木漏れ日亭~つながりの広場~ -8ページ目

木漏れ日亭~つながりの広場~

まえむき心、あったか心、やさしさ心。

ぼくが伝えていきたいなあって思うことです。

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ただしいようにみえたうそ

 

かなしくかたられたりある

 

どこにもとどかないこえのさきっぽでは

 

いまもあついあめがふりやまない

 

 

どうしようもなくもどかしさはまとわりついて

 

みあげたそらはいまにもおっこちそうで

 

どこにもいきばのないこのいかりのきっさきは

 

いつまでさけばないといけないの

 

 

そりゃあちがうからわかりあえないのかも

 

どんなにかわしたことばのおもみもついやしたじかんさえ

 

おとされたいみないちからのまえではなんのやくにもたたない

 

 

どれだけきずつければきがすむの

 

どれだけながされたらあきらめつくの

 

 

こもれびのきのしたではいまでも

 

やさしいしたばえがやわらかく

 

ひかりのはなをさかせ

 幼稚園に入ってからぼくの変わりっぷりにも拍車がかかったようで、園内の体育館でソロリサイタル? を開いては、園友はおろかお母さんたちも呼んで、当時人気の“中条きよし”さんや、“沢田研二”さんの歌を披露していたんだって。

 

 ?? だよね、ほんと。

 ぼくに一生懸命思い出させるように話すお母さん。どこまでが本当で、どこまでが親目線でのことなのか。2歳違いのお姉ちゃんも言ってたから、あながち嘘偽りなのではなかったんだと思うけど、いまのおいらからしても、だいぶん変わってる子供だと思わざるを得ない。5歳にも満たない子が、『折れた煙草の吸がらで~』って歌うのを楽しんでた時代……。

 

 

 まったく記憶にも、思い出すこともなにもない、知らない一軒家。

 病院を2週間で退院したぼくは、その知らない一軒家の1階にある、もとは和室だった居間のソファベッドに寝かされた。

 

 そのソファベッドの上で3か月ほどの期間療養生活をしていたんだけど、その間に聞かされたぼくの生い立ちは、とても面白い、というか、やっぱり変わっていた。

 

 2歳になるまでほとんどしゃべらないし、ぐずりもしない。突然しゃべりだしたと思えば、読書(それも絵本とかじゃなく辞書や辞典……)に耽り。そんでソロリサイタルを開く。

 

 

 そんな幼少期の話を聞かされて、ぼくではないぼくについていろいろ思うところはあったけど、自分がない自分に焦りも感じていたからなのか、それらを受け入れ、我がこととしてからっぽの記憶に投影して、まっさらなキャンバスに自己を塗り直し、作り直していった。

 

 

 ねえ、みんなはどう思う?

 まったく身に覚えのない行動や言動の話を聞かされ、それがすべて自分のことなんだって思わなきゃいけない。記憶に焼き付けていく。そうしなきゃぼくがぼくでないってことに押しつぶされそうになって。おまけに日がな一日中痛む頭。ぶよぶよな頭に巻かれた包帯は意味をなさずずり上がり、毎夜毎夜見る幻覚に亡霊の姿に。

 

 ああこんな状態から一刻でも早く抜け出したい、逃げ出したいって思うのはけして間違いなんかじゃないよね?

 産まれたときから、ほとんど泣かない赤ちゃんだったらしい。

 

 体重も少なめで、そんなに元気そうではなかったようで、お父さんやお母さんは少しだけ心配したみたい。お姉ちゃんは2歳上で、活発な女の子。まあお医者様からは特に何もなかったから、そんなもんだろうって。

 

 2歳くらいまで、ほとんどしゃべらなかったって。それどころか、あんまり泣かないしむずがらないし動き回らないしで。

 

 この子はもしかして、なにか障害を持ってるんじゃなかろうか?

 そう思うのも無理はないよね。お姉ちゃんは元気に幼稚園に通ってて、明るく可愛らしい。一方のぼくは、泣かないでじっと、テレビや(当時まだ白黒のブラウン管で、とってもおっきな家具調のものだったみたい)、新聞なんかとにらめっこ。

 

 どう考えても普通じゃない。どうしたらいいのか分からない。手がかからないのはありがたい。うるさくしないのも助かる。でも、なんだかちょっぴり不気味で、変わった子だと思ってたそう。

 

 

 病院で検査してもらおうかって話が出だしたころ。

 

 突然しゃべりだしたぼくに、とってもびっくりしたって言ってた。

 

 ほんとに突然、普通に、大人の人とおんなじくらい達者に、流ちょうに話し始めたぼく。

 

 それまでとは打って変わって、とんでもなくおしゃべりで、なんでも疑問に感じてのべつ幕無しに質問攻めにあったお母さんは、対応に困り果てて自分も好きだった読書を、まだ2歳のぼくに、最初は付き添ってたんだろうけど、すぐに勝手にさせてたんだって。

 

 ぼくが熱心に読みふけってたのは、原色大百科(ブリタニカ)、浮世絵図鑑、国語辞書。

 

 

 大丈夫か、この2歳児。今ならおふくろに問い詰めてやったんだが。どう考えても変だろう、自分の子供の思い出として。だいぶ脚色して話してたのか、まったくのでたらめなのか。いずれにしてもこんな幼児、今の俺なら……。

 

 閑話休題。

 

 そうやってぼくは、2年間のブランク? をものともせずに、必要以上に知識と情報を頭に詰め込む幼少時代を過ごした。