ノットヘブンジャム? Ⅶ | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。









吉乃夏美の口から、彼女の不調の本当の理由を聞いて、圭樹春海はようやく納得出来た。

全ては、山下ヒナから受けた―進言―告げ口―嘘と真実が入り乱れた巧妙な密告―、それら全てのショックのあまりの出来事だったのである。

山下ヒナは、吉乃夏美の愛情の深さをはかり間違えた。吉乃夏美は―どちらかと言えばドライな―山下ヒナが考えていたより、はるかに、ウェットかつヘビーな愛情の持ち主だったのである。だから。




『…ヒナの見間違いじゃないの? 圭樹くんはいつも遅くまでお仕事してて感心するよって、圭樹くんの同期の人―、広峰さんが、この前も部屋に遊びに来た時に話してた…』



信頼しきっている恋人に関する―良からぬ―唐突に耳にした情報に対し。いつものように笑い飛ばす事も出来ず。懸命に否定しようとする吉乃夏美に向かって、山下ヒナ自身が詰め寄った―、



『広峰さん―、ああ、あの遊び人風の優男? なっちゃんは、ず~っと一緒にいる親友のヒナより、あんな知り合って間がない人の言葉の方を信じるの?』





と堂々と宣言した、常々信頼している親友からの―"進言"を聞いて。ちょうど前後して、恋人のワイシャツに付いていたピンク色の脂の一件を思い出し。繋がってしまった、見当違いの合点に青ざめ。思いのブレた―迷いを疑惑へと変えた―吉乃夏美がショックのあまり、体調を崩して欠勤する事態になる、などとは考えてもいなかっただろうし。

欠勤して一人で家にいる間、嫉妬にかられ―常時ならあり得ないほど―いろいろ良からぬ事を考え過ぎた吉乃夏美と圭樹春海の間に。痴情のもつれなどが起きて、包丁が出てくるような"事件性"に発展―し、連絡がつかなくなり、不安になって圭樹春海の"会社"に連絡―するような事になるなどとは予想もしていなかっただろうし。

クールビューティーの吉乃夏美が、自身の心を意外なほど圭樹春海が占めていた事実を思い知らされ、驚き、戸惑い。混乱し。結果、トラウマさえ一瞬忘れてしまいかねない勢いで、結ばれてしまう事さえ、想像出来なかった。

全く、山下ヒナにとっては大失態で。結局、彼女の投下した"進言"―爆弾―の効果の絶大さを、彼女の意図したところとは全く違う別の意味で、彼女自身が証明してしまった事になり。

ただ山下ヒナ一人を間抜け、と責め立てていいワケではない。

愛情は、良くも悪くも人を変える。吉乃夏美の場合においても、いつもと異なる―従来の彼女自身と違う―一面が、嫉妬によって引き出されたに過ぎない。もともとを思い起こせば。その原因となった嫉妬―見当違いの合点―だって、いつもの冷静な彼女ならば、思い付くはずもない結論で。

だからと言って圭樹春海が吉乃夏美を嫌いになる事はない。それも彼女自身の一部である事に間違いはないからだ。通常ならば、目に止まる事もないし気にもならないほどの、わずかな、小さな、"違和感"に過ぎない。

正直。圭樹春海は、彼女から「―小指をくれれば、あなたを信じてあげる」と言われた時は、恐怖を感じた。あの一瞬。―後からどうのこうの取り繕って言い訳しようが―確かに彼女は、真剣だったからだ。

蛇のような冷たい目と、ある意味迷いのない口調。数多くの―それこそ身も心も凍りつくような凶悪かつ非道な―犯罪者達を見てきた圭樹春海をして、心の底から怯えさせ、一瞬黙らさせるほど。

『他の女の子と…、ほ、ホテル…、なんか、行くなんて。私と全く正反対のちっちゃくてポッチャリした子と』

自分以外の女と浮気しているのではないか、と詰め寄る、そのおりの吉乃夏美―愛する女から―の嫉妬の形相はすさまじいほど、恐ろしく。犯罪者達のそれとは、違う次元の恐怖だ、と思い知らされ。

だから。冗談だよね、と言い含めて逃げ出す事も考えたし、またそうする事も可能だった。けれど、圭樹春海は、それをしなかった―やめた。なぜなら。

吉乃夏美と、真正面から向き合ってやりたかったから。例え一瞬とは言え、悪魔的な思いつきに支配され、世界歴代残酷物語に出てくるような"悪女"になってしまった彼女を元に戻すには、彼女を支配している考えが狂っている事を、とことん見て考えさせ、諭させる必要があったのだ。

悪い芽は早く摘み取るに限る。そして。吐いた唾は、二度と咽には戻らないから。

彼女自身が求めた―冗談だ、と軽く一笑に付し、その場の気まずさ―否、そんな残酷な言葉を口にさせた感情から逃げ出そうとした―気まぐれな欲求が、どれほど相手を傷つけるかを、見せつけてやらなければ。

