アリッサムの、咲く森 Ⅱ | 。゜・アボカド・。゜の小説&写真ブログ アボカリン☆ のお団子ケーキティータイム♪

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アボカド、お茶、藤井風ちゃん、書き物が好きです。お話(オリジナルの小説)、etc.書かせていただいています☆お団子やクッキー、ケーキ片手にお読みいただければ、幸いです。







10月×日早朝、○○県S町のコンビニエンスストアにて強盗事件が発生。犯人は持っていたナイフで店員を脅し、レジから現金数万円を略奪してバイクで逃走した模様。黒い帽子と覆面をした身長170センチ前後の、推定20代から40代の男。バイクは途中で乗り捨てられており、男は凶器であるナイフを持っていると思われ…








「S町って言ったら、ここからそんなに遠くないだろ?  それに早朝からなら、バイクで逃げて、その後、その辺の自転車や別のバイクかっぱらって逃げたってこの山奥まで来るの、ワケないし。仮にこの辺りにいたとしたら、とりあえず町には非常線張られてて降りれない。警察が山狩りするにしても、嵐が来てる間は誰も山に入れない。
だったら、この山の中にいた方がいい物好きがいたとしても、納得出来るんじゃないか?
もしかしたら、結城があんな事になったのにも、関係してるかもしれないよ。
家の敷地内に入り込んでるところを、たまたまDVD取りに来た結城と出くわして、口論や揉み合いになって、あんな事になったのかもしれないし」

「―…」

「とにかく、戸締まり確認しとこう。結城があんな事になった以上、もしかしたらだけど、この家の中にコッソリ入り込んでるかもしれないし―。
瀬奈さん、懐中電灯ある? 携帯電話の灯りじゃ限界あるし、充電切れたらまずいからあんまり使いたくねえし」

「えっ…」

「戸締まり確認して誰もいなかったら、車走らせて、繋がるとこまで出て警察に通報してくるよ。現場の保存も大事だけど。それより、生きてる人間の俺達の無事の確保が大切だから。
結城のためにも、ね。
それまで携帯電話の電池、大事に使わなきゃ」

私は一瞬黙った後、うなづくと。

譲さんと一緒に戸締まりの確認をするため、家中の窓や外に繋がるドアを確認し。とりあえず私達―一階の洋室の床に寝転がる彼も含め―、それ以外誰もいない事を調査し。

「ちょっと電話かけてくる。俺が出た後は、すぐに鍵閉めて家の中でじっとしてるんだ。
もし誰か来ても、俺と分かるまで家に入れちゃダメだからな。分かった?」

と子供に言い含めるように念押しし、降りしきる雨の中、再度びしょ濡れになりながら、自分の愛車―国産の四駆車―に乗り込み森に通じる道路に出ていく譲さんの後ろ姿を、「気をつけて!」と、わずかに開けた、風で震える玄関から見送りながら。

急いでドアを閉め、鍵をかける。




コンビニエンスの強盗犯って何? 怖い。誰か助けて、教えて―、

この現状は、夢なの? 悪夢なの?




と、ワケの分からない混乱と恐怖に呼吸が早まり、けれど。

ふと、この家の中には生きている人間は、私しかいない、と言う事実に気づき。

続いて、玄関脇の部屋の床に横たわる、智実くんの傍にいたい衝動にかられた。

私は真っ暗な空間を懐中電灯で照らしながら、智実くんの眠る部屋へ行った。

「…智実、くん…」

情けない声で呼びかけても、当たり前の事だけど、返事はなくて。どれぐらいそうしていたんだろう? 懐中電灯の細長い光の輪の先に、智実くんが現れて。発見当時見開かれていた目は、―私が意識を失っていた間に譲さんがしたのだろう―キレイに閉ざされていた。

先までとは、まるで異なる、眠っているような、穏やかな顔。

「…智実くん…」

不思議と怖さは沸かなかった。

ソッと傍に寄り、その冷たい―触れても握り返してくれない、抱き締め返してもくれない指や腕に触れ、優しいパーマのかかった髪の毛をかき抱き、幾度も名前を呼んだけれど。

智実くんは、息を吹き返さない。胸にとりすがって泣きわめいても。

その血の気の失せた土気色の顔や腕から、鼓動を感じる事はなかった。






『花が好きなの?』

『えっ…?』

『このバス停でいっつも可愛い花持って立ってるよね? 俺、仕事の合間によく行く向かいのカフェから見てたんだ。何の仕事してんだろ? 花もだけど、それ持ってる子も可愛いなあ―、なんて。知り合いになりたいなあ、とか』

