今日は成人の日。
自分にとってはもう28年前の出来事だけれど、毎年この日になると、あの頃の空気がふっとよみがえる。
今朝は10時に起床。体温は36.5。
ただそれだけで「今日も元気だ」と胸を張れる朝って、なんだか特別だ。
ゆっくり目覚めて、身体がちゃんと動いてくれることに、そっと感謝したくなるような始まりだった。
朝食の豚汁でお腹を満たしたあとは、ビデオの整理や視聴をしながら、のんびりとステイホーム。
外に出なくても、好きなものに囲まれて過ごす時間は、心がふわっとほどけていく。
画面の向こうには、いつもの鈴木アナ。
変わらず憧れの存在で、姿を見るたびに気持ちが明るくなる。
紅白歌合戦の裏側を追った番組は、緻密さに思わず頭が下がった。
録画しておいた番組をひとつ再生し、流れる時間に身を預けるように眺める。
木梨憲武とタレントのあの柔らかい距離感も、こういう日に見ると胸の奥がじんわり温かくなる。
そして、明日からまた仕事が始まる。
その言葉の重さも、今はまだ遠くの方で揺れているだけで、今日の静けさを邪魔しない。
こんな夜は、深呼吸をひとつ。
「ここにいる自分」をゆっくり感じながら、静かに一日を締めくくりたくなる。
10時起床。体温は36.5。
それだけで「今日も元気だ」と胸を張れる朝って、なんだか特別。ゆっくり目覚めて、身体がちゃんと動いてくれることに、そっと感謝したくなるような始まり。
朝食をすませたあとは、ビデオ整理と視聴をしながら、のんびりステイホーム。
外に出なくても、好きなものに囲まれて過ごす時間って、心がふわっとほどけていく。
そして、画面の向こうに映る鈴木アナ。
変わらず憧れの存在で、見るたびに気持ちが明るくなる。
元気に朝を迎えられたら、それだけで一日が軽やかになる。
明日もおうちで、自分のペースで。
がんばロカビリーの気持ちで、リズム よくいこう。
「一日一生」。
今日という一日を、丁寧に、やさしく。
作業日206日目。
仲間たちの笑顔を見ていると、「早くこの気持ちを書きたい」と思わずにはいられなかった。
そんな温かな空気に包まれた、新年会の一日。
昼食を終えたのは12時20分すぎ。
コーティングされたFREED+に乗り込み、勝手に開催中の“Biscatsまつり”に身を委ねながら、築23年の緑の屋根診療所へ向かった。
The Biscatsのカバー曲に耳を傾けていると、Misakiちゃんの世界にどっぷり浸かってしまう。「やっぱりこの子、カワイイし歌うまい」と改めて感じた瞬間だった。
診療所のアーチをくぐり、会議室跡につくられたリハ室へ。
迎えてくれたのはリカちゃん。思わず「ホットパックお願いです」と口にしていた。
4枚のホットパックに包まれると、まるで温泉に浸かったような心地よさ。
そのまま、いつものうつ伏せでの前伸ばしへ。今日は少し時間がかかったけれど、魔法のような手でしっかり柔らかくしてもらった。内転筋の奥に届く治療は「両足1セット20秒我慢」。効いているのがよくわかる。
明るい理学療法室では、担当療法士さんのお腹を足で押して立位のイメトレ。顔に膝を近づける動きも、筋トレも、ひとつひとつ丁寧に。
「理想はkazueのトレーニング」と思いながら、今日も自分なりにがんばった。
そして最後に、1年ぶりのPOPOでの立位。
お尻に筋肉がついたおかげか、免荷40kgでは軽く感じるほど。20kgがちょうどよく、3回しっかり立てた。
朝8時15分。ヘルパーさんが玄関を開ける音は、私にとって1日の幕が上がる合図だ。
身支度を整えてもらい、車いすへ移る。その一連の動作は、もう何度も繰り返してきたはずなのに、毎朝どこか新しい。人の手を借りて動き出すということは、誰かと一緒に今日を始めるということでもある。
わらしべの家でパソコンに向かうと、画面の向こうに小さな世界が広がる。
封筒印刷のお仕事は、単なる作業ではない。ひとつの形が生まれ、またひとつ終わっていく。その「終わっていく感触」が、なぜこんなにも心を満たすのだろう。
自分の手で、今日という日に印をつけているような気がする。
よく眠って、また明日を迎える。
特別なことがなくても、今日のように静かに満ちていく時間があるだけで、十分だと思える。
午前8時15分。
いつものように朝のヘルパーさんが来てくれて、軽い身支度を整え、車いすへ移るお手伝いをしてもらう。
この穏やかなルーティンが、1日のスタートをやさしく形づくってくれる。
わらしべの里でパソコンを開き、朝9時までネットの世界へ。
ふと目に入ったのは、菅直人元首相の近況を伝える記事。
かつて国の舵取りを担った人でも、年齢とともに記憶が薄れていくことがあるのだと知り、胸がきゅっとした。
山中教授とタモリさんの番組で聞いた「誰にでも認知症になる可能性がある」という言葉が、静かに思い出される。
そんな中、上司が“お受験送迎”から戻られた。
姿を見られて、ほっと息がゆるむ。
「あえた。ほっ」
