アリッサムの、咲く森 Ⅰ | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。





アリッサムの、咲く森






スイートアリッサム

アブラナ科ニワナズナ属の多年草の花。密度の深い細かな花びら達が、白を始めとしたパステルカラーの可憐な花の複合体となり、甘い香りを放ちながら、庭をカーペット状に這うようにおおい咲き乱れる。

花言葉は
『優美』、
『飛躍』、
『美しさを越えた…』―。














「…死んで、る」

昨夜から降り止まない豪雨と、荒れ狂う風の吹き付ける音が、真っ暗な屋外で響き渡る中。

うずくまる私の前方で、彼が無機質な―その場にそぐわない―声をあげた。

「…死んでる…」

私が黙っているともう一度、けれど今度は先ほどよりわずかに上ずった―狼狽したような―調子で、彼―葉山譲さんが、同じ言葉をつぶやき。

土の上に横たわる私の恋人の顔を覗き込む。

「おい―、結城、どうした!? 何でお前こんな事になってだよ!? さっきまで―、一階でメシの支度してて、『ちょっと車の中のDVD持ってくる』って外に出るまで…、『明日には嵐止むかなあ』って元気に話してたんじゃねえのか!?
なのに、何で死んでんだよ。なあ、どうして!?…」

―譲さんの狼狽した声音を聞きながら。

私は家の外―裏口を出てすぐにある駐車場―の付近で、身動き出来ずに震えていたけれど、それでも彼―、結城智実の傍にいたいから近づこうとすると。

「―来るな!」

譲さんの大きな声が響き渡り、私の動きを止める。

「…あっ、大声上げてゴメン。でも、結城もう息してないから、見ない方がいい。
瀬奈さんは見ない方が…」

私を心配してくれる声を無視して。私
―高野瀬奈は譲さんの傍に走り寄って、私を引き止めようとするその肩越しに、彼の足元に広がる景色を覗き見て。

言葉もなく絶句する。

そこにあったのは。

土の上に仰向けになってだらしなく―細い紐のような物で首を絞められて―寝転がる、大切な恋人、結城智実の姿だった。

電気のついていない、暗い屋外でも確認出来るほどの断末魔―目を見開き、突然の出来事に対処出来ないまま息絶えたのだろう、凄まじい―苦悶の死相が現れていて。

私は思わず「…ひっ!」と悲鳴を上げ。しばらく両手で口元を押さえて立ちすくんでいたけれど。

数秒の間に。

体中から血の気が引き、立っているのが辛くなるほど息苦しくなって。

不意に。

私の意識から、現実が消えた。






『瀬奈、この週末泊まりに行く時さ、友達の葉山、連れてってもいい?』

『葉山さん? いつも智実くんのお話に出てくる、一度写真見せてくれた事のある、あの葉山さん?
ちょっとつり目の、スナイパー(笑)みたいな雰囲気の人だよね?
眼鏡かけてて、三十才の智実くんと同級生とは思えない、貫禄のある…』

『そっ、雰囲気もガタイもガッチリしてて、貫禄たっぷりの葉山。柔道と空手の有段者だし。
細長くてテニス一筋で、よく優しそうな女顔、って言われる俺とは正反対の戦闘系いい男なんだよね』

『…私は智実くん、イケてると思う。それに全然男の人っぽいし。初めて会った時から、ずっとそう思ってるよ』

『えっ、マジで? 瀬奈~、俺今チョー嬉しんだけど。瀬奈とつきあえてるだけでも嬉しいのに、これ以上、俺喜ばせてどーすんだよ?』

『本当の事だから。
でもあの葉山…、譲さんも優しい智実くんの友達だけあって、きっといい人なんだろうね。智実くんの周囲には、智実くんと同じいい人しかいない気がする。
智実くんと譲さん、二人すごく仲良しなんだなあ、って思うし。
私、お話聞いてるだけだけど、大学生の時からの友達なんでしょ? 同じ学部だったんだよね?』

『そっ。よくつるんで遊んでたよ。騙したり、騙されたり』

『…えっ?』

『なワケないじゃん。冗談だよ。
俺らバカはやっても、不純な事は一切してないよ。そんなのと友達なワケねーし。
週末たまたま、葉山が瀬奈ん家の近くのゴルフ場でゴルフするらしいからさ、朝早くから始まるから泊めてくれ、だって。
違う会社の俺に、そんなの頼んでくんなって。
一晩泊まったらもうそのままゴルフに行って帰るらしいから、…いいかな?
あ~、メシなんか用意しなくていいし、寝床も寝袋持参させるから特別な用意しなくていいから。全くの初対面で無理言ってんね、俺。
ダメ、かな?』

『全然。いいよ。私もお仕事終わったらすぐ準備して、ご飯もみんなで食べれるようにしとくから。
気にしないで週末遊びに来てね。
あっ、でもお天気悪くなるかもって、天気予報で言ってたけど。大丈夫かな?』