愛憎は、その字面の通り近しく、表裏一体だ。愛情が憎しみに変わる、その劇的な変化の一瞬はまさに、"天国から地獄行き"である。

愛し過ぎてしまったが故(ゆえ)の―おそらく、想像さえされていなかったほどの嫉妬を―誰かを愛してしまったがゆえの醜い感情を―自覚させなければ、彼女はいづれ、"生"から"死"にとらわれる。ストロベリーが、ストロベリージャムになってしまうのを、圭樹春海は、指をくわえて眺めているワケにはいかない。

憧れてやまない"大好きな"彼女を。自分自身と同じ―かつて母親に仕掛けられ逃れられず、ついに手にかけて殺しかけた時と同様の―愛情の罠に嵌まらせる事を見過ごすワケには、いかなかったのである。

実際、吉乃夏美は目の前に突き付けられた包丁―正確には鋭利な刃先―を見て、自身の発言―罪深さにすぐに気づき、 元に戻ってくれた。自身が見込んだ女なのだから絶対に大丈夫、ワケの分からない事を口走っているのは一時的な錯乱に過ぎない、絶対に正気に戻る、と自信はあったものの。もしかしたら、当てが外れる事だってあり得たかもしれない状況下で。

圭樹春海は、ただ、吉乃夏美を信じた。

"家庭内犯罪"を秘密裏に処理した両親からは見捨てられ、小さな頃から家族と言う集団に属せず。それこそ"人間不信"、"興味あるモノは人間の死顔だけ"だったと言う絶望的な環境に身を落とし。けれど。彼女を通じて徐々に人間らしい感覚を取り戻し立ち上がる事が出来た。

結果。常日頃から見つめ、接し続ける彼女―けれど、決して目には写らず、現実、形もない、常に翻る危険性を持った"心"と言う不安定なモノ―を信じて。危険な賭けに出たのである。

その―捧げる―裏切られても後悔しない―覚悟で小指を張った―賭けに。彼女は見事に応えてくれた。

だから圭樹春海は、現在。普通に動く左手の小指を見るたび、あらゆる意味で良かった、と安堵のため息をもらすのである。

ただ。彼女に暗闇のトラウマを与えた、―だからこそ、蛇の巣穴のような真っ暗闇の中、彼女の全てを手に入れると言う、腐れ縁と因縁にまみれた特別な関係になり得るワケなのだが―彼自身である事実に変わりはなく、また、それは別次元の話で。





『見たね?』

『…』

『見たね?』

『―…な、何の、話?』

『―いいよ。誰かに話したければ話しても。でも、話す前にその口を塞ぐけど。ねえ、…』



―いいよ。



『いやーっ! 誰か! …け、け―圭樹くん…』





さまよう悪夢の中。毎夜毎夜、彼女にあんな悲鳴を叫ばせ。圭樹春海の名を呼ばせ。自身の存在を必要とさせるほどの恐怖を植え付けた―、その罪深さに相応しい罰、をいづれ受けるだろう事は覚悟しておかなくては、ならない。

それがどんな形を成しているモノなのかは、予測がつかない。けれど、罪を告白し懺悔する以上、罰から逃れる事は絶対に出来ない。

"目には目を。歯には歯を"

圭樹春海は、吉乃夏美からいつか、必ず、罰を下される。

と言うより。

本来ならば、今回のような展開―抱擁―は、圭樹春海の計算外だった。彼はこんなに早く吉乃夏美を手に入れるチャンスが訪れようとは、予想だにしていなかったのだ。

それどころか。辛抱強く耐え忍び、彼女から求められるその日まで、静かに黙って見守っていよう、と心に決めていた。何も"ええカッコしい"になろうとしたワケではない。愛する女に暗闇を怖れるトラウマを与えた、自分自身へのケジメとして、自らを律しただけの話で。

だから、彼女へのアプローチも。真剣そのもの―吉乃夏美曰く『怖いよう』―な調子はどこへやら、決意した途中からごく軽いボディータッチへと変わった。彼女は寂しい、やら、倦怠期なのだろうか? などといらぬ心配をしていたようだが。英会話レッスンにかこつけ、色々ふざけていたのにも、圭樹春海なりの理由があったのである。

なのに。思いがけず訪れた、チャンス。

―それまでをも。

耐えて忍ばなければならない、理由は、全くないし、また、そこまで。

圭樹春海は。気がいいイケメンでは、ない。吉乃夏美が知っている以上に、"ズルい"部分も―彼が歩んできた人生なりに―持ち合わせていて。それゆえに―言い方は悪いが―吉乃夏美が冷静さを失い、混乱した隙に乗じ―彼女の全てを手に入れる事が出来たのだ。

そう、まるで同族を共食いしている捕食者が、その餌の油断している一瞬を逃さず仕留めるように。

だから。広峰蒼の例え―



『ずっと? 長いな。蛇みてえだな。飽きねえ?』



―は。自称草食動物の圭樹春海に、自身もそのような―蛇のような―一面を持ち合わせているのだろうか、と省みさせ。もし、そうならば。

「小指をくれたら信じてあげる…」

と、したたかに男の愛をねだった吉乃夏美を、冷たくも美しい蛇だ、と仮定してみると。その奪い奪われる―共食い的な―関係上から見ても、満更外れてはいないのだろう、と感心させられたのである。









to be continued