事由の愛・ラ ヴィ アン ローズ―薔薇色の人生―11 | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。








―藤木黎は淡々と続ける。

「話してる内に彼のハトへの愛着心と、お前ら家族が到着して早々に発見してたハトファミリーの巣―空の天敵―カラスやトンビからは見えにくい―つまり、丘の上からも発見されにくい瓦の隙間に作っていた巣、それと―おそらく、これが一番お前にアイデアの神が降りてきた瞬間だったんだろうけど―、『守くん』が図体こそデカイけど、実は自分より年下の小学生と分かって彼を利用する事を思いついた。
お前がさっき言ってた通り、エアガン―特にライフルスタイルのは、ある程度体がデカくないと、上手く撃ちこなせないからね。お前の体格と腕力じゃ、撃った瞬間に体が後ろにのけ反って、絶対に命中しないから」



『…それにしても、お前細いな。ちゃんと好き嫌いせずにメシ食ってる?』

『うん。食べてるよ。苦手な物もあるけど』

『そっか』

『黎くんだって細いじゃん。俺、その内キン肉マンになるから。マッスルファイターになって、黎くんだってやっつけちゃうかも』



「―風呂に入ってる時に、俺らお互いを見て、こんな他愛もない事を言い合ったよね。でも…」

お前、実はあの時マジだったんだろ? 俺をやっつけちゃうかも、って言ったの? と黎が尋ね。

けれど、格別適切な答えを求めているわけでもない様子で。

話し続ける。

「俺ら年上には言いづらい事でも、年下の子供になら、いくらでも命令出来る。弟に命令するみたいにね。―いや、どちらに対してもチョロくて簡単な事だったんだろうな。
相手の気になってるポイントを突けばいいだけの話だったんだから。
弟―渉には、大好きな親戚のお姉さん『綾ちゃん』を、電話を聞いて知った、彼女に付きまとう変態男―俺から守るため。そして、『守くん』には、そうだなあ…、ハト大好きって事が分かったんだから、テキトーな口実―、アイツはハトをいたぶる意地悪な男だから、ちょっとこらしめてやろうよ、とかかな?」



『綾ちゃんをいじめるな! この変態!』

『僕、あのコ達大好きだったのに…。寂しいよ。もう逢えないの? イヤだよ…』



「…弟には、初対面で何も知らない俺の事を“変態”と吹き込んで木刀を持たせて襲わせて、『守くん』にも嘘八百を並べ立てて、俺を“的(まと)”にさせようとした。
お前は、扱いやすい年下の子供二人を利用して―何でだか知んないけど―俺を追い払おうとしてた。巣を作ったり、群がって害をなす鳥達をウザいから、って追っ払おうとする時みたいにね」

「―」

「…あの時…、ハトのヒナを助け出そうと、軍手を渡してくれた宿のおかみさんの動きに紛れて、緑色の厚手のタオルを俺につかませたのは、お前だったんだろ。状況的に、その場にいた人間にしか出来ない事だしね。
あのタオル、どこで手に入れたの? お前の家族のじゃないのは確かだよね。蛍子さんや瞳子ちゃんのだったら、そんな事した時点で『タオルがない~』 って大騒ぎしてるだろうし。他の宿泊客からも、そんな苦情は聞こえないし。
…もしかして、元々は、共犯者―『守くん』の家のタオルだった、とか? それだったら、辻褄合うし、よく考えられてるよね。部外者が持ってきたタオルなら、出所は分からないから安全だし、何かあっても『何それ? 僕、知らな~い』って、しらばっくれる事も出来るし。
でも、何のために? 何でタオルなんか俺に掴ませたの?」

藤木黎からの当然の問いかけに、柏原雅志は何も答えない。

その、たどたどしいと言えばたどたどしすぎる反応に、黎は苦笑しながらも、話を再開する。

「『そのタオルを掴んでるヤツを撃て』―。
そんなところだったのかな?
…納屋の屋根の上に上って、ヒナを巣に戻そうとしてた俺の耳に届いた調子っ外れな声―お経みたいな祝詞っぽい声―スゲエ超下手な歌声に、最初渉かと思ってたけど、周囲を見回したら違ってた。
お前だったんだよ、雅志。
音痴は渉だけじゃねえ。さっきも話したけど、初日に一緒に風呂に入った時。俺の歌声に合わせて体は動かしてても、歌は一切口ずさまなかったお前も、弟と同じく、そうだったってワケさ」