『大丈夫、雨だけみたいだから。
まあ、もし風が吹いたりして嵐になっても、俺だけは、瀬奈ン家に行くから。可愛い瀬奈をあんな山奥のひとり暮らしの家で暴風雨に怯えさせるワケにいかねーし』

『ずっと一人で色んな時も耐えてきたんだから。そんなに心配しなくても…』

『強がんなよ。俺がキッチリ瀬奈、守ってやっから。安心してろ』

『…ありがとう。智実くん』







何日か前に交わした会話を、夢に思い起こしながら。

気がつくと。

ベッドの上に、シーツを身に纏って横たわってる自分がいて。

電気がついていない、真っ暗な部屋。

でも夜の闇に目が慣れてくると、見えてきた、天井も壁も。いつもと同じ自分の部屋。

智実くんが、付き合い始めて間もない頃の三ヶ月前にくれた、大きな熊のぬいぐるみが本棚に置かれていて。

ふと、ゴソゴソ動くベッドの側の人の気配に思わず「智実くん?」って呼びかけたんだけど。

振り返った、智実くんより貫禄のあるその人影は智実くんじゃなくて。

「―ああ…、気がついた?」

少し低くて芯のあるその声は、ああ、これって確か。

葉山―、譲さん。





『いらっしゃい。葉山さん…、ですよね?』

『あっ、はい。こんばんは』

『智実くん、先に来てますから、どうぞ上がって』

『―あいつ、もう先に来てんだ。早いね』

『今、食事の準備してて。見せたいDVDがあるから、って駐車場に取りに行ってます。会わなかった?』

『車どこ停めていいか分かんなくて…、すみません、適当に近くに停めてるんだ。
どこに停めたらいいかな?』

『あっ、どこでも。ごらんの通り、ご近所さんもいないし。智実くんは、裏の駐車場に―』

『ありがとう、俺もそっちに行ってみる。
…あっ、今夜はお世話になります。よろしく―』





ちょっと前に、玄関を開けて現れた葉山譲さんとの会話を思い出しながら。

いつもと全く違う自分の部屋の風景に、私は一瞬茫然として。

暗闇の中、無言でベッドから起き上がったら、背中の真ん中辺りまである自分の髪の毛が口の中に入ってきて、気持ち悪さにフラフラしながらも、一階に降りようとした時。

譲さんに、呼び止められた。

「…どこに行く気? さっきまで気ィ失ってたんだから、おとなしく寝てた方がいんじゃない?」

「智実くんのとこ…」

「結城? …ああ。あいつなら一階の空いてる部屋に運んだよ。
とにかく、今はここで静かに寝てろ」

「…一階の部屋にいるんだ。『車の中のDVD持ってくる』って言って…、いつまで経っても戻ってこなくて…、迎えに行ったら、駐車場で倒れてた…。
雨に打たれてて、ずぶ濡れで―、空いてる一階の―玄関脇の洋室に運んでもらったんだね…、今も、冷たい床に横になって寝てるんだね。いくら秋口だからって、あのままほっといたら風邪ひいちゃう―」

「だから、もうそんな心配しなくていいから。…行くなって!
あいつは死んだんだ!」

不意に。

ドアを開けかけた私の腕を掴むと、譲さんは怒ったようにドアを閉めて、その後、背後から私を羽交い締めにした。

抱き締めるとか、そんな甘い態度じゃなくて、言う事を聞かずに―現実を受け入れられなくて―、むやみやたらと暴れる、暴れ馬みたいな私をおとなしくさせるために。

彼はしばらく、力ずくで私の動きを奪った。

そして、おなかの底から絞り出すような大きな響く声で、私に言い聞かせる。

「もういないから! 紐で首絞めて―、絞められて死んで、息してなかったんだから!
いくら泣いてもわめいても、あいつは帰ってこない!
警察が来るまで、とにかくおとなしくして待ってるしかねんだよ! あれ以上現場荒らして―雨に打たれてかわいそうだから、って結城の死体を家に運んだけど―、証拠も状況もワケ分かんねえ事になったら困るだろ!?」

―警察? と私はしばらくうなだれた後、声を出す。

譲さんの言葉に、さっきの、気を失う前に見たあの光景―駐車場で倒れて仰向けに目を見開いてた智実くんの姿は、嘘や見間違いじゃなかったんだ、と思い知らされて。

「…うっ…」

泣き声を上げ始めて、すっかり気力の失せた私の背後の力が、徐々に徐々に緩み始めて。

気がついたら。私は床に座り込み、声にならない嗚咽をあげていた。

譲さんはため息をつきながら、泣きじゃくる私の腕を取り、引きずるようにベッドに座らせると、携帯電話を操作して灯りをつける。

真っ暗な部屋の中、私と譲さんの間―微妙な間合いの距離の真ん中―でポウっと明るい光が灯って。その灯りを見るとさっきまでの絶望的な気持ちや焦燥感が一瞬だけれども、消えたような気がして。

