8月19日(フレンスブルグ→マルモ) その2 | 移民生活再突入。

移民生活再突入。

オランダでの移民生活7年半、一身上の都合でノルウェーに引っ越すことになりました。これからは引越しだのヴィザだの語学だので、盛りだくさんの生活が始まります。

道すがら、ノルウェー→オランダの宿泊地リューベックで買ったマジパンチョコを食す。

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マジパンは在オランダの日本人友人にはめちゃくちゃ不人気だったけど、私は嫌いではない。美味しくないやつは砂糖がじゃりじゃりしていてやだけど、どんな食べ物でもまずいやつはまずいものね。最初に食べたのが美味しかったから印象がいいのかもしれない。初めて食べたときの感想も「これが昔話でよく出てくるマジパンてやつか、ほほー」というものだった。
リューベックは「マジパンで有名です」というだけあって、甘くなくて(←ここ大事)美味しかった。とはいえやっぱりマジパン自体を美味しくないという友人には勧められない食べ物かもしれないとも思う。マジパンが好きじゃない人って、あのふにゃったアーモンドのすりつぶしたもの自体の食感がいやなんだろうかね?

オーデンセ入り。
オーデンセという地名って何で知ってたんだっけ、と考え考え、思い出した。アンデルセンの街でした!
とりあえず腹が減ったから何か食べようよ、とパーキング付きのショッピングセンターを探すも、なかなかいいのが見当たらない。パーキングの車はなぜかデンマークの車ばかりで、フロントグラスに針が動く時計のようなものが貼ってある。それで停車した時刻を表示しているらしく、じゃあこの時計なしで駐車したら後で大変な目に遭うんじゃないか・・という恐怖が先に立ち、それ以前にそもそもマスターやヴィザで払えるチケットマシーンも見つからず(ずっと前に旅行したときのデンマーククローネは車のどこに積み込まれてるのかわからない)、結局オーデンセの街を8の字に一周してしまった。

オーデンセって外国だ~と思った一枚。交差点の信号がワイヤーでぶら下がっている。

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結局マガジンのパーキングを発見、そこで停車。
パーキングのそばにアンデルセン幼少時に住んでいた家があった。

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そういえば観光客らしき人達も歩いていたけど、パーキングの入り口へのひっそりした通りにあるので、観光情報ゼロで偶然目に出来てラッキー。

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カフェのランチ。
これで18ユーロ、2000円弱。高すぎだろ。
ちなみに手前はジャガイモのオープンサンドイッチ。デンマークのじゃがいもって美味しいという印象があったけど、サンドイッチにするとは。

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オーデンセのスーパーのポスター。「豚が笑顔で『僕たち大事に育てられました』と手を振る」的なポスターではなくてよかった。

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その後、ツーリスト魂発揮で「アンデルセンミュージアムに行きたい」と一人プロテスト、立ち寄ることになった。ミュージアムはちょっと離れたところにあるので車で移動。またパーキングで苦労するのかなぁ・・と思いながらチケットマシーンに向かったら、脇に一台の車が停まり「あと30分チケット残ってるから、君たち使っていいよ!」とのこと。ありがたい!ちなみにナンバー見たらノルウェーの車だった。

その後ミュージアムでも「閉館まであと30分ですが」「30分だけでも、ぐるっと見たいんです」「じゃあ、ただでチケット発券してあげるから、必ず閉館までに出てね」というやり取りがあり、ただで中に入れてもらった。確かにそれぞれの記載を読む時間は全くなかったけど、とても「オーデンセに来たぜ」という気になった(ダンナには「ニホンジンですね」と笑われたが、いいじゃあないですかこれで)。
急いで読んだ資料のひとつが「怪しい女性が『将来この地は貴方に感謝をすることになるだろう』という予言をし、アンデルセンはそれに涙した」というもの。

アンデルセンはアンデルセンが書いたもので有名だけど、アンデルセンの人生もゴッホのように取り上げられてもおかしくないんじゃないかと思う。
オランダの大学ででオランダ美術史の授業を受けているときに、先生が「ファンゴッホはその努力と報われなかった人生のためにアジア人から熱狂的な支持を受けています」とおっしゃったのを思い出した。辛い目に遭った人が後世までその名を語られる成功を(時によっては死後に)手にするのって、作品が余計に心に残るわ。逆にオランダのメスダッハの像がでっぷり太っていたのに失望した私。

アンデルセンミュージアムの周りは古い家で固められていて、街並みも素敵だった。

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