5月17日

 

早いものでもう帰国してから1週間が経ちました。

久しぶりの日本、ほとんど1年前と同じような変化のない日々。

街にはサラリーマンがあふれ社会の歯車となって働いています。もう少ししたら僕のその仲間入りをする。

…できるんであろうか?

 

まあこんだけ遊んで来たんだからしばらくは大丈夫でしょう。

 

本来であればどこの国が良かったとかどこの景色が良かったとかそういったまとめの記事を書こうかとも考えました。でもよく考えてやめました。

今回僕が行ったのは合計38か国、いずれも表面的にしか見ていません。

その景色、国の本質はもっと時間をかけないとわからないものであり絶景なんてその時の天気や時間、季節、はたまた誰といったかなど様々な条件によって感じ方も変わります。

それ等を考えるとたった一時しかその景色や国にふれていない僕の感想なんてあまり意味のないものだし多分他の人と感じたことも違います。

 

でもいろんな国で出会った人との思い出は共通です。

情報交換をしたり、旅の話をしたり、馬鹿話をしたり、帰国後のことを話したり、真面目な話をしたり。

それぞれ皆いろんな人生を歩んで今があり、多分日本にいたら出会うことがなく旅していたから会えた、そしてそんな人達と同じ時間を共有できたこと、多分それが今回の旅の一番の財産でしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すべての出会いに感謝して。

 

もっといろいろな人に出会いました。でも写真に残ってない出会いももっとあります。自分の写真がないぞ!とお怒りの方、もし写真があるのなら送っていただけると僕のメモリーが増えます。

 

これから旅に出たいと思ってる人へ。

絶対に旅に出た方がいいです。いろいろ迷いはあると思いますが少なくとも僕は何一つ後悔はしてないしむしろ楽しいことばかりでした。旅に出てしまえばあとは何とかなるもんです。

 

今旅中という方へ。

絶景もいいですがもっと人との写真を撮りましょう。宿であった人、観光地であった人、親しくなった人、どんな人でもいいです。人との写真をいっぱい撮ってください。あとで振り返ったとき思い出すのは絶景よりも間違いなく人との出会いです。

 

ひとまずこれで僕の世界一周のブログは終わりです。もともと個人の記録用に始めたブログ、今後更新するかどうかはまだ考え中です。まあ多分たまに自分で眺めてニヤニヤするんでしょうね。40にもなったおっさんがね、気持ち悪。

 

この一年間は今思うと夢のような一年でした。今後このような旅は二度と出来ないし行くことのない場所がほとんどだと思います。この年まで来ると考え方も凝り固まって一年旅しても何も変わることはなく僕は僕のままでした。なので一生に一度の大馬鹿をやらせてもらったという感じです。

そんな馬鹿なりにも多くのものを経験させてもらいました。じっくりと時間をかけて自分の中に浸透させていきたいと思います。

 

40にもなり人生の半分がすでに過ぎてしまいました。

いろいろあった前半、そし後半が始まる前の休憩みたいな一年間。

これからは人生の後半が始まります。

ありきたりではありますが最後に一言。

 

 人生という名の旅はまだ続きます。

 

 