『…』

『俺、結城智実。近くの街で住宅関係の営業してんだ。…君は?』

『…瀬奈、高野―…、瀬奈。近くの会社で事務員してて、お花が好きな人が同僚にいるから、その人からもらったり、株を交換し合ったり』

『やっぱり、花好きなんだ。見たイメージのまんまだね。
…何が好きなの?』

『…んっ、何でも。お花なら何でも可愛い。見るだけじゃなくて、育てるのも好きで。庭にたくさん植えてて―』

『庭で育ててんの?花畑? すげー。俺さ、マンション住まいだから、そーゆうシチュエーションに結構憧れんだよね。
今度見せてよ。ダメ?』






『…以前(まえ)、写真で見せてもらったのより、大きい庭だね。花も、すげーたくさんあるし―。あ~っ、バラは分かるけどさ、アジサイもあるし。
これだけ植えてたら、手入れ大変だろ? どうやってんの? 家族みんなでするの?』

『私一人。家族、いないから』

『えっ?』

『ずっと前に、両親なくして。姉と一緒に暮らしてきたの。でもその姉が少し前に結婚して、相手の人について行ったから。私一人なの』

『そっか…。寂しくない?』

『寂しい時もあるけど―、仕事と庭仕事してたら忙しくて、自分のメンドウ看るのが大変な時があるぐらい。だから、大丈夫だよ』

『“大丈夫だよ”か…。強いね。俺なんか狭いマンションで五人暮らしだから、こんな広い家で暮らすの、マジで夢。ストレスたまらなそー。
でも…、毎日の一人には広すぎるよ。広すぎて、変になりそー。
―…俺の前でまで強くなる必要ねえから、素直になればいいのに』

『…えっ、何か言った? 急に小声になるから。ゴメン、聞き取れなかった』

『…あっ、聞こえなかった? ならいいよ。
えっとね、これ何の花? って訊いたんだよ。この庭全体にカラフルに咲いてる、可愛い花。
ちっちゃくて可憐で、いい匂いさせて。
すげえ可愛い。何て花なの?』

『あっ、それはね…』







「―…瀬奈さん、大変だ! 麓の町に抜ける道、崖崩れで塞がってる!…」

智実くんの冷たくなった体に抱きついて、どれぐらい時間が経っていたのか。

不意に、家の中から聞こえてきた―私を探す低い―声に、私は現実に戻り、智実くんの横たわる洋室から抜け出し。

彼―やっぱり車から玄関までのわずかな距離で雨に打たれて―それがかえって嵐のすごさを物語っていたのだけれど―全身ずぶ濡れの―、葉山譲さんの前に姿を見せる。

その時ふと、一つの疑問が頭をもたげて。

私は絶望的な崖崩れ―一本しかない麓に抜ける道が、豪雨のための土砂崩れによって塞がれている事実。おまけに、タイヤがパンクしていて、ハンドルを取られロクに走れなかった事。そしてそのため、警察を呼ぶ事も出来ず、すぐに引き返してきた譲さん―の報告を聞きながら。

心に浮かんだ疑問を声に出した。

「―鍵」

「はあ?」

「…、鍵、玄関鍵閉めてたのに、どうやって入ってきたの?」

「ああ…、何だ、そんな事か。すげえ強ばった顔してるから何かあったのかと思ったじゃん。
鍵なら開いてたよ。ちゃんと閉めとけつったのに。ダメじゃん。無用心だな、瀬奈さんは。気をつけろよ。
それより、とりあえずこれから、どうするか考えないと…」

譲さんの『しっかりしろよ』と言いたげな、出来る事なら、頼りにならない私をスルーしたがっているような視線に晒されながら。

私は内心、叫び声を上げる。




鍵がかかってなかった? そんなワケない。私はちゃんとかけたのに。だって、カチャって鍵が回る手応えを覚えてるし、音だってしたし。

…あっ、でも。ちょっと、待って。





『…あれ?』

『どしたの? 智実くん』

『玄関の鍵が閉まりにく…。ちょっとドアの調子が悪いのかな?』

『嘘…。あっ、ホントだ。古い家だから。立て付けがおかしくなってきてるのかも…』

『ちゃんと直しとけよ。一人暮らしなんだから。不用心じゃん』





以前、智実くんに指摘された、玄関ドアの不調。

それを思い出す一方で、状況的にも精神的にもパニクってて、錯乱して鍵をかけたと思い込んでる自分がいてもおかしくない、なんて考えも浮かんできて。




どうしちゃったの、私? 大丈夫?…




けれど、そんな考えに浸る余裕もないほど。

矢継ぎ早に譲さんにあれこれ指示されて、現実に戻る。

「とにかく、一人でいるのは危ないから、夜明けまで同じ部屋、―リビングにいよう。朝になって明るくさえなれば、暗闇に怯える事もないし。それまでお互い寝ずに頑張ればこの天候だって変わってくるかもしれないし。
って言うか。変わってほしいよ。このままじゃゴルフが流れて潰れちまう」