「…―」

「嬉しそうに歌ってたなあ、お前。ニヤニヤと口元歪めて…。すげえワルい顔して歌ってたけど、あれ、何のパフォーマンス? 音痴は唄なんか歌いたがらないだろ、普通。
まあ、お前が歌った直後に俺のケツに弾が飛んできたんだから、状況から考えても、あれが“作戦開始”の合図になった、って事なのかな?
何せ、携帯電話持ってても、かけて話してる間に“的(まと)”がさっさっと使命を終えて、屋根の上―舞台―からおりちゃったら、お前のプランは台無しだからね。少々気乗りしなくても、大声出して歌ってれば共犯者に伝わるし、あのいろんな掛け声が入り乱れてた現場じゃ、たいしておかしくも思われない。
用意は万端だよ~、撃ってきていいよ~、…早く撃てよ、何やってんだ、撃て、つってんだろ―。
ミッション遂行開始は、ラッパの音ならぬお前の歌声だった、ってワケだ」

風が二人の男の間を吹き抜け。草や木の枝を揺らし続ける中。

藤木黎は、たくさん喋ってっから疲れてノドが渇いたよ、とぼやきながら、ポケットから飴玉を取り出し。口に放り込み舐めつつ。

語りを再開する。

「今朝―、じゃないね、昨日の朝の話をしようよ。
蛍子さんが、俺ら―俺と綾さん―に高知に行くなら子供達も連れて行ってあげて、って頼んできたの、あれ実は、お前が提案した事だったんだろ?」

「…」

「『母さんが疲れたからって、どこにも行けないなんて、俺らスゴくタイクツだよ。そうだ、綾ちゃん達がどこかに行くなら、連れて行ってくれるように頼んでよ』―、昼、俺が何気に瞳子ちゃんに、どーして俺らについてくる事になったのか、いきさつ訊いたら、そう答えてくれたよ」

瞬間。

柏原雅志が、あのおしゃべり―、と言わんばかりに表情を歪めたが、藤木黎は気に止める事なく続ける。

「…お前の企み通り、俺らと一緒に高知に遊びに行く事が決まった時、お前はその間に、風邪気味で残るって言い出した渉へ、ハトの巣からヒナを引きずり出すように命令しておいた。―残ってもおかしく思われない程度の演技をさせてね。
渉は、蛍子さんが部屋で寝てる間に納屋の屋根の上に―ベランダの側に生えてる木の枝づたいに、そこから―飛び乗って。何せ、子供は身が軽いし、渉は元々―初対面で木刀振り回してた様子から見ても、そんなに―運動神経悪そうに見えねえから、屋根が抜けたりする心配もなく簡単にミッションをこなし―。
ヒナを、巣から取り出した。
もちろん、誰かに―瞳子ちゃんにでもママにでも―ヒナを発見してもらわねーと意味がないから、部屋から見えやすい位置にヒナを放置するよう教えておいて。あと、死んでてもダメだから、俺らが宿に帰ってくる時間に合わせて、ヒナを引きずり落としておくようにも言っておいた。
それぐらいの用意周到さは持ってないと、今回みたいな舞台を造りあげる事は出来ないからね。
お前は、俺を、納屋の屋根の上に引きずり上げるためだけに、そこまでの事をしたんだ」

「…」

「もし、仮に、宿のご主人夫婦が屋根に上がる、とか言い出してお前の計画の邪魔をしようとしても、いろんな理由をつけて俺を『舞台』に引きずりだすだけの算段と口実は用意してたんだろーし。
実際、いつもお前が一番だったよね? 何か事が起こる度に、周囲を囃し立てて盛り上げて、俺が断れないような状況に持っていく声、上げてたの―」



