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くるみのブログ

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冷蔵庫の桃が傷みはじめていたので、ジャムを作ることにした。

せっかく買った果物をおいそれと捨ててしまうのは忍びない。

なので、生食するのにためらう傷み具合の食べ物は、ジャムにすることにしている。


夏の、真夜中である。


茶色く、やわらかくなった桃の皮と実を、包丁で厚めにむく。

ちょうど一週間ほど前に、まな板を使わず、手のひらの上でグレープフルーツを切るという不精をしたせいで、

思わぬ深手を負った。


だから、今度は慎重に。

切らないように、切れないようにと、心のなかで唱えながら、

緊張でぶるぶる震える手で、ゆっくり桃の衣をはがしてゆく。


けれど、慎重になりすぎるのもよろしくない。

「●●してはいけない」という思いがあまりに強いと、それが現実となってしまうことが多々ある。

言霊の怖いところ。


だから、切らないように、と思いながらも、ほんのすこしだけ、意識を外に放り出す。


テレビが終わったあとのモザイクのような画面の上の点に焦点を合わせ、じょじょに焦点を外してゆくと、これまで見えなかったイラストが浮き上がって見える、という遊びがずいぶん昔に流行った。

意識としては、あんなかんじ。


「切らないように」と「知らないふり」のせめぎ合い。

ようやく地味な戦いに決着がついて、手元にははだかんぼの真っ白な桃がごろり。

この柔肌に刃を入れるのはすこしかわいそうな気がするけれど、我慢。

薄くスライスして、深手のフライパンに山のような砂糖と一緒にどっさり盛る。


ついでに、りんご、グレープフルーツ、梅酒に使ったキウイなんかも、えいやっとまとめて。

桃ジャムというよりは、ミックスフルーツジャムといったところ。


あとは、煮る。ひたすら煮詰める。

暑い夜中の、台所で、ぐつぐつと果物を煮詰めてゆく。


真夜中の台所はなんだか危険。

秘密のにおいが、ぷんぷんする。


料理法のなかでも、とくに「煮詰める」という行為はなんだか怖い。

女と鍋と真夜中の台所というと、つい連想するのは魔女である。


たとえば、ヘンゼルとグレーテル。


でっぷり太らせてから子どもたちを食べるために、料理の腕を振るう魔女。

美味しい料理をたてた鍋のほかに、なんだか怪しげな材料でいっぱいの鍋があり、

ぐつぐつと不穏な音を立てている。

得体のしれない、さまざまな材料を入れて煮込んだ鍋からは、何が生まれるのだろう。


惚れ薬、若返りの薬、毒薬、あるいは、美貌が失われる薬。


魔女の鍋には、女の欲望と醜さが詰まっている。


そういえば、子供のころに、真夜中の台所に立つ母親の後ろ姿を見たことがある。

それは、ものすごく何かを思いつめたような姿で、とても声を掛けられる雰囲気ではなかった。

あれは、「母」ではなく「女」で、だから、「子ども」の私には、知らない「女」だったのだ。

見知らぬ女の作った料理を、翌朝、笑顔で食べる父をつい、じっと観察してしまった。

それが、どうやって作られたか知ってるの?




1時間ほど火を入れ続け、できあがったジャムの味見をしてみたら、

なんだか不思議な味がした。

混沌としていて、なにのジャムなのか、よくわからない。

教訓:ジャムは果物単品で作るべし。

もう一度、味見をして、真夜中の台所のイスに座って考える。

これが、わたしの欲望の味なのだろうか。




明日の朝は、バターたっぷりのトーストにジャムを塗って食べられる。

そう考えると、生きる元気が湧いてくるから不思議なもの。

近所の友人におすそ分けするのもいい。


わたしの、真夜中の、夏の、台所の、欲望の結晶。

それが、何も知らぬ人々の口に放り込まれるのは、なんとも愉快なことである。


今夜のわたしは、あの夜の母とおなじような姿をしていたのだろうか。


夜中の台所で料理をする。つかの間、女が魔女になるとき。