今日はよく晴れている。
ふと空を見上げた瞬間、32年前の同じ日――1994年4月13日の、あの雨の水曜日が胸の奥からふわりと浮かび上がってきた。
大学を出たばかりの、まだ初々しさの残る女性の先生が、はじめて渡り廊下を渡って俺たちの教室にやってきた日だ。
教壇に立ち、黒板に名前を書き、「最近、叔母になりました。6歳しか変わらないからよろしくお願いします」と笑った。その笑顔に、16歳11カ月の俺はただただ目を奪われていた。
斜め後ろのあいつに「惚れたっしょ」と冷やかされ、タジタジになったのも懐かしい。
テストは50点満点方式で、「配点面倒だから、みんなにボーナスね」と言っていた、あの先生らしいおおらかさ。1年間ずっと30点台だった俺が、2月に49.8点を取ったときは、ちょっと誇らしかった。
31年後、再びめぐり会う
あれから31年。
「嫁入り前のか弱い女の子」と言っていた先生も、今ではきっと家庭を持ち、母になり、ベテランの先生として何百人もの生徒と関わってきたのだろう。
今も50点満点方式を続けているのだろうか――そんなことを思いながら過ごしていた。
2025年11月15日。
コロナ禍以降初めて一般公開された栃木特別支援学校へ、グループ外出で訪れた。新聞記者としての仕事も兼ねていた。
長蛇の列の中、「生徒が通ります」という聞き覚えのある声が響いた。
巡回指導でよく会う先生が笑顔で挨拶してくれ、その笑顔に「きっと誰かいるよね」と胸がざわついた。
数メートル先の女性の目元を見て、思わず立ち止まる。
――アライグマみたいな目。
――ゆう子ちゃん?
2分ほど考え込んだ末、「ゆう子先生」と声をかけた。
ネームプレートを見て、ようやく確信した。
先生は剃髪10年のスキンヘッドになった俺に驚いたようで、「混む君・・・」と声を漏らした。
ゆう子先生は、アイドルのようなポニーテールから大島優子みたいなショートカットに。間違いなくあの恩師だった。
周りの保護者に「22歳、初任校で一緒だった生徒」と紹介され、少し照れくさかった。
伝えられたこと、伝えたかったこと
「巡回指導、来ないの」
「50代だけど、いいの」
「混むくん、元気」
そんな会話の中で、ようやく言えたことがある。
「俺は元気だけど、2年前にあいつが死んじゃったんだ」
先生は悲しそうな表情で「いつもLINEで連絡とっていたの?」と聞いた。
俺は「うんFBで」とうなずくしかなかった。
渋滞が解消したあと、生徒たちが真面目に取り組む姿を見て、胸が熱くなった。
サイエンスパークへ向かう前にも少し話した。
「姉と同学年、54歳」と冗談めかして言うと、「お互い若くないんだから」と笑いながら肩を揺らされた。
混むの日記帳の存在も明かし、「先生のことも書いた。ごめん」と謝った。
きょう4年ぶりに1994年4月13日を「俺とあいつ こぼれ話」に書いている。ごめん。
誕生日が近づくと、思い出す
誕生日が近づくと、いつも思い出す。
1994年、教員生活を始めたばかりの先生に出会い、最初の生徒だったことへの感謝を。
そして、先生の誕生日が、2023年8月からはあいつの納骨日でもあることを。
馬鹿野郎……と空に向かってつぶやきながら、
今日もまた、あの日の雨の水曜日を思い出している。