ブログやコメントに再々、登場して参ります日本酒「剣菱」について、過日、コメントの方で大凡の事は記載頂いておりましたが、復習の意味も兼ねて記載したいと思います。
剣菱 とは酒で名高い灘五郷 の一つ御影郷に本拠を構える銘酒でございます。住所で申し上げれば、我が甲南大学と同じ神戸市東灘区でありまして、私共では地元の酒という意味でも非常に親しみがございます。
維新に斃れた頼山陽の漢詩が包装紙に使用され、格調が高い事でも知られ、また赤穂四十七士が討ち入りの前に蕎麦屋の2階で剣菱の杯を交わしたという伝承もございます。
さて、應援團の世界では他校を訪問する際は日本酒を祝儀代わりに持参する風習がございます。他校の方や他部の方を多数、お招きする乱舞際などが開催されますと、團室を覆い尽くさんばかりの日本酒を頂戴致しますが、他校應援團からの酒は必ずと言って良い程、剣菱でございました。これは関西に限った事ではなく、遠路、東京より學習院大學應援團が駆けつけて下さる時も手に携えて来るのは剣菱であります。
おそらくこれほど業界で判で捺した様に剣菱を愛するにはそれなりの謂れがある筈なのですが、残念ながら存じ上げません。ご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示下さいます様、お願い申し上げます。
コメントにも頂戴致しておりましたが、業界の悪しき習慣で、この贈答用の酒は使いまわしが常でありました。頂いた剣菱の熨斗紙を剥がして、その上に新しい熨斗紙を貼り付け、また送答に使用していた訳であります。
故にA校、B校、C校…と渡り歩いて来た歴戦の強者になりますと、色は黄色く酢の様な状態になっていたのであります。
團室で三武会の寄り合いがあったり、某OB先輩が来訪された際等、團室にズラリと並ぶ一升瓶の中から無作為に選ばれた酒が、この手合いものである確率が極めて高く、下級生は随分と苦しめられたものでございます。
とは申せ本来、剣菱は灘の美味い酒であります。應援團時代のトラウマを引きずったままの應援團OBの方は改めて呑んで頂ければ幸いです(剣菱酒造の白樫社長は甲南大学を卒業なさっておられますので、我々としては応援致しております)。
神戸の一部の地域では葬儀の際に剣菱を出す習慣がございまして、訪れた葬儀の席で、グラスに並々と注がれた剣菱を、ままよとばかりに呑んで、大学時代に味わった"古"剣菱との余りの違いに「これは剣菱ではない!」と素っ頓狂な声を上げている者がいれば、それは間違いなく應援團関係者でありましょう。
八代目甲南大學應援團OB会
広報委員会