『えーっ、黎くん早くしたげたら? もったいぶらずにさ。ご主人帰ってくるの待ってたら、日が暮れるよ』

『そうそう、ヒナが食べられちゃう』

『黎くん、ほらほら、早く、早くぅ』




「あ~。そんな事してない、なんて言い訳しなくてもいいから。俺はいつだって、周囲の状況を注意深く見てんだよ。
誰が、どんな感情で、俺を見てるか―どんな悪意を持って何を考えてるか―企んでるか―、だから、一度見た物や聞いた言葉、忘れたり思い違いするなんて事、俺に限っては、絶対に、あり得ないから」

何か言いかけ、雅志が言葉を呑み込み。小さくうつむく。

そして、とにかく、黙って藤木黎の話を聞き続ける。

「それと―、お前、ご主人―屋根に上る人間―がいなくなるように、コッソリ外出させてたじゃん。
こっちに泊まりに来るのに街を走ってたら、安いお魚たくさん売ってる人がいた、って昨日の内に耳打ちして。
だからご主人は、ハト騒動の時に宿にいなかった。
おかみさんからそのワケを聞いて、お前はスゲエな、と改めて思わされたよ。テキトーな場所言って、宿と客のためにいい食材を、って張り切るご主人に嘘ついて右往左往させて、一番邪魔になりそうな人間を早々に除外したんだから。
お前の嘘に騙されて、安い魚を売ってるトコなんかなかった、って後から 文句言われても、
『え~っ、なかった? 旅行で初めてこっちに来たから、場所上手く説明出来なくてごめんなさい。よく分かんなかった…』
って、しょぼくれた顔して謝れば終わりだし。まあ、ご主人は最初(はな)から、そんな事問い詰める気もないだろーし。
ただ―」



『今日は忙しい日だなあ』



「…客の応対や面倒みるだけでも大変なのに、お前なんかの嘘に振り回されて。二人っきりで頑張ってる、じーちゃんばーちゃんをからかうなよ。かわいそーじゃん。
…そんな大人顔負けの行動を取ったお前にも、誤算があった」

「…」

「ヒナを巣から引きずり出す時、危険を察した親鳥が渉をつつきまくった事に疑う余地は、ない。親鳥達から交互につつかれた渉は、手や指に数えきれないかすり傷をつけられちゃった。
だから、高知から帰ってきた俺らを出迎えた渉を見て、綾さんは、こう尋ねたんだよね―」



『おかえり~、綾ちゃん。これからゲーム一緒にしよ? 俺、面白いの持ってきてるから』

『いいよ。私あんまりよく知らないから、教えてくれる? でも、渉くん、体調大丈夫? 風邪っぽいって言ってたけど、もう具合、良くなったの?
ゲームが一通り終わったら、みんなにも貸してあげようね。それと…、はい、これ。みんなからのお土産』

『あっ、うまそうなお菓子。綾ちゃん、ありがとう~。母さんにも分けてあげよ、…あれ? 綾ちゃん、どしたの、このスカートのしみ。なんかついてるよ、こぼしたの?』

『うん。ジュースこぼしちゃって。ドジでしょ? それより、渉くん…。これって ―』



「『その手、どうしたの? どっかで転んで擦りむいたの? 傷だらけだよ』―。
まさか綾さんに指摘されるなんて思ってなかったんだろーね、渉はすげえビックリした顔してたけど…。手だけじゃない。腕や背中や肩につけられた、くちばしや爪痕の傷を隠すために事前に『風邪気味だから』って、カーディガンを着てごまかしてた、としたら?
それか、兄貴の命令と、親戚のお姉さんを俺―“変態の男”から守るためとは言え、何の罪もない小さな命―鳥のヒナを巣から引きずり出して生命の危険に晒させてる、いや、晒させた、って言う良心の呵責と過敏―蛍子さん曰く―デリケートな―ところを無視してハトを触った事による反応―、本当に高熱を出して寝込んじまった、としたら?
スゴくかわいそうな事させたって、お前、思わね?」

