雨上がりの夕方、近所の喫茶店に出かけた。
店のそばの道路沿いに自転車をとめる。
昼食兼おやつのカレーパンとホイップメロンパンを食べ、ほんのすこし本を読み、小一時間ほどして店を出た。とめていた自転車をふと見ると、かごにバラの花が一輪。
あ、あかいバラのひと…!!
ちょうどリアルタイムで「ガラスの仮面」を読んでいるところだったので、異様なほどの胸の高鳴り覚える。
どこだろう。
わたしの速水真澄は、いったいどこに行った。
しばらく周りを見渡すけれど、それらしき人影はどこにも見当たらない。
ああ、紫のバラのひともけっして姿を見せようとしないもんな。
仕方ないのしれかもしれない。
ひとりごちて、ちいさくため息をつく。
しかし、近所の喫茶店で茶をすすっているという日常すぎる日常のまんなかで、まさか北島マヤの気分を味わえるとは思わなかった。
だって、ここは東京の西のいなか街。
日比谷の大都劇場(仮)とかじゃないんだぜ。
新宿、渋谷、銀座とかのオシャンティーな場所での出来事じゃないんだぜ
かろうじて23区の、飲み屋と地元商店街、やおやのおいちゃんの怒鳴り声と魚屋のなまぐさいにおい、夕飯時のおばちゃんの群れが交錯するこの街で、
まさかのときめき非日常をひとつ。
ずいぶん、心が軽くなった。
たぶん、誰かが大切な誰かに渡すためのの忘れ物。
バラの花には、同じように真っ赤で小さなリボンが結ばれていた。
そんな現実は、しばし忘れたい。
わたしの紫のバラのひと。
いや、まっかなバラのひと。
だとちょっとダサいから、真紅のバラのひと。
今度の舞台、一生懸命がんばります。
じゃなくて、明日のバイト、いつも通りがんばります。
見ててくださいね。真紅のバラのひと。
というわけで、今宵我が家の台所には、速水真澄(偽)の情熱がひとつ、花開いたのでした。