奉納乱舞異聞記 | 甲南大學應援團OB会のブログ「雲外蒼天」

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甲南大学応援団再建物語
~黄霧四塞すと雖も、上に蒼天なきに非ず~

橿原神宮の奉納乱舞の記事を昨日、書かせて頂きました。日常の活動で奈良県へ赴く機会はほぼありませんので、新鮮さはある行事でありました。

寺社と甲南とでは余り関連性を感じない組み合わせではありますが、我が校の卒業生である生田神社加藤隆久宮司は神社界でも著名な人物でありますし、奈良の大仏で有名な東大寺のトップである筒井寛昭別当(平成28年退任)も甲南大学の出身だったりしまして、意外と関係は深い訳であります。
 
さて、甲南大学からJRと近鉄を乗り継いで橿原神宮に赴く訳ですが、最短の乗り継ぎでも1時間半強はかかる行程であります。車中では話好きの先輩から散々、薀蓄を頂戴する羽目になります。「ええか、橿原っちゅーのはな、そもそも神武天皇が、、、、」というお話を伺っていると橿原までの道のりもあっと言う間なのでございます。
さりながら戦後の歴史の教科書では神武天皇を教えておりませんので、奈良県や近隣の出身者でない者はそもそも「橿原」が読めないという困った事態に遭遇します。ややこしい事に橿原に向かう道中、大阪の柏原市を通りますので、「カシハラ」なのか「カシワラ」なのか混乱する團員もおりました。
 
この奉納乱舞、例年1月の三ケ日を除く最初の土日に設定される事が多く、まだまだ参拝者が多い時期であります。またここぞとばかりに奈良及び近隣在住のOBが大挙して見学に来る事も珍しくありませんでした。
そんな多くの参拝客がいる中で、奉納乱舞の開始を告げる太鼓の爆音が境内の空気を切り裂きますと、一斉に視線が我々に集まります。その中で5題程度、演武、乱舞を演じる訳でありますが、いかんせん正月休みの身体の鈍化はごまかせません。これ以上はない晴れ舞台で團旗を掲揚しての一世一代の技の冴えを見せたいと思う心とは裏腹に体がついてこない、という事がままある訳であります。
 
大観衆の中、團旗の下、余り出来栄えの良くない演武乱舞の後には正月早々、OB諸先輩のお小言が付きものでありました。
甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会広報委員会