日本→フィリピン→タイ(バンコク→アユタヤ→スコータイ→チェンマイ→パーイ→バンコク)→カンボジア(プノンペン→シェムリアップ)→ラオス(ルアンパパーン→バンビエン)→ベトナム(ハノイ→フエ→ホイアン→ニャチャン→ホーチミン)→インド(コルカタ→バラナシ→アーグラ→デリー)→アラブ首長国連邦(アブダビ→ドバイ→アブダビ)→トルコ(イスタンブール→カッパドキア→イスタンブール)→ヨルダン(アンマン)→ジョージア(トビリシ→カズベキ→トビリシ)→ウクライナ(キエフ)→ギリシャ(アテネ→サントリーニ島→アテネ)→イタリア(ローマ)→バチカン市国(バチカン)→イタリア(ローマ→ナポリ→フィレンツェ→ピサ→ミラノ)→スイス(ツェルマット→ベルン)→オーストリア(ウィ―ン)→チェコ(プラハ)→ポーランド(クラクフ)→ドイツ(ベルリン→フュッセン→ケルン)→オランダ(アムステルダム→ロッテルダム)→ベルギー(ブリュッセル)→フランス(パリ→マルセイユ)→スペイン(バルセロナ→マドリード→セゴビア→マドリード)→ポルトガル(リスボン)→モロッコ(マラケシュ→メルズーガ)→エジプト(カイロ→ダハブ)→南アフリカ(ケープタウン)→ジンバブエ(ビクトリアフォールズ)→タンザニア(モシ)→アルゼンチン(ブエノスアイレス→プエルトイグアス→ブエノスアイレス→エルカラファテ)→チリ(サンティアゴ→イースター島→サンティアゴ→アタカマ)→ボリビア(ウユニ→ラパス)→ペルー(クスコ→マチュピチュ→クスコ→リマ→イキトス)→エクアドル(キト)→グアテマラ(フローレス)→ベリーズ(キーカーカー島)→メキシコ(カンクン→トゥルム→プラヤデルカルメン→コスメル島→カンクン)→アメリカ(ニューヨーク→ワシントンDC→ナイアガラフォールズ→オーランドキーウエスト→ヴェガ→ロズウェル→ホワイトサンズ→ペトリファアイドフォレスト国立公園→アリゾナ大隕石孔→グランドキャニオン→モニュメントバレー→アンテロープキャニオン→ホースシューベント→ザwave→ラスベガス→サンフランシスコ)→フィリピン(セブ)→日本

 

 


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5月10日

 

アメリカ横断したことによって僕の世界一周は終わりとなった。

あとは帰国するのみではあったが時差調整と最初の国だったフィリピンをもう一度見たいと思って最後にセブ島に行くことにした。

1年前セブ島で語学留学した。学校は海からは遠いセブ市の中にあった。そして今回泊まった宿はそんな学校からすぐのところだった。

海に行かないセブは単なる東南アジアの一都市でしかなく蒸し暑く、道路には車やバイクがごみごみとしていて、道端にはごみがあふれていて、屋台からでる肉を焼く煙で充満しているような場所だった。

 

そんなセブでは何もせずに過ごした。本当に何もしなかった。ゆっくり休んでジョリビーでご飯食べて昼寝して。さすがに最後の数日リゾートホテルで遊んだがそれ以外は宿でのんびりしていた。

 

そしてとうとう帰国の日をむかえる。

飛行機に乗っても日本に帰るというよりはまた次の国に行くような感じがしてならなかった。

成田空港について入国審査もパス、人の話では入国審査の時に

 おかえりなさい

って言われると聞いていたが僕の担当の人は新人研修中でそこまで気が回らなかったのかいっぱいいっぱいだったのかなんの会話もなく入国したためここでも日本という感覚はなかった。

 

 

 

 

当然看板には日本語にあふれていて日本人も多いが雰囲気的にはまだ日本人が多い国に来たという感じ。

 

 

 

 

そして帰国して最初に食べたのが吉野家の牛丼、汁だく、生卵。

素朴な、何の贅沢でもないご飯。そんなのが食べたかった。

 

 

 

 

コンビニで彼女さんはハッピーターンを買い…

 

 

 

 

僕はおにぎりと缶コーヒーを買った。

 

 

 

 

電車に乗って上野に近づくとビルが多くなってきた。日本らしいコンクリートジャングル、狭い土地にひしめき合うように並ぶ2階建ての家々やマンション、アパート。ようやく日本に帰ってきたんだと実感した。

 

 

 

 

長くなった髪を切ると1年前の僕がそこにいた。

 

 

 

 

何もかもが1年前と大して変わらない状態に戻った。テレビでは1年前と同じような人達がでていて同じような番組をやっている。街に出ればどこにでもコンビニはあってなんでも買うことが出来る。

 

僕は本当に世界一周なんてしていたのか?