―空気が、一瞬静まり返って。私が無言で凝視していると、譲さんがあっ、と気まずそうに口元を歪めて笑いながら、何食わぬ顔でケロリとして会話を終わらせる。

「―…ってのは、冗談。いちいち気にしないで、ってこんな時にバカな話した俺が悪いな。ゴメン、どうかしてた」

「…うん。
でも、天気、良くなるのかな? こんなスゴい雨、本当に止むの? 暗闇が、明るくなるなんて事、本当に起こるの…?」

と震える両手を押さえるように合掌し、自分でも悲しくなるような弱気な言葉を吐いた、その瞬間。

懐中電灯を真ん中に、相変わらず微妙な距離感を保っていた私達の均衡が、突然崩れた。

譲さんは、お互いの真ん中に置いてた懐中電灯の灯り越しに、私に近寄ると。

「大丈夫だよ」と囁きながら、その大きな手で、ガチガチに固まった私の両手をフワリと包んだ。

そして驚く私の頭上で、「…大丈夫だから…」とつぶやき続け、痛いほどきつく絡ませていた私の指をほどくと。

背中を丸めて、薄暗い視界の中、私の目を覗き込む。

「止まない嵐はない、から。俺を信じて。ねっ、瀬奈さん―」

その夜は、色々ありすぎて。智実くんがあんな事になって。ありえないぐらい、怖くて身動きが出来ない状態だったって言うのに。

なのに、私は黙って彼―譲さんの手を振りほどくと、背後に自分の両手を回して繋ぐ。

薬指にはめられた―智実くんから送られた―リングをクルクル回しながら、まるで、小さな子供が大切な宝物を隠すような仕草で。

譲さんは、そんな私を見て。

何も言わず―深追いしてくるような事もなく―、そのまま近くのキッチンでコーヒー―粉のインスタント―を淹れて、「飲んだら? 眠気が醒めるし、人心地着くから」と私に勧め。

そのまま、ソファの少し離れた位置に腰かける。

「結城の傍にいてやりたいだろうけど…、あいつの―、遺体、触らずに保存しといてやらないと。
だから、警察が来るまで洋室には行くな。あいつの事、悲しむんなら、あいつのためにそうしてやって欲しい。
今はとにかく、俺の傍にいろ」

なんて諭され。




『葉山は、メンタルもガタイも強いから。
グループで山登りとか行っても、さっさっと平気な顔して登って行くし、ハプニングとかあって、みんなうろたえてても、取り乱したとこ見た事ねえし。
何でこんなヤツと俺、友達なんだろ? って思った事、一回や二回じゃねえし』