人心地ついたような感覚さえして。火を手に入れた、この世界で唯一無二の動物が人間だった、と言う事実を思い知らされるような気持ちだった。

でもサイドテーブルに置いてある鏡を見ると、真っ白な顔色に蒼い唇。




瀬奈は色が白くて黒目がちだから、特別化粧しなくても可愛いよ、俺よりちょっと年上だなんて、思えないぐらい、若いし肌だってキレイだし。




―なんて智実くんが褒めてくれた時もあったけれど。今は―部屋が薄暗いとか、関係なく―そんなのが申し訳ないほど私の顔色はくすんで、沈んでる。

私は立ち上がると、智実くんがプレゼントしてくれた熊のヌイグルミを黙ったまま、抱き締め。





『…瀬奈、目、開けていいよ』

『急に来て、ちょっと目をつむってて、って何…、―えっ、何、これ?
おっきなクマ、さん?』

『誕生日に欲しがってたから。あげる』

『…』

『何?』

『―…可愛いし、嬉しいけど、本当にプレゼントしてくれるなんて。
冗談だったのに…。
本当にくれた人って、智実くんだけだよ』

『マジ!? 冗談だった?
確かに、ヌイグルミはもちょっと若い時に欲しがるよな。ゴメン、返してくる』

『えっ、いいよ。返さなくていいから。私、もらう。ありがとう。嬉しい』

『瀬奈…』





「…智実、くん…」

と、もういない彼の名前を口にした後。言葉もなく立ちすくんだ。

そんな私を見ながら。

とりあえずこれでも飲んで、と譲さんが、私の意識が戻ったら飲ませようと思ってくれていたのだろう、温かいミルクの入ったカップを渡してくれた。

―そして、ヌイグルミを置いて手持ち無沙汰になった私が、ためらいながらも口をつけ飲み干すのを見届けると。

あーっ、と少し困惑したように口を開いた。

「あのさ…、ちょっとこんな時に聞かせたくねんだけど」

「…?」

「…さっき警察呼ぶ、って言ったけど、実はまだ呼べてないんだ」

「えっ…?」

「電話、使えない。この辺さ、超山奥だから俺のガラケー、圏外なんだよ。これ仕事用の携帯電話で、俺個人のスマホも圏外で全然ダメ。
瀬奈さんのは?」

「私も持ってるけど、圏外。その代わりパソコン使ってるんだけど、今は壊れてて修理に出してて…。だから今、家ではもっぱら固定電話しか使ってなくて」

「だろうね。だから、俺、固定電話借りようと思ってかけても、繋がらない。おまけに、この嵐みたいな暴風雨で、電気使えなくて部屋真っ暗だし。テレビもつかないから天気や状況分かんないし。
おかしいと思ってさっき確かめてみたら…、外の電話配線が切られてた」

えっ、どういう事? と尋ねながら、ふと気づくと。

わずかな灯りの中、浮かび上がってきた譲さんの―少し前の、屋外の暴風雨のスゴさを思い起こさせるような姿は―髪の毛も服も、おまけに眼鏡まで、ずぶ濡れで。

少し天然パーマだと聞いてた髪の毛が、初めて見た時のストレートじゃなくて、ゆるやかにカーブを描いてて。

それを見て、不意に智実くんのパーマのかかった頭を思い出して、無性に悲しくなって。

知らず知らず涙目になってただろう、私をにらみつけるみたいに、譲さんは少しつり目がちな目元をさらにきつく細めてこちらを見つめながら、一つ一つ言葉を選び話し続ける。

「瀬奈さん? 結城があんな事になった後でしっかりしろ、なんて言いにくいんだけど―、
ゴメン、でも、今はちょっとだけでいいから、現実問題に対応してくれる?   」

「あっ…、うん。…電話線が切られてた、って話だよね?
でも、切られてたって本当? 風が原因で切れた、とかじゃなくて?」

「そんなんじゃねえよ。切り口がナイフで切られた時みたいにスパッと鋭利でさ。自然に切れたとかじゃ、ありえない」

「…―」

「つまり、誰かが故意に切った、って事だよ」

…えっ、でも、待って、と私はカップをサイドテーブルに起きながらつぶやく。

「誰か、って誰がそんな事するの? この辺りは私以外誰も住んでないんだよ? 一体誰がそんな事出来るの?
大体、この嵐でこんな山奥にいる物好きな人なんか、いない―」

「…これ見て」

充電切れたらヤベエな、電気復旧してないから充電出来ないし、とつぶやきながら譲さんが見せてくれた携帯電話の画面を見て。

私は思わず背筋が凍った。

「…譲さん、これって…」

「うん―、ここに来る前、昼過ぎに山の麓に入る前に何気に携帯のニュースチェックしてて。一応俺ビジネスマンだからさ、 新しい情報持ってないとまずいし。で、検索してたらこれが出てきて、ちょっと気になったから、保存してみたわけ」






10月×日早朝、○○県S町のコンビニエンスストアにて強盗事件が発生。犯人は持っていたナイフで店員を脅し、レジから現金数万円を略奪してバイクで逃走した模様。黒い帽子と覆面をした身長170センチ前後の、推定20代から40代の男。バイクは途中で乗り捨てられており、男は凶器であるナイフを持っていると思われ…












to be continued