あまりにも1年前と変化がなくそんな疑問が生まれてきた。

 

 


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5月1日

 

同時期に旅を始めた旅人たち、途中で知り合った旅人たちの帰国の報が多くなってきた4月。いよいよ最後の大陸となるアメリカに上陸した。目的はアメリカ横断するため。

子供のころよく見ていたアメリカ大陸横断クイズ、それでは西海岸から東海岸に、つまり最終目的地はニューヨークだった。

しかし僕が選んだのはその逆方向、ニューヨークからサンフランシスコだった。なぜこのルートにしたのか。

深い意味はない。簡単に言えば日本から遠い所から近い方へ、つまり日本に向けて旅をしたかったからだ。

もう旅も残りわずか。日本に向かうことを意識したアメリカ旅の始まりだった。

 

初めて足を踏み入れたニューヨーク、雪が出迎えてくれた。いままで夏を追いかけるように旅していた僕には久しぶりの雪だった。

 

 

 

 

自由の女神と摩天楼。人間が作った最高傑作の都市が目の前に広がっていた。

 

 

 

 

そして旅の手段としてキャンピングカーを借りた。ここまででかいサイズの車を運転するのは初めてだった。

 

 

 

 

デカすぎるサイズ、風でハンドルも取られる。緊張続きのドライブだった。

 

 

 

 

初めのころはどう観光していいのかわからず車窓からの観光となったワシントンDC。桜も咲いていて日本の景色を思い出させた。

 

 

 

 

進路を北に向けるとまた雪景色が広がっていた。

 

 

 

 

そしてたどり着いたナイアガラの滝。これで世界三大瀑布もクリアできた。

 

 

 

 

アメリカを縦断する形で南下する。数日しかたってないのに雪景色は消え暖かな気候へと変化していく。

 

 

 

 

そして常夏のフロリダ。

 

 

 

 

定番のディズニーランド。ここでは旅を忘れ純粋に楽しむことが出来た。

 

 

 

 

夕日の中セブンマイルズブリッジを走る。暗くなる前に運転を終えたくて必死に目的地へ向かっていた。

 

 

 

 

昼のセブンマイルブリッジ。もっとのんびりと走りたかったが高速でありそれも出来ず。そういえば僕がアメリカで見た景色はほとんど車窓越しだった。

 

 

 

 

アメリカでの運転は本当に苦労した。様々に変わる天候、基本ほとんどの道路が高速道、強い風にハンドルも取られる。ほとんど真正面しか見ることが出来ず、ナビもみる事が出来ないほど追い込まれていた。

 

 

 

 

それでも旅が出来たのは彼女さんがいろいろしてくれたからだった。

運転中はナビもしてくれた。

運転後は料理もしてくれた。

 

 

 

 

時にはガソリンも入れてくれた。

一人ではこの旅続けることが出来なかっただろう。

 

 

 

 

アメリカのノスタルジー、ルート66。本当はもっと違う場所でも見たかったが見れたのはここだけ。

 

 

 

 

男の子だったら皆よく見ていたUFO特集などで出てくるロズウェル。ここには謎や神秘の世界はなくアメリカらしい陽気な町おこししかなかった。

 

 

 

 

世界でここだけしかない白の景色、ホワイトサンズ。雪のように見えるが雪ではなく石膏の砂。

 

 

 

 

木の化石を見ることが出来るペトリファアイドフォレスト。

 

 

 

 

アリゾナ大隕石孔。

本当アメリカの景色には圧倒される。

 

 

 

 

中でも一番の景色はここだった。グランドキャニオン。どこまでも続く壮大な景色。

単なる絶景という言葉では表せない景色。

 

 

 

 

モニュメントバレーも壮大だった。日本ではありえないほどの規模。

アメリカというのはなんとデカい国だろう。単に国土だけではなく景色の規模もデカすぎる。

 

 

 

 

水に削られてできたアンテロープキャニオン。

 

 

 

 

自然の作り出した道といえるもの、川。そんな川の力というものは想像以上だった。

 

 

 

 

世界一見るのが難しい絶景を見ることもできた。僕ら二人であればもうなんだって出来る。どんなことも乗り越えられる。

 

 

 

 

砂漠の真ん中に作られた人間の夢を詰め込んだ街、ラスベガス。

夢うつつの世界。自然に対抗するように夜でも眠ることはない。

 

 

 

 

そして1か月かけてたどり着いたサンフランシスコ。

太平洋に面した街。

あの海の向こうには日本がある。

 

 

 

 

この1か月、様々なことを考えさせられた。

その中でも一番思ったこと、人間が作った最高の絶景ってなんだろうという思い。きれいな教会?それともそびえたつビル群か?

