乳母の部屋にととられたその間に

みどりこを抱いたせんじゅ様は

足を踏み入れようとして


つと止まった。


引き戸の陰から

『お子に乳をやってるところか?

 少し間を空けよう』

と声を掛けて廊下に下がろうとすると


自分の子に乳を含ませていた女は

『あれっせんじゅ様、

 どこ行きなさる?

 その子に乳をやらないと

   いけないんでしょう?


 この子はもう寝ちゃってますから

 おかしください』


と言い、傍の小さい布団に

3月ばかりの子をおろすと


はだけた胸のまま

せんじゅの方へ手を伸ばしたのだ。


豊かな乳房から白い雫が

溢れている。


彼女は慣れた手つきで

受け取ったみどりこに

乳を含ませた。


『あれまあ、上手だあ⁉︎

 

 生まれた時の声も

 えれえ元気に聞こえてきたし


 さすがはせんじゅ様のお子だわ』


『そうか?乳を飲むのが上手いか。

 レンが慣れてるおかげだよ。

 

 ではよろしく頼むよ』


そそくさと去ろうとするせんじゅに

あっとレンは言い、


『こりゃこりゃっ

 せんじゅ様のようなお方の前で

 乳などやっちゃいけなかったですかねっ?

 

 アタシのような下働きには

 お作法はよくわからんで…

   ミアレ様にまた叱られますかなっ』


『いや、私への作法など別にないよ。

 あなたがいいのならいてもよいかな?』


『もちろん、どうぞ、どうぞ。

 あっそうだっ

 アタシはどうもヌけてて…』


レンは赤子を抱いたまま足を正し

しかしはだけた胸はそのままに

ぺこんと頭を下げた。


『こんな美しい赤さま

 お生まれんなって

 おめでとうございます。』


『ありがとう。楽になさい、楽にっ』


『不気味なくらいお可愛らしい赤さまで

 アタシなんかの乳でいいのかと思いますわ』

『もちろん。レンはとても健康だし

 3人の子の母として立派なお人だ。

 実の母親より身近に子を育てて下さるのだから

 あなたのような方に預けるのが

 1番安心だ。』

『とんでもない、この子と一緒に住める

 部屋をいただいて

 衣装までミアレ様がくださったんですよ。


 上の子らはいつも小汚く遊んでるから

 ここに出入りさせられんけど

 手の空いてる時はいつでも 

 家に帰っていいってし 

 目と鼻の先だからね』


レンは千壽家の敷地内にその頃あった

使用人たちが家族で住まう

長屋づくりの別棟に暮らしていて

普段は炊屋で働いていた。


連合いは腕のいい建具師だが

血筋を何代も遡れば千壽家とぶつかる。

つまりは名継ぎの系譜からはずれた

流れの一本だった。


レンのような育ちの女を

乳母に迎えることをミアレが承知したのは

この夫の存在あってと思われる。


『ミアレは少々気難しいところもあるから

 何かと苦労もあろうが

 レンならうまくやり過ごして下さるだろう。』

『なに、産後の女はみんなそうですよ。

 アタシだってね、このイオエが…』


横に寝ていた子がむずがり出した。


『男の子らしい強い声だなあ。

 わんぱくになりそうだ』

『名付けてもらった時には

 賢い子になるとおっしゃいましたよ?』

『賢くてわんぱくだ。

 私の子のよい遊び相手になる。

  それにこれは母似だな

 可愛らしい。』

『あれま』

   レンはここで初めて顔を赤らめた。