以前、智実くんが譲さんの事をうっとうしげに―でも、とても優しい目で語っていた事が思い出されて。

本当にそうだね、智実くん―、

と、私は一人、目を閉じてうなずいた。

この後、フワリと譲さんが肩にかけてくれた、彼の上着―中肉中背の私にはかなり大きい男物のダウンコート―が、とても暖かくて。

怖くて怖くて、たまらない夜。雨音と風の吹きすさぶ音だけが響く、暗闇の中。

私は、なぜだか、恋人の友人―雰囲気もガタイもガッチリとしていて貫禄がありすぎる“スナイパー”のような彼に。

一瞬、心安らぎ、癒された。

それが、明けない恐怖の夜が見せた幻覚だったとしても。

その時、確かに私は、彼―葉山譲に癒されたのだ。

―だから。この後の行動は、自分自身でも本当に驚いたのだけれど―。

私は、ふらりとソファから立ち上がると、ボトムのポケットに入れてあったハンカチを取り出し、わずかにフラフラしながら、ほんの少し離れた距離に座る譲さんに近寄って。

彼の髪や肩から滴り落ちる水を、黙って拭いてあげていた。

途端に戸惑う譲さんの声が、暗い暗い部屋に響いて。

「…ちょっ、 何してんの? 瀬奈さん?」

「黙って…。こんなに濡れっぱなしにしてたら、体が冷たくなっちゃうよ―。ちゃんと水分拭いたげる。暖かくしておかないと」

「―」

「…風邪なんかひいたら、大変だから」

ソファに腰かけてる彼に、おおいかぶさって。

まるで恋人にしてあげてるみたいに丁寧に、優しく。

「瀬奈、さん―」

「―…」

「もういい。やめろ」

言い捨てると、譲さんは私の腕を払いのけた。

「…拭いてくれんのはありがたいけど、自分で出来るからさ」

とぶっきらぼうに、私のハンカチを奪い取って、ゴシゴシ頭を拭き始めて。

そして、しばらく経った後、―やっぱり風邪でも引きかけていたのかな、少し赤い顔をして―コーヒーを淹れてカップに口をつけ、黙っていたけれど。

やがての事にゆっくり立ち上がると、壁沿いに配置されているチェストに向かい。

おもむろにその上に置かれていたアルバムを一冊、取り出し、懐中電灯の灯りの下、パラパラとめくる。

そして、真ん中辺りまでページを繰ると、左右見開きにして私に見せてきた。

「…これ、スゴいな。この家の庭なんだろ? 今は夜だし電気切れてるから、見る事出来ないけど」

「…」

「小さな可愛い花が、庭一面に咲き乱れてる。何て花?」





『えっとね、これ何の花? って訊いたんだよ。この庭全体にカラフルに咲いてる、可愛い花。
ちっちゃくて可憐でいい匂いさせて。
すげえ可愛い。何て花なの?』

『あっ、それはね…』





どこかで訊いたような、繰り返される会話とパターン。

どうして、同じ事を訊くんだろう? それに今はこんな話してる場合じゃないし。

私は苦笑しながら、答えた。

「…アリッサム。スイートアリッサム。可愛いお花でしょ? 私、大好きで。ずっと育ててるの」

「うん。マジ可愛い。それにしても広い庭だね。
こんなだったら、晴れてる時に来て、じっくり見たかったな…」

結城と二人で、と言いかけていた譲さんが、突然喋るのを止めた。

そして部屋のドアばかり見ている私の視線を探り、何か合点したように「…ああ」とうなづく。

「結城が死んで落ち込んでる時に、ワケの分かんない会話したくない、って感じかな?
それか犯人がうろついてるかもしれない時に、よくアルバムなんて見る気になれるね、信じられない、って感じ?」

答えは、どちらも半々で合っていたけれど、何も答えない私に向かって譲さんは笑いかけてくると。

急にドアまで歩き、鍵をかける。

薄暗く静かな室内に、カチャカチャと鍵をかける音だけがやたら響いて。もうこの世界にはいないのだけれど、近くの部屋にいる智実くんと、境界線が引かれてしまったようで。

―ここは、本来なら、譲さんと私がいるべき場所じゃないのに。

そんな殺人犯がうろついているかもしれない場所に。恋人以外の男と、二人っきりで暗闇の中、顔を突き合わせている。

「…こうしとけば、安心だろ?」

譲さんがドア付近からソファまで戻ってきながら、私に話しかけてくる。

「鍵かけとけば、仮に犯人がうろついてても、簡単には入って来れないから。
…にしても、うぜえな。早く夜が明けねえかな。
…あ~っ、ちょっ、マジ少し寒くなってきた、エアコンつけても、いい?」

って、電気切れてんだった。と苦笑いして。

私が無言で床を眺めていると、譲さんはふと気がついたように、部屋の隅を眺めながら。

「…、これって、今も使ってんの?」

「えっ…?」

「暖炉。かなり年季が入ってるみたいだけど、今でも現役?」

そう問いかけてくる譲さんの視線の先には、年代物の―私が生まれる前からあったらしい―大きな暖炉があって。

壁に埋め込まれる形で、部屋の重要なインテリアになっている暖炉は、私達家族が住む以前から、この家にあったらしく。

私はともかく、姉や両親は現役で使っていたようだった。ちょっとした自慢だったらしく、私が小さい頃は友人等を呼んで、暖炉の灯りと温もりでホームパーティー等も開いていたらしい。

「…両親が病気で亡くなった後、姉が時折思い出したように火をつけてくれてた。暖炉の爆ぜる音と明るさが、すごく好きで…、お芋やリンゴを焼いて食べた事もあって…」

「暖炉のある生活か―。いい経験だね。ちょっと古めかしくて。重厚感があって。
―姉さんは、今どこに?」

「姉は県外。結婚して、現在(いま)は義理の兄さんと一緒に、小さな会社してる」

パソコンがあればホームページ見せてあげられるんだけど…、今ないから。ゴメンね、とつぶやく私に対して譲さんは、伏し目がちに見つめてきて。

「そっか…。あっ、結城も、この話知ってたの?」

「もちろん。暖炉が気に入ってたみたいで、この家に初めて来た時、一番に聞いてきたの。
『この暖炉、使えるの?』って。
今は使ってないし、私つけた事がない、って答えたら『一回使ってみたいなあ、なんか海外の映画っぽくて、カッコいい。インテリアも、壁やドアがオールドな感じがいいね』って、子供みたいにはしゃいで…」

