事由の愛・ラ ヴィ アン ローズ―薔薇色の人生―12 | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。










柏原雅志は、暗闇の中、逃げ続けた。

月も星も出ていない―道端にポツポツとあった人工的な灯り―街灯さえ、その内消え失せ―進むべき行き先もよく分からない山の中を。

恐怖と、それから逃れるための本能のみで、闇雲に走り、さ迷い続ける。

枯れ葉や落ち葉を乱暴に踏みしめ。その内細いトンネル―狐やイタチなどの動物がようやく通れるような―道とは名ばかりの雑草の中に紛れ込み。

息を殺して、身をひそめる。

何か虫のような物に腕を咬まれ、むず痒くとも、一切声は上げなかった。

それぐらい、彼は後から間違いなく追ってきているだろう人影―藤木黎に見つかる事を怖れたのである。

どれぐらい、そうしていたのか。

やがて。雅志自身を探し求め、呼び掛ける声が聞こえ始め。

その声の主が先ほど見せた『悪魔』の様相を思い出し。柏原雅志は、恐怖にますます身を縮こまらせる。

「…雅志~。どこにいんの? 出ておいで~。山の中は、暗くて寒くて危ないから、早く一緒に帰ろう~」



お前と帰る方が危ないし、怖いよ。
お前みたいに薄気味悪いヤツに捕まるぐらいなら、俺、朝になるまで―ううん、永遠に一人でここにいる。
渉…、過敏で熱とかがすぐに出やすい体質なのに、ハトのヒナ引きずり出させたり、無理な事、いろいろさせてゴメン。俺が『綾ちゃんの彼氏をいじめてやろう』なんてバカな提案しなければ…。最初はイヤがってたお前を説得して巻き込んで…。お前が寝込んじゃうほどまいっちゃうなんて、予想もしてなかったんだ。おまけに、いろんな事バレた時の逃げ口上に、とっさにお前の名前かたって、俺、最低―。ここから生きて帰れたら、俺、いい兄貴になるから。
おまけに、『守くん』にも、あんな事させた…。



と、懺悔の念にかられながら。雅志は、あの大柄な中学生にしか見えない少年―江口守との出逢いの瞬間を思い出す。



『ねえ、ねえ。ここで何してんの?』

『えっ…』

『あっ、タメ口利いてゴメンなさい。さっき、“あのコ達”って言って泣きそうな顔してたから、スゴく気になって…』

『ああ、あれは―…、ハトの事だよ。僕ん家、おじいちゃんがハトレースに参加してたぐらい、ハト好きな家系で』

『ハトが好きなの?』

『うん。大好き。知ってる? ハトはスーパーバードなんだよ。その場ですぐ飛び立つ事が出来るし、ヒナを育てるのにも、虫とか口移しで食べさせるんじゃなくて、自分の体内で作り出した栄養たっぷりのミルクを飲ませてんだよ。すごく成長の早い、ハイテクな愛すべき鳥で…。
あっ、喋りすぎてゴメン。君、一体、誰?』

『旅行者。俺、…ワタル、って言います。えっと、君は?』

『守。江口守。小学五年生』

『えっ、五年生…? デカイけど、六年生の俺より年下だったんだ―。
ねえ、守くん。面白い―じゃない、ハト好きな君にとって聞き逃せない話があるんだけど―』



と、江口守の興味を引くように話題を振り。

君が来た時、フロントにいた二人連れのカップル、覚えてる? 実はハトを駆除したり捕まえたりする、悪いグループの一味で。ハトを売ったり食べたりしてるんだ。特に男の方はスゲエ残酷なヤツで。ほっといたらこの辺り一帯のハト、ヤキトリにされて全部食べ尽くされていなくなっちゃうよ―。

とまことしやかに囁く雅志に向かって。

…ヤキトリ!? と目をむく江口守を扇動していくのは、たやすい話だった。

柏原雅志は、その場で思いつく限りの嘘八百を並べ。江口守を自身が描く計画に巻き込んでいく事に成功し。

母の口から聞いた、『フジキ レイ』なる男―従姉の恋人―を痛い目にあわせるべく(画像は母が従姉の友人、園田依子と電話で会話したおり、彼女から母に送ってもらっていたので、その外見や顔立ちは充分認識出来ていた)、こっそり弟・渉の木刀に紛れさせて持ってきていたエアガン―けれど、まだまだ小柄な自分では扱いかねる代物―を、一度は撃った経験があると言う江口守に渡し。

