つまらない指導者や評論家の話はとかく薄っぺらい。
薄っぺらい指導者ほど
自分と違う指導法を否定する。
誉めるがいいやら、厳しいがいいやら、
違う指導法を対立軸におき非難する。
一元的で一時的な表面上の見えるネガティブな一面を全体的な傾向として位置づけ口撃する。
指導法など千差万別。
誉めて乗せる指導者に
甘やかしているとかいないとか。
ケジメがあるとか無いとか。
怖い顔でベンチに座る指導者に
生徒は楽しんでいないとか、
委縮するとかしないとか、
皆さん好き勝手に決めつける。
チームや個人の状況により
誉める事が必要であったり
和やかであるべきであったり、
厳しい顔つきが必要だったり
叱る事が必要だったり。
誉めて伸びるタイプ、
厳しく接して伸びるタイプなど
年齢やチームの状況や目的によって指導方法が違って当たり前。
一様な指導では立ち行かない。
叱ってばかりでもいけません。
誉めてばかりでもいけません。
要はバランスが大切。
優しい誉めもでき、厳しい𠮟りもできねばならぬのです。
ここまでの話は何度かしました。
更に今日はここからが本題。
良き指導者である為のバランスの取り方について話をします。
つまらない指導者ほど真ん中に立ってバランスをとっているつもりでいる。又は振りをする。
真ん中に立ってバランスを取るなど
私には大声で何もしていませんと宣言しているに等しい。
バランスを取ろうとすればどちらかに寄らねばならない。
優秀な指導者は組織の根本的歪みが見てとれる。
その歪みを修正して全体としてバランスを取ろうとする。どちらかに寄ってバランスを取らねばならないのです。
無責任で甘えばかりが目立ち
好き勝手と自由をはきちがえ、
そんな好き勝手が楽しいという、
そんなレベルの組織なら、
あえて怖い顔もして凛ととした空気を醸し出すことが組織の為のバランサーの役割。
厳しさを多く求める方向に指導者の立ち位置を寄せてバランスを取らねばなりません。
緊張して硬直しがちな組織なら
あえて笑顔を振りまきあらゆる拘束から解き放つような自由度の高い空気を醸し出し、積極性を出しやすい立ち位置に指導者は寄らねばなりません。
長いスパンでバランスをとったり
短い時間でバランスをとったり、
時にニュートラルな位置に立ってみたり。
生徒を観察し何が今足りないか?
何が今求めらるか?
状況により立ち位置を変えバランスを取る事が優秀な指導者には求めらる。
更に大切な事は
表面上の立ち位置の変化に
普遍性を持った指導者の目的や心情が相手に伝わる事が大切。
そうでなければただの日和見、
指導の信念が見えて来ない。
どんな表面上の表現であれ、
その奥にある確固たる指導者の信念が
相手に見えねばなりません。
真摯に向き合う指導者にはそれができる。
“一生の付き合い“との信念がある指導者にはそれができる。
表情や表現など一時的な表面上の立ち位置の変化はあっても。生徒の成長の為の信念が変わらねばよいのです。
このご時世だからと人は言うが
変えてはならない教師の志があればそれでよいのです。
その変わらぬ志が生徒に理解してもらえればそれでよいのです。。
生徒の成長を一番に行動する聖職者としての志。
表面上の誉めるとか叱るとか、優しいとか怖いとかそんな事はどちらでもよい。
教師や指導者の信念の有る無しを
生徒は敏感に感じとり、
教師や指導者を評価するのです。
一元的、表面的なことしか見えないマスコミや保護者や第三者に振り回されてはならぬのです。
時代の流れを読み取り、読み取って尚且つ
生徒の為に何が一番良いのか?
生徒の為に時勢に乗る事が生徒のためになるなら乗ればよい。
このご時世と口にするのは、
その目的が己が保身でなければよいのです。
最後は時代や時世に負けない生徒への思いがあるのみです。
良きバランサー、良き指導者、教師とはかくあるものだと私はおもう。
一人孤高の怖い顔もバランサーの辛い役目。
孤高のバランサーを応援したい。
こんだ直人教育研究所
毎日新聞 近田直人
ネットラジオDJ
近田直人の「先生どないしたらええのん?」(毎月第3金曜日22時30より)
