が固まって傷口がふさがるように
漆も、その樹液を固めて、自分の身を守ろうとする。
でも人は、その樹液をせっせと掻き集める。
そうして樹液を全部掻き取られた漆は
血を抜かれた人と同じように命を絶やすしかない。
一方、沖縄には、今は行われていないが
「とんけつ下地」という漆用の下地が使われていた。
「とんけつ」は
漢字で書くと「豚血」。
漆をかちっと固めるために、沖縄の職人は漆に豚の血を混ぜていたのだ。
人の英知は昔から今でも変わらず、
「在るもの」をいかに使うかと、
「無いもの」をいかに生み出すかの繰り返しだった。
だから使えるものは、「命」でも使う。
そのとき「命」は人の手により
「命」ではなく
「道具」になる。
いくつになっても、モテる男。
私の近しい男友達は、
どいつもこいつも、そろって未だにモテている。
なんで?
もういい中年なのに。
で、ちょっと考えてみた。
なんでコイツらはモテるのか。
なんで年齢問わず、男女問わずに、慕われるのか。
共通点はなーに?
その答えはこうです。
1.ポジティブで正直。
2.喜怒哀楽がはっきりしている。
3.服装や外見に、ちゃんと気を使っている。
4.少年のように遊ぶのが好き。
5.オンとオフのメリハリがある。
6.仕事に邁進していて、しっかり稼いでいる。
7.昔やんちゃだったので、今でも怖いもんなし。
8.情に厚い。
9.いい意味で、バカ(笑)
10.憎めない。
ちょっとハゲが始まっていたり、
お酒を飲むと、もう若くないのでとっとと眠ってしまったり
なんだか「あーあ」と思うこともあるけれど
なんでか友達には恵まれている私。
彼らの人生に、より幸あれ、と思うわけです。