レンタカー旅で思った答え、それは道なんじゃないか?

どこまでも果てしない大地に伸びる一本の道。この景色に何度感動させられただろうか。

きっと単なる道という構造物ってだけでなくその先にあるものまで想像することができるからなのだろうか。

さらに言えば人生につながるものも考えさせられるからだろうか。

 

 

 

 

そんな人間が作り出した最高の絶景にはこんな言葉がよく似合う。

 

 この道を行けばどうなるものか

 危ぶむなかれ 危ぶめば道はなし

 踏み出せばその一足が道となり その一足が道となる

 迷わず行けよ 行けばわかるさ

                       一休宗純の言葉より        

 
 


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4月30日

 

ラスベガスをあとにしネバダ州からカリフォルニア州に入り、そして2日丸まる車走らせてようやくサンフランシスコに到着。車を返却してバックパッカーに戻ります。

 

長かったー。ようやくこれでキャンピングカーともおさらばです。ちなみに全走行距離6800マイル、約11000㎞です。

 

久しぶりの街歩き。サンフランシスコは坂の多い街で有名です。そのためケーブルカーが現役で動いていて名物となっています。

 

 

 

 

終着駅ではこのように人力で回転させてます。

 

 

 

 

当然乗るのはこのスタイル。座ることもできますがこの方がなんかっぽいですよね。

 

 

 

 

結構急な坂も登っていきます。

 

 

 

 

対向のケーブルカーとすれ違い。当然あっちもポールに摑まった人がいます。

 

 

 

 

そして着いたのがフィッシャーマンズワーフ。昔ここはサンフランシスコで最もにぎわった港でしたが今は整備され観光名所となっています。

 

 

 

 

横浜のように赤レンガの建物もあります。

 

 

 

 

フィッシャーマンズワーフはカニも有名。多分にぎわってるときにはあのカニの着ぐるみも誰かが着るのでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてすぐ横には海。海に浮かぶあの島はかの有名なアルカトラズ島。通称ザ・ロック。昔監獄として使荒れていた島です。

 

 

 

 

そしてフィッシャーマンズワーフのピア39、39番埠頭にやってきました。

 

 

 

 

もう観光名所となっています。メリーゴーランドも。

 

 

 

 

そしてその裏手にはたくさんのアシカが。

 

 

 

 

ものすごい数。皆板の上に載って寝ています。

 

 

 

 

ところどころ泳いでるやつが登ろうとすると寝ている奴が喧嘩を売ってきます。そりゃそうだよなあ、人間で考えると寝てるところにびしょぬれで登ってくるんだもん、そりゃ怒るよ。

 

 

 

 

植木までアシカ。

 

 

 

 

そしてお昼。

 

 

 

 

フィッシャーマンズワーフ名物、クラムチャウダー。魚介の出汁がしっかりと効いてて絶品。パンを器として使ってるので器まで食べれます。

 

 

 

 

ご満悦。

 

 

 

 

お腹も膨れて散策再開。

 

 

 

 

今度は船に乗ってサンフランシスコクルーズです。

 

 

 

 

海から見るサンフランシスコの街並み。さすがでかい街です。

 

 

 

 

アルカトラズの近くも通ります。

 

 

 

 

そしてサンフランシスコ名物、ゴールデンゲートブリッジの真下を通ります。

 

 

 

 

そこでUターンして引きかえします。

遠ざかるときに撮ったゴールデンゲートブリッジ。

 

 

 

 

ゴールデンゲートブリッジの全体像です。デカい橋です。

 

 

 

 

そしてもう一度アルカトラズの近くへ。

 

 

 

 

アルカトラズとサンフランシスコ。こんな近くに街が見えてるのに。当時の収容者はどんな気持ちでこの景色を見ていたんですかね。

 

 

 

 

1時間ぐらいのクルージングを終えてまた街歩き。

いたるところでカニをゆでてます。

 

 

 

 

 

 

