部屋に転がっていたペンギンの消しゴムを

僕はにぎりしめて


東のはなれに向かうことにしました。


4つのはなれは

本宅と渡り廊下で繋がってはいるのですが

それぞれの建物とは扉で仕切られています。

裏玄関とでも言えばいいかな。


昔は自由に行き来できたのでしょうけど

今はまったく別棟の造りです。


僕は一度本宅を出て、

東の表玄関の方へ遠回りして

行くことにしました。


"はなれ"と呼びながらも

古民家風の本宅とは違い、

現代的な普通の家なんです。


東のインターホンを押して

ペンギン消しゴムを掌でコロコロしながら

待っていると

お母さん、て感じの声で応答がありました。


「本宅の央雅です。

 沙織ちゃんの忘れ物を持って来ました。」


「あらーまあありがとう。

 ちょっと待ってね」


ほぼすぐにサオちゃんが出て来て

消しゴムを受け取りました。


「これのために来てくれたの?

 ありがとう。」

後ろからお母さんが声を掛けてくれました。

「 これからタルト焼くのよー

 上がってって」


僕はこそっと

「アイちゃんはこっちにいないの?」

と聞いてみました。


「アイんちは夏休みは

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも帰って来るから

 向こうにいるんよ」


へえ、兄弟多いんだな

なんとなくひとりっ子のイメージになってて

また洞察力のなさに落ち込みました。


本宅との調和を目指してか

和風な感じのお宅ですが

リビングは洋風…というか

柱や梁の木質感がログハウスみたいでした。


大きな木製テーブルについて

"いつも沙織に勉強教えてくれてありがとねー"

"いえそんな教えてとかはしてませんよー"

なんてことを話してから


サオちゃんのお母さんは

お菓子作りにキッチンの方へ

引っ込みました。


「アイちゃんが本宅に来たんだけど…

   なんか何にも喋んないんだよね

 もっと明るい子じゃなかった?

 怒ってるようにも見えるし

 事情があるようにも見えるし


   美津子おばさんに用事らしくて

 また来る気がするわけ。


 なんか…どう対応したらいいのか

 わかんないんだけど


 なんか知ってる?」


サオちゃんはいつものように

僕の顔を真正面からジーと見て

(これはだいぶ慣れました)

見てるまま言いました。


「あれはね、機嫌が悪いんよ。

 うちに怒っとんの。

 喧嘩なりそうなとこを口閉じて

 止めとんのよ


 だから旅行から帰っても東に戻らんと

 家帰ったんよ」


「ケンカになってないのに

 アイちゃんが怒ってるのわかるの」


「自分がいない間にうちが央雅君と

 付き合ってんが面白くないんよ。

   本宅に来た男の子がかわいいって

 最初に目えつけたのアイだもん。


 でもひとりで追っかけんのは

 恥ずかしいからうちや他の女の子達の

 ノリに乗じて同調してあげてるだけ

 みたいな顔しとんよ。」


「それ…アイちゃんは何にも言わないけど

 サオちゃんがそう推測してるってこと?」


「アイが言ったのは

 なんで自分がいないうちに

 ヌケガケしてんのって

 それだけ。


 あとはずっと黙ってんの。

 うちはアイがいるかいないかは関係なく

 ふつうにしてるだけだよって

 言ったけどね


 そりゃそうだって思たんじゃない?

 それから話してないから知らんけど。」


僕はあぜんと

ただキッチンのおばさんに

聞こえてないのか横目をやって

首をすくめました。


絶対いくらかは聞こえてるよな


ケンカしてるじゃん


理由が僕ってホントに?

アイちゃんの様子じゃ

そうは思えないけど。


アイちゃんの"問題"ていうのは

サオちゃんとケンカしてること自体

なんじゃないか?