藤木黎の指摘に。それでも柏原雅志はうつむいたまま、ダンマリを決め込み、反応を示さない。

黎が懐中電灯を揺らしながら、ため息をつく。

「そんなの、どーでもいいか…。
ただお前のもう一つの間違い―見当違いは、綾さんが俺に白いタオルを握らせて、彼女自身が緑色のタオルを握って標的になっちまった、って事だよ。
ハシゴの下からじゃ納屋の屋根の上の出来事までは分かんねえから、お前は俺にタオルを握らせた事で得意満面、意気揚々とオープニング幕開けの合図―フシもげな歌声を掲げた。
で、お前との作戦通り、ベランダの向かいにある小高い丘―岩場―ここにスタんばってた『守くん』は、緑色のタオルを持った綾さんを撃とうとしたんだ。
俺が庇わなけりゃ、綾さんは確実に撃たれてた。撃たれて、痛さから頭か顔を庇って、最悪ハシゴの一番上から落下…」

ふと。

藤木黎の耳に小さな笑い声が聞こえ。見ると、柏原雅志が懐中電灯の丸い輪の中、肩を小刻みに震わせ、笑いを噛み殺していて。

雅志はうつむいていた顔を上げると。先ほどまでと打って変わった―座った―ひねくれた―目で、藤木黎を見上げ。

その口元を嘲笑で歪める。

「面白い話だね。笑わせてもらったよ、黎『おにいちゃん』」

「―」

「でも、証拠がないから。俺が犯人だって証明出来なけりゃ、黎『おにいちゃん』の話は、ただの妄想に過ぎないから。
さっきの利き脚の件だって、黎『おにいちゃん』のお話を聞いたり状況を分析したりしてれば、カン違いする事だってあるだろうし、俺はそう思っただけだし。『守くん』なんか、全然知らないし。
それだけの事で俺を決め付けて犯人にして、何でもかんでも強引に結びつけないでよ。
無責任な事ばっかり言って。そんなのがまかり通って許されんだから、俺も早く大人になりたいよ。
…もう部屋に帰らせてもらうよ。空も一向に晴れないし、寒い話につきあわされて、また熱上がりそうだからさ」

と言い捨てて、立ち去ろうとする雅志に向かって。

待~て~よ、と黎が呑気に呼びかける。

「俺が何の確証―証拠も掴んでないのに、お前に手の内見せると思ってんの? 本気でそう思ってんなら、舐められたもんだよね、俺も。
証拠なら、あっから。ここに」

そう言ってポケットからスマートフォンを出し、あるボタンを押すと。

数秒の静寂の後。一人の―泣きじゃくる少年の声が流れてきて。

暗闇の中、藤木黎と対峙する柏原雅志の耳を震わせる。



『僕は、したくなかったんだ…。なのに、アイツ が―ワタルくんが、…ハトのためならしてやんなきゃ、ってダメだって…。緑色のタオル、持ってこい、って…』

『ワタルくんって、どんなヤツ?』

『髪の毛…、襟足をちょっと結んでる…、ヒョロっとした六年生―』



お前の共犯者の自供だよ、と黎がクスクス笑い。

「―携帯電話に録音させてもらったから」

と続け様に、満面の笑みで囁く。

「“襟足をちょっと結んでる…、ヒョロっとした六年生”―まんま、お前の事じゃん。
姓を名乗らなかったのは正解だったし、言う事を聞かせるのに年上風を吹かせねえといけないから、学年をバラすのも分かる。でも、弟の名前を語ったのは、よく分かんないね。どして?
いざとなったら、弟のせいにしようとかたくらんでたワケ? 自分の安全のためなら、血の繋がった弟でも平気で利用する、って感じ?
どーして訊かれた時、何で全く関係ない名前を答えなかったのか、理解に苦しむんだけど」