カニの爪の部分だけ。身が引き締まっていてぷりぷり、そして肉厚。

 

 

 

 

グネグネした坂道。

 

 

 

 

坂道を上るケーブルカー。

 

 

 

 

港においてある船。

 

 

 

 

やっと着いたサンフランシスコ、街歩きも堪能しました。これでアメリカも終わりです。

 

 


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4月26日

 

結局昨日はトレッキングの疲れで対して距離も稼げずに近くの街で1泊しました。

朝もゆっくり寝て体力も回復。

この日はあまり長距離の運転ではないので気も楽です。

ネバダ州に入り砂漠の荒野のような場所を走り続けると遠くに街並みが見えてきました。

ラスベガスです。

 

 

 

 

街に入ると周りが荒野なのが信じられないぐらいの都会ぶり。

 

 

 

 

駐車場も何とか見つかり街歩き。いきなりマッチョな人たちがお出迎えしてくれました。

 

 

 

 

 

 

このごちゃごちゃした感じ。何でもかんでもこの街に詰め込んだ感がします。

 

 

 

 

酒売ってるお姉さんなんか上半身水着で売ってます。

 

 

 

 

巨大なコカコーラ。

 

 

 

 

そこはコカコーラストアでした。

 

 

 

 

中にはたくさんのコカコーラグッズが売ってました。

 

 

 

 

ニューヨークでもあったM&Mのお店もありました。

 

 

 

 

MGMホテルの前にあった金のライオン像。

 

 

 

 

そしてここがニューヨークニューヨークというホテル。ホテルですよ。これが。

 

 

 

 

その名の通りニューヨークをモチーフとしていて自由の女神もきちんとありました。

 

 

 

 

そしてホテルの中には当然カジノが。

 

 

 

 

 

 

たくさんの人たちがカジノに熱中していました。僕らも試しにスロットをやってみましたがあっという間に負けてしまいました。

 

 

 

 

そしてこのホテルにはジェットコースターもありました。結構激しくて面白かったです。

 

 

 

 

こんなメルヘンなホテルもあります。外観はメルヘンでも中にはちゃんとカジノもあります。

 

 

 

 

そしてエジプトをモチーフとしたルクソールというホテル。

 

 

 

 

中もエジプト風でした。

 

 

 

 

セクシーなアメリカンポリス。

 

 

 

 

町全体がよくわからない熱気に包まれています。

 

 

 

 

サンバダンサー。いたるところにセクシーなお姉さんがいます。

 

 

 

 

ここはパリをモチーフとしたホテル、パリスです。エッフェル塔に凱旋門。

 

 

 

 

そしてラスベガスの高級ホテル、シーザースパレス。

 

 

 

 

ラスベガスはいたるところで無料のショーを見ることが出来ます。その中でも有名なのがベラージオというホテルの噴水ショー。

 

 

 

 

音楽に合わせて噴水も動きます。

 

 

 

 

ウエーブする噴水。

 

 

 

 

おおー、すごい高さ。

 

 

 

 

 

 

 

 

いろいろ見ていたら日も暮れてきました。

 

 

 

 

アメリカポリスとマッチョ。

 

 

 

 

昼と違いライトアップされてきれいになってきてます。

 

 

 

 

ミラージュというホテル。ここのショーも有名です。

 

 

 

 

噴火ショー。

 

 

 

 

ものすごい噴火。熱気が伝わってきて本当に熱い。

 

 

 

 

これが無料ってすごい。

 

 

 

 

 

 

この子の将来が楽しみです。

 

 

 

 

シーザースパレスの中の無料ショー。

 

 

 

 

三体の動く人形が出てきて古代ローマの神話を演じます。

 

 

 

 

室内なのに火の演出まで!

 

 

 

 

街にはセレブの象徴、リムジン。

 

 

 

 

そしてもう一回ベラージオの噴水ショーを見てきました。

 

 

 

 

昼とは演出が違ってまたライトアップもされているのでよりきれいでした。

 

 

 

 

夜のパリス。

 

 

 

 

ライトアップされたニューヨークニューヨーク。

 

 

 

 

まだまだこの街は眠りません。昼でも夜でも活気にあふれた街でした。

 

 


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