ひいひいおじいちゃんは
白い長い眉毛の下の
シワシワにうもれた目を
もーっと細くして
「央雅くらいの頃だったーかなー
初めて"つとめの日"に出てなー
その頃はまだ5日に一度あったんだ
"つとめ"が。
せんじゅには。
怖かったなあ
そん時のせんじゅ様はわたしのじいちゃんで
名継ぎだったわたしは
ただ隣に座って
見てるだけだったんだが
せんじゅ様が時々わたしに
『おまえはどう思うか?』
なぞ聞いてくるからなー」
と、かたってくれました。
通訳の美津子おばさんは
解説もしてくれます。
「せんじゅ様っていうのは
元々は郷(=島)の人々の
相談役だったのよー、
それこそ大昔は先々を読み通す力を持った
神さまみたいにあがめられてた
っつーからね
天候の災害を予言して
怠りない準備を采配して
幾度となく郷を守ったって
記録も残っとる。
もうモノはボロボロで
開くこともできんけどな
読めたとしても大昔の字だから
意味わからんと思うよ。
だから伝承として
伝え継がれてるだけなん。
わたしは書き起こしておかんと
いかんじゃろと
若い頃からノートに書いてるの
このじいちゃんの子供の頃でも
つとめの日には
朝早くから門戸開放して
このだだっ広い庭から門まで
郷の人たちが困り事の相談を
聞いてもらおうと集まって
列ができたんだってよ
近所の諍いから娘息子の縁談、
農業、家業の相談、
失くし物のありかまで
聞きに来んだあ
郷民にとっちゃせんじゅ様は
相談役であり、裁判官であり、占者でも
ある長老だったんだなわ」
そこで僕は疑問に思うこと
聞いてみました。
「せんじゅ様はほんとうに
みんなの相談に
正しく答えてたんですか?
超能力者の血筋なの?」
「もしかしたら初代はエスパーだったかもな
予言が的中した不思議な話も
いくつか聞いたことある。
でもこのじいちゃんの頃の
つとめの日っていうのは
郷の主要な家門の当主やらも同席してて
相談事に応じてそれぞれ家業の専門なんか
生かして知恵出し合って
解決策を提案するくらいだったみたいだわ
相談者は心ばかりの相談料としての物品
持ってきたり
問題が解決したら相応の謝礼なんか
持ってきたりしてたらしい。
まあ普段から供物みたいに
千壽家にいろいろ持ち込む郷民も
ひっきりなしだったようだわ」