昨今の大学向けの建築様式で、旧團室の様な秀逸な造りは期待できませんが、近代的な應援團に相応しい場所にする必要があります。扉や窓を鉄板で防備を固め、神棚、提灯、水牛の角、虎の敷物等々で装飾された團室はもう不要でありましょう。
旧制甲南高校の寮歌の中に随所に「白亜城」という言葉が出て参ります。これは元来、甲南の学舎は白塗りが特徴であった事を指しているのですが、現在では煉瓦色の建物に統一されつつあります。数少ない白亜城の面影を残していた建物の一つである学友会館の取り壊しは甲南の歴史の一つの転機と言えましょう。
應援團が健在の頃はいつでも学友会館に行けば、後輩にあたる團員達がいる、というのが当たり前の姿で、應援團も学友会館もなくなってしまう日が来るとは想像も出来ませんでした。團室から荷物を撤去し、ガランとした團室を見て、時の流れと應援團がない現状の深刻さを痛感致しました。
国家間の儀礼として国家、国旗を敬うという行為は大学間でも当然のことながらありまして、各校の校歌、大学を象徴する旗に対しては敬意を持って接する必要があります。
應援團の團旗は単に應援團という一団体のシンボルだけではなく対外試合・行事においては甲南大学を代表する旗であり続けて参りました。自校の校歌、旗を敬う文化がなければ他校のそれらに敬意を表せません。そういう観点で見た場合、今回の退去に携わった大学職員にはそういう素養が充分でない様に見え、残念な思いがしました。
我が校でも学習院大学との定期戦がありますので、そういった素養がないと知らず知らずのうちに学習院に失礼なことをしでかしねません。元来、こういう文化は應援團が中心となって醸造して参るものですので、かつての應援團に責任がある事を自覚した上で敢えて苦言を呈する次第でございます。
こういった現状を改善する為にも一日も早い應援團再建が必要でございます。應援團は伝統的に体育会にも文化会にも属せず独立的な立場で全学友を応援する団体であり続けて参りましたので、活動のベースは岡本になります。團室が岡本に戻って来るまで、微力ながら再建活動に取り組んでまいる所存でございます。

甲南大學應援團OB会
八代目甲雄会広報委員会