前回 の続きであります。
應援團の業界でもOB会で監督やコーチを置く制度が広く取り入れられて居りますが、私共はその制度がございませんでした。故に我が團では他校の應援團と比較しますと、随分と自由に活動させて頂いていたものだと今さらながら感謝の念に堪えません。
とは言え、完全な放し飼いである訳もなく、幹部は折につけOB会事務局を訪ねる必要がありました。幹部就任のご挨拶、OB諸兄を招く行事の前の事前協議、新入團員入團のご報告、OB総会の事前協議等々、結構、頻繁に足を運んでおりました。その訪問先こそが曽根若頭であった訳です。
曽根先輩を訪ねますと、事務所に通され、まずはその日の訪問目的である用件を片づけます。さすが事務局を預かる幹事長、実務能力は高くテキパキと処理され、あっと言う間に用件は終わってしまいます。
しかも曽根先輩は我が團のご出身とは思えない物腰の柔らかさでありまして、先代幹部より「事務局は恐ろしいぞ」と散々、脅かされておりました幹部は先輩の悪い冗談だったのかとすっかり安心します。しかも曽根先輩はアルコールを嗜まれず、昼間から浴びる様に飲まされるのでは…という危惧も何処へやら、コーヒーしか出て参りません。
「後は世間話でもして明るいうちに事務所を出て、せっかくの大阪、ミナミで飲んで帰るか…」
などと勝手に計画を立て始める幹部衆。そんな幹部衆に曽根先輩は、ご自身の昔話や様々なOBの逸話、社会ではコネが大事だといった様な内容のお話をして下さいます。
丁寧と申しますかきっちりしていると申しますか、一つのお話に対して一から十まで順序立てて説明する傾向にございました。大体、1講話1時間程度を見込んでおりましたので、2~3のお話が終わると夕飯時になっております。
するとおもむろに曽根先輩は電話機に手を伸ばし片っ端からOBに電話をかけ
「何をしとるんや?現役が来とるんや。飯を食いに行かんか?」
とお誘いになられます。会話の内容から今日は行けそうにないと仰ってる方を相手に優に30分は電話で喋っておられ、どんどん時間は経過していきます。
そうして電話をしているうちに何人か招集に応じた先輩方が事務所にやって来られます。曽根先輩は現役時代から面倒見がよかったせいか、1つ下、2つ下の方は先輩の招集には応じられる訳です。
「曽根のカシラ、何処で飯、食いますねん?」
とディマジオの服に身を包んだ川地民夫風の先輩が大体、一番乗りされます。
「カシラ、急にかないまへんわ」
と言いながらも奈良からおっとり刀でやって来る星野勘太郎風の先輩が来れば、頃合いは良しとばかりに事務所近くの料理屋に向かう訳であります。
無残にもミナミのネオンが遠のいた幹部衆の夜はまだ始まったばかりであります。
【続く】
八代目甲南大學應援團OB会
広報委員会