彼の携帯電話の番号を聞き出し、翌日の計画の詳細と決行を知らせる。

江口守は同意しつつ、ためらいがちに電話口で囁いた。

『―でも、もし間違えて変なトコ撃っちゃったりしたら。確かに撃った事はあるけど、―僕、自信ない…』

『大丈夫だよ。
ちょっとお尻とかに当ててやればいいだけの話だから。驚いて、この辺りヤバいって、すっ飛んで逃げてくよ。
エアガンは撃った後、あの丘の岩場に隠して逃げてくれれば、後から俺が回収するし。
…そうだ、今から家にあるカラータオル、何色でもいいから持ってきてよ。実行する時に、俺がターゲットにそれを渡すから。その後、ちょっと大きい声で唄も歌うからさ。
それを合図に撃ってくれれば、いいから。簡単だろ?』



そうだ、守くんにも…、何の関係もないのに利用して―人間を標的にさせて撃たせるなんて、ひどい事させた。
俺、マジ、最悪…。
そのバチが今、当たってるんだ…。あの悪魔に殺される…。



と、柏原雅志は、いよいよ身をすくめ。

そうしていると。

藤木黎の掲げている懐中電灯の灯りが見えてきて。

息を殺す雅志の耳に、こんな問いかけが聞こえてきた。

「…雅志? いるんだろ? どこ?」

「―」

雅志はギュッと目をつむり、答えず。けれど、黎はその辺りに“彼”がいると確信があるのか、問いかけ続ける。

「―ねえ、雅志。どして俺の事そんなに嫌がってんの? 俺の事、怖い?」

「…」

「怖いから…、それとも顔も見たくないから、俺がいなくなればいいと思って、エアガンなんか撃ってきたの?」

やはり返事はなく。藤木黎の声だけが、虚しく響き渡り。

「俺がウザいから?
それとも―、
大好きな“綾ちゃん”を奪った憎い相手だから?」

お前、綾さんの事、好きだろ?

と、黎が大声を放つ。

「…綾さんと毎年恒例の旅行が出来なくて、そんなにムカついたの? “おにいちゃん”が出来て嬉しいな、とかほんのちょっぴりも思ってくれなかったの?
俺は弟分が出来るって思っただけで、嬉しくて仕方なかったんだけどね。ああ、“おにいちゃん”って呼ばれる立場になれるんだ、って…。こんな俺にも、人並みな親戚が出来る、綾さんと―、つき合ってるおかげだ、って」

その数秒後。

不意に、…お前なんかおにいちゃんじゃない、と囁く声が聞こえ。

黎は耳をそばだたせる。そんな彼の聴覚に、雅志の声が響き渡る。

「お前なんか、ちっとも“おにいちゃん”じゃない…。一見、優しそうで愛想が良くてニコニコしてて―、でも本当は仮面かぶってニタニタ笑ってるだけの、綾ちゃんの傍から離れねえ、薄気味悪い悪魔じゃねえか…。
可愛くて優しい綾ちゃん騙して、その内食べちゃいそうな、童話やおとぎ話やゲームに出てきそうな、バケモンじゃん」

藤木黎の落ち葉を踏みしめる足音が止まり。新しい風向きに徐々に雲が流され、月や星の光がようやく姿を現し始めた中。

それでも雅志は、囁き続ける。

「お前みたいなバケモン、綾ちゃんにふさわしくない。綾ちゃんはいつだって…、俺らと遊んでくれて―、本当にホントに可愛いおねえちゃん―女で。
なのに、どうして、お前なんかが好きなワケ? 大人になったらお嫁さんにして、って…、雅志くんは本当にカッコいいよ、理想の男のコだよ、って…。なのに、何で、実際つき合ってんのはお前なんだよ?
おかしいじゃん!? 綾ちゃん、俺の事が好きって言ってくれてたのに…!?」



『綾ちゃん、好きなヤツ、いるの?』

『私はいつだって、雅志くんと渉くんが大好きだよ』

『…渉と俺、だったら、どっちが好き?』

『選べないよ。二人とも同じぐらい、好き』

『渉より、俺のが年上だから。俺のが、綾ちゃん幸せに出来る。俺、早く大人になるから。それまで誰とも結婚しないで。綾ちゃん』

『うん。分かった』



綾ちゃん、待っててね―。



「―それなのに、綾ちゃんはお前なんか選んで…。久しぶりに―宿のフロントの陰に隠れて―泊まりに入ってきた綾ちゃん見てたら、嬉しそうに笑ってた―。俺の事なんか全く頭にないみたいな、嬉しそうな笑顔で…。
この旅行に行くの決まった時から、お前を痛い目にあわせてやろう、と思ってた。俺の綾ちゃんを盗るんだから、それなりの代償を支払うのは当然だろ?」

それで思いついたのがエアガン、なワケ? と藤木黎が鼻で笑って問い返す。

「下らね。そのアイデアと俺を陥れようってパワーをもっと建設的な事に生かせば?
大体あんなの、どこで手に入れたの? 蛍子さんに何気に訊いたら、エアガンなんか絶対うちにはない、買ってやってないし、って言ってたけど―」

