休みの日。ずいぶん遠くから聞こえる、地鳴りのような音で目が覚めた。
どぉん、どぉん、と音は鳴り、遠く、近く、波のようにこだまする。
目を閉じて、じっとその音に耳を傾けていると、ついには心臓を射抜かれているような心持ちがして、
あわてて深呼吸をした。
いったい、なんの音だろう。
ほんのすこしだけ考えてすぐに、数日前、近所で見かけた夏祭りのチラシを思い出す。
家から徒歩10分ほどの、ずいぶん大きな神社の祭りである。
響いてくる音は、きっと太鼓の音に違いない。
どぉん、どぉん。
口のなかで、小さく口ずさみながら、
昼ごはんを食べ、食器を洗い、ベッドの上で本を読む。
夕暮れ、近所の公園へ散歩へ。
この公園には、なぜか池がふたつある。
家から近い、「下の池」に沿って歩き、目指すは「上の池」の弁財天さま。
残念ながら、熱心に拝む先客あり。
遠目に一礼、お祈りをして、「上」と「下」の分岐点に戻る。
ふと、耳をすますと、またもや、太鼓の音。
どぉん、どぉん、と胸を打つ。
なんだか、ひどく恋しい気持ちになって、神社を目指すことに決めた。
神社の表参道につくと、夜はひどくにぎわっていた。
参道の両側に並ぶ、屋台の群れがざあざあと、光る、おどる、動き出す。
人の波にもまれながら、神社のなかに吸い込まれてゆく。
射的、わたあめ、たこ焼き、チョコバナナ、あんず飴、焼き鳥、焼きそば、かき氷……。
いろんな音とにおいにごちゃまぜにされながら、人ごみのなか、歩く。
右から左へ視線を移すあいだに、とてもたくさんのお店が視界のなかに、洪水のように、あるいは流れ星のようにあふれてきて、わたしは、軽い眩暈をおこす。
ほんの一瞬、ざわめきのすべてがわたしから遠のいて、またすぐに深く飲み込んだ。
おそらく、本殿のある、きゅうに場が開けたところに出ると、
戦利品を持った人々が、あちこちに腰かけて、くつろいでいた。
高校生らしき男女の群れ、浴衣姿の小さなおんなのこと連れた父親、仲睦まじげに手をつないで歩く老夫婦。
さきほどまで地鳴りのように轟いていた大きな和太鼓は、半纏姿の若者たちにちょうど片づけられるところで、かがり火がごおごおと燃えていた。
祭りの景色がそこらじゅうに広がるなか、風だけが場違いに冷たい。
ああ、夏が逝くのだ。
帰り道、後ろ髪をひかれる思いで、屋台の群れから遠ざかる。
祭りのあとは、いつも寂しい。
夏が終わって、大きな和太鼓が、屋台の幌が、子どもたちの持つ水風船が用済みになっても、
今日のことを、わたしは覚えている。
夏の終わり、祭りの帰り道。
いつもより、ほんのすこしだけ、泣きたい気持ち。
