5日ぶりにお風呂に入る。
湯船につかって5分と経たぬうちに皮ふがふやけてきたので、ためしにこすってみると、ぼろぼろ崩れ落ちてくるものが。にわかにテンションが上がり、しばし無心で体中をこすりまくるオレ。
そうか。人の体はたった数日間の無風呂(造語)でこんなにもアカを製造できるものなのだなあ(詠嘆)
お風呂に入らずにいると、自分が日一日と汚れてゆくことに、なんだかほの暗い喜びを感じるようになってくる。
1日2日ときて、カギをにぎるのは3日めである。3日かめの罪悪感に耐えられたら、あとはいくところまでいけるのだ。今回は外出の用事があるため、やむなく入浴した。
髪なんて油でぺたぺたである。だが、そんな自分にやや興奮する。困ったものである。
2年前は1週間、無風呂でも髪はさらさらだったのにな。思わぬところで、年齢を感じた本日の晩の出来事。
髪を3回(シャンプー3回、リンス1回)、体を2回、顔を1回洗った。
半身浴しながら、「アルケミスト」(パウロ コエーリョ /角川文庫)を読む。
ひじょうに面白かった。
「何かを強く望めば宇宙のすべてが協力して実現するように助けてくれる」
ものすごく都合のいい考え方だが、じつはこの手の自己啓発がけっこう好きである。
ホオポノポノとか、「ずっとやりたかったことをやりなさい」とか。
ただし、毎日読むとありがたみが薄れてしまうので、たまに読むのがいい。
その瞬間、はっと胸に突き刺さる何かが訪れる。
「アルケミスト」はずっと欲しくて探していたところ、近所の古本屋で100円で見事発掘!即購入である。
バイト先の本屋で、やたらパウロ コエーリョ さんが売れてたのから気になってたの。
しばらく寝かせていたが(うそ。積ん読ってやつだね)、本日、風呂用の本を探して本棚を眺めていたところ、なんとなく目が合った気がしたので、お風呂場へと無理やり連れ込むことにした。
うすい文庫本だから、半分も読み進めたころには湯気でヘロヘロに。
ほうら、もうこんなになってるぜ、もう勘弁してほしいんだろう?げへへ、と思いつつ、内容が面白いので容赦してあげない。そのまま読了。
ふう。見事に本はうねっておる。かわいがりすぎた結果である。
恐れに飲み込まれると、心の声が聞こえなくなるんだって。
いままさに未知の世界におののいている私には、天啓ともいうべき内容でした。
人は、迷ったとき、誰かに肯定したり、叱ったり、共感したり、道筋をしめすことをしてほしいがために、本を読むのだということをしばし、忘れていた気がする。
本来の本の役目とは。
それを忘れて、ただただ惰性のように毎日本に触れ、本を読んでいた。
たまにこうして、思い出せる瞬間があること、それを一冊の本がもたしてくれるのだということ、をとても幸福に思う。
一瞬一瞬の積み重ねが人生をつくる。
私には「いま」しかない。過去も未来もなく、ただ「いま」生きているということが、私にとっての人生なのだ。
本日何冊か読んだ本のなかで、印象に残ったセンテンス。
まったく違った趣旨の本あのに、どちらも同じようなこと言ってるのがひじょうに不思議である。
人生をきちんと生きていきたいなら、「いま」を生きることかたはじめなくてはいけないのかもしれない。
数日分のアカを落としたおかげで、いいかんじにインスピレーションが降ってきた気がする。
アウトプットの素晴らしさを垣間見た(アカによって)。