スポーツの精神性を問う。日大アメフト部悪質タックルについて! | 世に棲む日々。(教育講演、研修、相談)

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スポーツの有り様が今問われている。
日大アメリカンフットボール部の悪質なタックル事件。

フットボールについて以前下記のブログに書いた。

「ラグビーにまつわる話」
https://ameblo.jp/kondayao21/entry-12367897000.html

アメリカンフットボールもフットボールの中の一つ。

フットボールの原点であり、中世盛んに行われた古式フットボールについても動画で紹介した。(カルチョストーリコ)



殴る蹴る有りのルール無用の様に見えるこの古式フットボールだが、大切な規則を皆が真剣に守っている。

不意打ちはしない。多人数で一人に攻撃しない。

危険なスポーツほど精神性が大切にされる。危険で野蛮に見える古式フットボールだが自ら率先して決まり事を守る中、その激しいさ故の勇気と仲間意識が高まっていく。


Ruleに己が規制されるのではなく、


Lawに従い自ら規律を持ちコントロールする。


言わば他から規制を受けるのではなく、自ら自律を高める精神性がある。


人の心のありようが競技の質を決める。


ラグビーではこのlawの精神が尊ばれ、その精神文化は競技規則にラグビー憲章として一番最初に登場する。ラグビーに関わるものはすべからくこの精神文化の下、安全に安心して自らの勇気を持ってチームに貢献し、ラグビーを楽しむ事ができる。


アメリカンフットボールは戦略、戦術、コーチング、トレーニングがシステマチックかつロジカルに研ぎ澄まされている。その事はリスペクトに値する。


安全安心の確保についてもルールにおいて最重要なものとしてシステマチックにロジカルに盛り込まれている事であろう。


しかし、いかに効率的に論理的に研ぎ澄まされた競技であっても、規則で人を縛る事は不可能です。最後は人のありよう。


今回のように、規則を大切に自ら自律させる精神文化の無い土壌に規則などは無力に等しい事が証明されてしまいました。


勝ち負けの前にプレーヤーが備えるべき精神文化の大切さは理屈や組織を支える土台。


ルールをいくら厳しくしても精神的に自律し規則を自ら大切にする気概の無い者やそんな文化の無いチームがグランドに立てばそこは紛れもなく無法地帯


スポーツだけに限った話では無い。組織やルール作りの前に人作り。


人肌で感じる空気感としての文化の共有や精神性が、組織やルールに血を通わせる事を忘れてはなりません。


選手や学生はコーチや監督の首を繋ぐ為に汗を流しているのではありません、大学の宣伝の道具でも無い。自らの自己研鑚とチャレンジする自分が楽しくてそんな仲間との文化の共有が楽しくて

汗を流しグランドに立っているのです。


世間にも言う。


スポーツは楽しむものと安易に言うなかれ。

どのレベルのどのカテゴリーも楽しむ前には

lawの精神の理解と実践力は身につけてもらわねばグランドに立つ資格は無い。


それが安心安全な文化の共有。


かの大西鐵之祐さんの「闘争の倫理」を読めば


スポーツの指導はスポーツの指導を超えた教育的視線(人としての生き方の視線)を大切にし、フェアーを純粋に愛し、アンフェアーを許さぬ揺るぎない信念がいかに大切であるかが伝わってくる。


大西鐵之祐さんの教え子であるスポーツライターの藤島大さんの話も思い出す。

藤島さん曰く、「大西先生はラグビーの指導で世界平和の実現を真剣に考えておられた」と。

オリンピック憲章からアマチュアリズムという言葉が削除され日本体育協会が日本スポーツ協会と名前が変わっても

スポーツは精神文化を大切にする教育的側面を疎かにしてはならない事を今回の事件は世間に投げかけているように私には思われます。

アスリートファーストと世間では言いますが前提としてフェアプレイの精神を持つアスリートを大切にともう一度、基本に立ち返らねばなりません。

当然、それにまつわるコーチ、指導者も技術指導と同様に精神的な指導力を問われる事は言うまでもありません。

世界には歯が立たなかった30年前の日本ラグビー!それでもその純粋な学生のフェアプレイが心を打った。

ラグビーは人がなすもの
ラグビーは人を表し
人はラグビーを表す。

その気概を見ようと国立競技場や秩父宮ラグビー場は超満員。

プロ化が進み勝つ事を世間にあおられるスポーツ界。

ラグビー界とて他山の石では済まされない。日大アメリカンフットボール部だけに限った事では無い。学校の部活の意義も見えてきたように思うこの一件。

部活を単なるレクレーションと位置づけたり、部活がブラックと全人教育の一端を担う部活を放棄する学校が懸念される。

官民一体は望む所。スポーツと人間教育の関係性を大切にした活動が求めらる。

こんだ直人教育研究所

マイベストプロ
近田直人