「―何で」

「うん?」

「何で、そんなの録音して―」

「ええ~、分かんねえの? マジで? 『守くん』から直接訊いたからだよ。
大切な証拠は、きちんと録っとかねえと。
『守くん』は俺を撃った後、あまりの衝撃に驚いてその場にしゃがみ込んじゃったんだよね。おまけに、エアガンの銃口が岩場の陰に消えてくのを納屋の屋根から見てた俺が、結構早く―綾さんと一緒に丘の上に駆けつけたもんだから、『守くん』は逃げるタイミングを失って、草むらでガタガタ震えてたんだ。
そこを、綾さんを帰らせて一人になった俺が捕まえて、自供させた、ってワケ。
ちょっと―脅したりすかしたりして―問いつめたら、全部話してくれたよ。“ワタル”って名乗った、お前との出逢い。お前にいろいろ指示された事。ほとぼりがさめた頃に、お前がこの岩場にエアガンを取りに来る段取りなってる事も。
おかげで俺は、おかみさんに軍手と緑色のタオルを見せて、『守くん』の言っている事が嘘か本当か確かめる事が出来たんだけどね。
だから、今夜―今―、俺はお前の行動を予見してここに先回りする事が出来たし、ついでに『守くん』と話した時、お前の武器―エアガンを回収する事も出来た。
ドラッグストアに行くついでに、車の中にエアガンを隠して、綾さんの待つ宿に戻って―、それでおしまい。
でも」

こんな曖昧な憶測と決めつけだけじゃ、お前が主犯の『ワタル』って断言する事が出来ねえから、トリップ(罠)を仕掛けさせてもらったよ、と黎が笑い。

「『守くん』を草むらから引きずり出した時、俺、あのコの携帯電話取り上げ―、じゃなかった、預かったんだ~。
その電話から、ここ最近『ワタル』って登録された相手との―たった一度の―通話履歴があって。
最初は、その番号に電話かけて、お前が出れば証拠採取、って考えてたんだけど…。お前の事だから、こんな番号知らない、そう言えば一度間違い電話かけた事があったけど、それかな? 何で黎くんがその携帯から電話かけてきてんの? あっ、もしかして黎くんの携帯電話だったの? なんて知らんぷりしそうじゃん。
だから、『守くん』の携帯電話から、『ワタル』の番号宛に、嘘のショートメールを送ってみたんだ」




『…エアガンの弾、アイツの、お尻の左側に当ててやったから』



「―だから、本当はケツの右側を撃たれたはずの俺に、自信を持って『左側を撃たれたんでしょ?』なんて断言出来るのは、『守くん』―共犯者―の携帯電話から送られたメッセージの真の意味を、間違いなく理解出来る人間―当事者―主犯―、つまり」

冷静な抑揚のない声色で、藤木黎が続ける。

「お前しかいないんだよ、雅志―。
種明かしは、もう終わりだよ。数時間前、お前が共犯者―『守くん』からだとばかり思い込んでたメールの相手、あれ実は」

俺。お前の共犯者から借りた携帯電話でメールを打った俺自身だった、ってワケ~。

と。

心の底から楽しそうに。

子供仕様の携帯電話の―嘘の文章が残された―明るく輝くメール画面を、柏原雅志の目の前にかざして、藤木黎は笑い続ける。

「…ねえ、雅志。悪い事する時のパートナー選びって、結構大事だと思わね?
パートナーが度胸も覚悟もない小心者だったら、秘密を抱える苦しさに負けて周囲に告白されちゃう危険性だってあるし。
完璧な間違いを、お前は犯したみたいだね、雅志。
『守くん』は、お前みたいな―嘘をつく事がへっちゃらな―性悪と違って心優しい―いくら大好きなハトのためとは言え、見知らぬ人間を撃った良心の咎めに苦しむ―普通の子供だった、ってワケだよ。
それにしても、お前、宿のフロントに入ってきて綾さんの隣にいたとは言え、よく初対面の俺を綾さんの彼氏だと識別出来たね。もしかして、俺の顔を知ってたの?
綾さんが何にも話してないお前に、俺の画像を見せるワケないし。あっ…、もしかして、よっちゃんさん? お前や蛍子さんなら『綾ちゃんが婚前旅行!? 彼氏どんなコ? 画像あるなら送って見せて~』とか、言いかねないからね。
どう? 図星?」

