禁止する強制力。させる強制力。 | 世に棲む日々。(教育講演、研修、相談)

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おもしろきこともなき世をおもしろく
すみなしものは心なりけり

つまらない議論が後を絶たない大阪の学校。
自主学習の時間が確保できないから、
部活の時間を短縮すると言う。
つまらない議論。

この手の議論はすでに自主的な学習時間の確保として十六年前にし尽くされた感がある。
高津高校で私が保体部長をしていた時。
クラブ活動を統括する立場にあった私。

例の民間人校長が高津に来る前の年。当時の校長から運営委員会に提案された。土曜日の午前中の部活を禁止して欲しいと。土曜日の午前中を自主学習の時間としたいと言う。

私は言った。
「自主学習などと言いながら時間だけ確保しても意味は無い。時間を確保する為に大切な部活を禁止するなど、強制力の掛け方が間違っている」と。

さらに

「そう決まれば、部活の禁止は必ず守らせる。しかし、強制力をかける方向が間違ってやしませんか?
大切な部活の禁止を強制するなら、勉強をさせる強制力もしっかり働かせる覚悟が皆さんありますか?禁止した部活の時間に学校に来させて勉強させる気概は皆さん有りますか?」と。

ここで出るのがつまらぬ理屈。
「勉強は自主的にするものだから」バカな理屈をこねるものでは無い。部活動も自主的な活動。一方の自主的な活動を強制的に禁止しておいて、
勉強は自主的なものだからとさせる事を強制できない学校。

本来の目的は勉強させる事。
こんな矛盾した話は無い。

要は土曜日や休日の午前中に
部活に付き添うのも、講習をするのも避けたいようにしか聞こえなかった。

自主学習の時間の確保を
部活の禁止でしか思いつかない
発想の貧困な教師集団に
主体的で対話的な深い学びと言われる
昨今の教育改革に符合する生徒を育成する事などできるわけもない。

部活動の本質は自主的な学びそのもの。
想像力豊かな仮説検証力と
倫理的な学びの本質は
部活動には溢れている。

確かにピンポイントで改善しなければならないやり過ぎ部活動もあるが
自主的な学びの時間を
部活を禁止と言う方向でしか発想できない人に、
主体的対話的な物の考え方の理解があるなどと到底思えない。伝えれるとも思わない。

流行りに任せて部活動はブラックだと叫んでいるのと同じように聞こえてしまう。

つまらない。つまらない。

こんだ直人教育研究所