あいつらしいな、と譲さんが小さく吹き出す。

「学生ん時から、なんか浮き世離れしたヤツだった。現実離れしたものが好きで、変わってて。でも、まさか、こんな―」

死に方って、ねえよな。

最後の言葉は、吐き出すようにつぶやかれて。

「あいつには貸しがあったのに…、俺に返しもしないで、逃げやがって」

マジ、ろくでなしだよ。あっ、悪ィ、彼女の前で言う言葉じゃなかったよな。

って、苦笑いしながらうつむいた譲さんの目に光る物が見えた、気がして。

でも、それはすぐに消えて。

その時、ふと。

譲さんは智実くんの死を悲しんでるんだ、って思えて。平気な表情(かお)してるけど、親友が死んで悲しくない人なんていないに決まってる。

なのに、私は、譲さんはメンタルが強いから平気なんだ、私なんかとは違ってて落ち着いてる、大人っぽいって決めつけて。

譲さんは私が取り乱してばかりいるから、仕方なく悲しむ暇もなく、冷静を装おっていただけかもしれないのに。

私ったら、本当に、大マヌケ―…。

私は昔からのつきあいだ、と聞いていた恋人の親友と同じ悲しみを共有しながら。

ふと、懐中電灯の灯りの中、彼の指先に小さな傷があるのを見つける。

「それ―」

「んっ? …ああ、大丈夫だよ。さっきからバタバタしてっから、どっかで切ったんだろ。舐めときゃ治る」

こんなの、と譲さんが舌を出して自分の指先を舐めたので、私は静かに立ち上がると、黙ってチェストの中にある薬箱を取りだし、消毒する。

いいよ、いらないよ、と寒がっていた割には―やっぱり風邪を引いていたんだろうけど―、わずかに赤い顔をして断る譲さんを無視して、ソファに座る彼の足元にひざまずき、消毒薬を塗り絆創膏を貼り付け。

ふと、その指の冷たさに、「すごい冷たい…。冷えきってる。さっきから雨に打たれっぱなしだから…」

ゴメンね、私が何も出来ない役立たずだから、譲さんばかりにキツい思いさせて―。

こんな事ぐらいしか出来ないけど、と息を吹きかけ、譲さんの手のひらを包んで暖めていると。

ふと、視線を感じた。仰ぎ見ると、彼―譲さんが私を見つめていて。少しの間視線がかち合っていたけれど、やがてそらされ。

譲さんは不意に立ち上がると、私の腕を引っ張り上げ、起こして。

ボンヤリとされるがままの私を、ソファの隣に座らせ。

再度、私の肩に、彼のダウンコートをかぶせた。ただ今回、前と違うのは、彼自身の肩にもジャケットを半分かけていたと言う事で。

結果的に私と彼は互いの肩を寄せ合い、密着する形になって。

そして、ためらい、驚き、何か言おうとした私を一瞥し、一言。

「火の気がなくて、寒くて死にそ…。悪ィんだけど、体温、貸して」

「―…」

「瀬奈さん、暖かいな。鳥みたいだ」

…鳥って、と私は戸惑いながらも笑い、うなづいた。







どれぐらい経った時か。

不意に、部屋の外―、庭の辺りから物音が聞こえてきて。

続けて、ガラスが割れる音。

私と譲さんは顔を見合わせ、しばらく黙り込んで。

やがて、譲さんが無言のまま。リビングの―庭先の景色を眺めるように作られた―透明な掃出し窓を開けて、庭に出ようとしていたので。

私は彼の腕に追いすがって、彼を止めた。譲さんが弾かれたように、私を振り返ったけれど。

構わず、引き止め続ける。

「行っちゃ。ダメ…」

「でも、庭から物音が―」

「庭には、誰かがいたら危ないから。
だから―」

行っちゃ、ダメ。行かないで―…、

「そう言うわけにはいかねえよ。相手の実態も分かんないのに逃げてばっかじゃ、妄想爆発で頭おかしくなるよ。
深追いしないから。ちょっと見てくるだけだから…」

「―じゃあ、私も行く」

「はあ?」

「…怖いの。もう智実くんいなくて、殺されてて―、声を掛け合う事が出来るの、譲さんしかいない…。
私を、ここに、一人にしないで」

お願いだから―、

「どうしても外に出るって言うなら、私も連れて行って。一緒にいないと怖いよ。私を一人にしないで」

「…瀬奈さ…」

「―お願い!」

私の哀願に。

譲さんは根負けした。













to be continued