「―」

「答えたくないなら、いいよ。でも今回の一連の出来事、お前のママ―蛍子さんに聞かせたら、今みたいに黙ってやり過ごす事は出来ないよ。
ママだけじゃねえ、お前の姉ちゃんやお前が愛してやまない、大好きな綾さんに聞かせてやったら―」

―最後まで言い聞かせる事は出来なかった。

少年―柏原雅志が、手近にある石―小さいが当たればそれなりの威力はあるだろう物体を、黎めがけて投げつけてきたからである。

しかし、黎はそれを器用にかわし。代わりに暗闇の中、懐中電灯の灯りを消すと。突然視界が暗闇に包まれた事に慌てる柏原雅志の背後に回り。

無言で彼の足元をなぎ払い、地面に仰向けに倒すと。いつから持っていたのか警棒のような物を伸ばしながら、ポケットから取り出し。

上から見下ろす格好で、寝転んだままの―起き上がる事を許されない―雅志の眉間、数センチの手前に、警棒の先端を突きつけた。

それは、時間にしてわずか数秒間の出来事で。

そして。

藤木黎は。展開の早さと、これから何が起こるか分からない恐怖に目を見開くばかりの柏原雅志に向かって。

笑いかける。

「―…動物のじゃれあいは、原則甘噛み。相手にダメージを与えないのがルールなんだよ。
そこを無視してルーズなじゃれあいを続けるヤツには、罰が待ってる。
“制裁”ってヤツだよ」

「…」

「それも気にしないヤツの末路は、世の中を一時だけ騒がせて、後は忘れ去られる犯罪者になるしかねんだけどね」

「―…」

「大人なみの悪だくみしたなら、罰も大人なみに受けねえと。
お前、じゃれあいの原則を教えてくれる相手がいなかったの?
いくらエアガンでも、それはダメだから。当たればリアルに涙が出るほど痛えし、青アザも出来んだよ。打ちどころが悪けりゃ、笑い事で済まねえ事態になっちまう。実際綾さんに当たってたら、ハシゴから落下してただろうし。
…同じ事を、お前にやってやるよ。
大人扱いされて嬉しいだろ? お前、早く大人になりたい、つってたじゃん。ねえ? 雅志?」

暗闇の中、視界を奪われた世界で、ただ藤木黎の優しげな声だけが響き続け。

そんな時。

柏原雅志は、突然震えが止まらないほどの恐怖の念に襲われた。けれど、どうにか気力を振り絞り。

震える指で思いっきり砂を掴むと、藤木黎に向かってやみくもに投げつける。

黎が難なく砂をよけた事を肌で感じながらも。雅志は、よろめきながらもどうにか立ち上がると、暗闇の中逃げまどう。

背後で藤木黎が何かわめいていたようだったが、そんな事を気に止めているヒマはなかった。

彼はただ。その場から逃げ出したかったのだ。

柏原雅志は、確かに視(み)た。

暗闇の中、真実何も見えない世界で。

恐怖に目を見開くばかりの柏原雅志に向かって。



『実際綾さんに当たってたら、ハシゴから落下してただろうし―』




と囁き、笑いかけた藤木黎の体から。ユラリと得体の知れない『何か』―焔と酷似したモノ―が立ち上がり、絡みつき呑み込んだ彼の全身をつたい、触手のようにこちらに向かって伸びてくるのを。

それは、まるで。

悪魔が黒い翼を羽ばたかせているような―禍々しい―光景で。

柏原雅志は、確かに『目撃』したのだ。



何、コイツ…、バケモノ? 気持ち悪い―、ううん、違う―、怖い。
もしかしてスゴく怒ってる? 綾ちゃんを危険に晒した俺の事、殺したがってる?
殺される―。誰か、助けて。お姉ちゃん、母さん…、綾ちゃん…、
渉―!
ごめん、みんな、ごめんなさい。―だから、助けて…!



その体の底からわき上がる恐怖から逃れるように。

彼は山の奥深くに向かってただ、ひたすら、逃げた。









to be continued