その一瞬の安心が、今日の空気をやわらかくしてくれた。
封筒印刷のお仕事、誕生カードづくり。
ひとつひとつが形になっていく感触が、なんとも言えず心地よい。
今日もまた、手を動かしながら「できた」という小さな喜びを積み重ねられた。
そして今、静かに一日が終わっていく。
よく働き、よく感じ、よく驚き、よく安心した日だった。
今日もおつかれさま。
全作業日270日のうち204日お仕事した。1歩、1歩いく
朝8時15分。
玄関の鍵が開く音は、私にとって舞台の幕が上がる瞬間だ。
ヘルパーさんの「おはようございます」に背中を押され、身支度を整え、車いすへ移る。その一連の動きは毎日のルーティンのはずなのに、どこか新鮮だ。
誰かの手を借りて動き出すということは、今日という物語を“ひとりではなく誰かと始める”ということでもある。
わらしべの家でパソコンに向かうと、画面の向こうに小さな宇宙が広がる。
アルバムをつくる作業は、ただのデザインではない。
写真を選び、そっと終わっていく。その「終わりの手触り」が、どうしてこんなにも心を満たすのだろう。
今日という日に、自分の印をひとつ刻んだような気がする。
家に戻ると、姪っ子が遊びに来ていた。
数ヶ月ぶりの再会なのに、あの子の笑顔はいつだって時間を飛び越えてくる。
夜は静かに更けていく。
よく眠って、また明日を迎える。
特別な出来事がなくても、今日のように穏やかに満ちていく時間が あるだけで、十分だと思える。
朝8時15分。ヘルパーさんが玄関を開ける音は、私にとって1日の幕が上がる合図だ。
身支度を整えてもらい、車いすへ移る。その一連の動作は、もう何度も繰り返してきたはずなのに、毎朝どこか新しい。人の手を借りて動き出すということは、誰かと一緒に今日を始めるということでもある。
わらしべの家で先でパソコンに向かうと、画面の向こうに小さな世界が広がる。
アルバムカバーの制作は、単なる作業ではない。ひとつの形が生まれ、またひとつ終わっていく。その「終わっていく感触」が、なぜこんなにも心を満たすのだろう。
自分の手で、今日という日に印をつけているような気がする。
家に戻ると、年賀状が束になって届いていた。5日ぶりの再会だ。
1枚1枚に書かれた文字は、送り主の声のように感じられる。
「今年もよろしく」
その言葉の向 こうに、それぞれの生活があり、それぞれの時間が流れている。
年賀状は、遠くにいる人の気配をそっと運んでくれる。
録画がうまくいっていたら日曜日に「あさイチ」を見るつもりだ。
紅白を司会した鈴木アナの密着。
テレビの向こうで輝く人を見ていると、ふと「こんな人がそばにいたら」と思う。
憧れは、日常の中に小さな灯りをともしてくれる。
よく眠って、また明日を迎える。
特別なことがなくても、今日のように静かに満ちていく時間があるだけで、十分だと思える。
朝の8時15分。ヘルパーさんが来てくれる気配が、ゆっくりと一日をほどいていく。軽く身支度をして、車いすへ移るときのあの小さな動作の積み重ねが、いつもの朝のリズムになっている。誰かの手がそっと添えられるだけで、心の中にやわらかな安心が広がる。
通所先では、今日も気持ちよく仕事が進 んだ。パソコンに向かって封筒を印刷していくと、ひとつ終わるたびに小さな達成感が胸に灯る。その「終わっていく感じ」が、なんだか好きだ。静かに、でも確かに、自分の時間が前へ進んでいく。
新聞が配達される時間に起きたため、ふっと眠気が差し込んだのも、なんだか可笑しい。明日と明後日はお子息の用事で上司がいないから、いつもと違う仕事をする予定。そんな変化も、少しだけ楽しみだったり・・・する。
今日も年賀状が来なかった。その静けさが、部屋の空気にそっと溶け込んでいた。14枚という数字の向こうに、これまでの出会いや繋がりがふんわり重なっていく。紙の向こうに誰かの気持ちがあると思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
よく眠って、また明日を楽しむ。
270日の作業日のうち200日働いたという事実が、静かに背中を押してくれる。
一歩ずつでいい。
その積み重ねが、今日の自分をやさしく形づくっている。
正月の4日って、静けさがゆっくり染み込んでくる日だと思う。
朝遅く起きても、どこか許されている感じがあって、外の空気もまだお正月の匂いが残っている。
録画しておいた番組をひとつ再生して、流れる時間に身を預けるように眺める。
とんねるずのあの柔らかい距離感も、こういう日に見ると胸の奥が少しあたたかくなる。
年賀状が今日は来なかったことも、なんだか静けさの一部みたいに感じられる。
14枚という数字に、今までの時間や人との繋がりがそっと重なっていく。
そして、明日からまた仕事が始まる。
その言葉の重さも、今はまだ遠くの方で揺れているだけで、
今日の静けさを邪魔しない。
こんな夜は、深呼吸ひとつして、
「ここにいる自分」をゆっくり感じていたくなる。