「近所の一人暮らしのおじさんから、引っ越す時にもらったんだ。もう、これいらないから、やるよ、って。持って行けって言われたんだ。銀玉鉄砲や水鉄砲も一緒に」

そう言えば、蛍子さんが出逢った最初にそんな事を話してたな、と黎は記憶の糸をたぐり。



『あっ…、実はね、私達、大型連休にどこにも行けなくて。で、ヒマ―、じゃなくて時間があったから、そうだ、綾ちゃんのトコに遊びに行こう、って話が出て盛り上がって…。ダンナは出張先から帰ってきたばっかりだったから、俺は留守番してるよ、お前らだけで遊びに行ってこい、って寝てるばっかりだし。…ほら、私達―と綾ちゃん、毎年この時期にお互いの家を行ったり来たりしてるじゃない?  でも今回は私達もご近所の事―、町内のお掃除やら歩け歩けツアーやらご不幸やらお引っ越しのお手伝いやら車のタイヤがパンクするやらで、中々綾ちゃんに連絡取れなくて。で、急で悪かったんだけど、綾ちゃんトコにお邪魔しようと思って―』



町内のお引っ越しのお手伝いね、と思い出し、一人納得しつつ。

黎は再度、尋ねる。

「ねえ、雅志。風呂場で話した事覚えてる? お前、あの時、こう言ったよね―」




『黎くん、ゴメン。こいつ、昔っから綾ちゃんのファンで。久々に綾ちゃんに逢えて甘えられると思ってたら、黎くんがいたからジェラシー燃やしてんの。おまけに音痴だから、一緒に歌いたくても歌えないんだよ。こいつが歌ってんの、一回か二回、機嫌いい時しか聴いた事ないし。
いつもは、こんなヤツじゃないんだけど。
さっきの木刀襲撃事件と言い、危ないよね。でも、黎くん、木刀をうまくかわしたからビックリした…』

『剣道やってたから、俺』

『…なるほど。道理で。とにかく、俺が怒っとくから、あんま気にしないで―』



「『…なるほど。道理で』―少し残念そうにつぶやいたお前の声の調子が変だった事に、もっと早く気づいても良かったのに。
全部―、全部、渉じゃなくてお前の話。お前自身の身の上話だったんだね。
それなら、全部お前自身でケリをつければ? やるなら、お前自身の手を汚しなさい。関係ねえヤツら―子供(ガキ)を巻き込むなよ。
悪質で最低で最悪。お前は三拍子揃った、まれに見るクソガキだよ。死ななきゃ治んねーレベル…」

「うるさいな、分かってるよ!」

雅志は不意に大声を上げ、思わず立ち上がり。

瞬時に。しまった、立ち上がるなんて、自分の居場所教えてどうすんだ? 俺バカ、と後悔したが、時既に遅く。

気がつくと、藤木黎がほんのわずか先にいて、夜空のあかりにその姿が浮かび上がる中、こちらを―恐ろしいような殺気立った眼差しで―凝視してきていて。

雅志は、一瞬怯み。けれど、こうなったらもう言いたい事言って死んでやる、と開き直り、叫び続ける。

「だから、戻ったら―、あいつら…渉や守くんに謝って、許してもらって、これからは、いい兄貴になる…」

「戻れると思ってんの? 今の状態で」

えっ、と尋ね返す雅志に。黎が閉ざした唇の両端を上げて笑いかける。

「今のままじゃ戻れねえよ。キッチリ、ケリつけねえと。ねっ、雅志」

「れ、黎くん…?」

「ジッとしてろ。この夜の恐怖も迷路も―すぐに終わらせてやるから―」

動くなよ、おとなしくしてなさい、と。

囁きながら藤木黎が近づき。左手に握った警棒のような物を腰の辺りで横向きに構え、にじり寄ってきたので柏原雅志はたまらず、目を閉じた。



お母さん、お姉ちゃん、綾ちゃん、渉―、それに、お父さん。
今までいっぱい嘘ついてきて、ゴメンなさい。財布のお金がなくなったのも、お皿割って知らんぷりしてたのも、他の事も、全部全部、本当は俺だったんだ。
みんなが見逃してくれてたから、追求されなかったから、っていい気になって、一番怒らせたらいけない、ヤバい相手にちょっかい出しちゃったみたい。
あいつ、俺の事、『死ななきゃ治んねーレベル』って笑ってた…。
俺、ここで消されちゃうのかな。
今まで嘘ついて、心の中で舌を出してやり過ごしてきたツケが一気にやってきたよ…。
みんなが助けてくれないと―守ってくれないと、俺一人じゃ逃げる事さえ出来ないよ。
こんな時になって、やっとみんなから守られてた事に気づくなんて。

…先立つ不幸をお許し下さい。

俺、もっと生きたかった。生きてみんなと、楽しく過ごしたかっ―。



一瞬後。

警棒が風を切って、横に払われ―。












to be continued