うわ~。1ヶ月ぶり位に教会に行った。

やっぱりいいなぁ。

慰められるんだよな。


弱くみじめな今だからこそ、神の言葉がしみ入るんだな。


本当は今の悩みを打ち明けたい気もしたけど、一言では言い切れないし、話が長くなるし、気力もないしで、

若い信徒ちゃんと少しだけ会話して帰ってきた。
元気ないときに元気のあるフリはしない。

それでいいんだ。


さて元気はなくてもおなかはすく。


スーパーで何買って帰るかな!


人間。
この面倒くさくて、やっかいで、
愛すべき存在。


思いを伝えることの難しさ。

伝わる時もあれば、伝わらない時もあるだろう。

それでも。
自分も人として生まれてきたから、

人を愛していきたいな。

汝の敵を愛せ、とは
イエス様、
最高に尊い、しかし最高に難しい掟だよ。


まだまだもめんとにはできてないや。

やっぱり自分を愛してくれる人にしか優しくできていない。


いやちがう。
本当はわかっている。

自分に耳の痛いことを言う人が、本当の愛情と忍耐を持っていることを。

お前はなんでわざわざクリスチャンになった?


単なるスタイルだけか?

ちょっと今までとは違う何かになりたかっただけか?


悔しいけど、にっくきオットが言ったひとことは、核心をついてたぞ。


「あんたのこと、クリスチャンとは思えない。単なるファッションにしか感じられないんだよ。」

確かに自分は敬虔とは言い難いかも。

だけどひとこと言わせてくれ!


ブランド物のファッションには興味ないもめんとなんだ。


信仰をファッションみたいに思ったことなんて一度もないよ。

クリスチャンという立場は、もめんとにとって、かっこよさだとかファッションだなんて思ったことないよ。


いや待て。
なんちゅうか。

かっこいいと思ったことはある。

理屈抜きに、ヨーロッパの教会とか、クリスチャンが祈っている姿とか、神父様・牧師先生とか、
自分のことはかっこいいとは思わないけど、クリスチャンをかっこいいと思ったことは…。


いや、かっこいいんじゃなくて、感動するというか…。


ありゃ、なんか思考のドツボへと…。


とにかくタイトルに戻る!

お人好しだとしても、ひとりひとりの中にある良さを信じたいな。


子供の頃から、
「私は人は本当はすべていい人だと思うんだ!」と思ってきた自分を大事にしたいな。


もめ母からは「もめんと、時には人は疑ってかからないと、騙されちゃうんだよ。」


と程よく言われたおかげでそこそこ現実感覚は身についたけど、

本来の自分はお調子者のお人好し。

そんな自分を殺したい時代もあったけど、

今は自画自賛じゃ~!

お人好しばんざ~い。

イエス様がそれでいいと言うからたぶんそれでいいのだ。


とりあえず、ここでひとまず終わらせておこう。


ならばお願いがあります。

この私よりも、もっと以前から、
忍耐と愛を持ってあなたに接し続けてきた、
あのお友達、キリスト教徒の方、聖職者の方の、
あなたからすれば
「自分に批判ばかりしてくる輩」と見える方々の本当の思いに、
どうか心を開いてはみてくれませんか。


あの方々があなたを批判するのは、
あなたを征服して負かすことが目的ではなく、
あなたに福音に立ち返ってほしいという思いからきていることをわかって頂きたいのです。


私は、あの方々とは、一切のコンタクトを取っていません。
彼らのブログを読んでいるのみです。

だからあの方々は私の存在を知りません。


しかし私はあの方々のブログをつぶさに読み進めるにつれ、

あの方々のお書きになっている考えの方が、どう割り引いてもまっとうであるという結論を持つに至りました。


私も、そしてあの方々も、
あなた自身を憎んだり蔑んでいるのではありません。

あなたを縛り付け支配している、
反キリスト、偽再臨主をこそ憎みます。


あなたは自覚していないが、頑ななまでにキリストの福音から遠ざかっているのです。


あなたは、
「統一教理と私の持論が似ているように見えるからって、
同じ言葉を使っているように見えるからって、
私を異端者扱いし批判する。」

とよくおっしゃいますが、
内実を言葉に表さずして、
どのように他者があなたの内実を知り得るのでしょう。


「統一と似たようなことを言いはしますが、私はクリスチャンです。」
という人を、
どうやってクリスチャンと信じればよいのですか。

クリスチャンが学んでいく中で当然至極としている教えに、うなづけない理由はなんなのでしょうか。


クリスチャンはクリスチャンである限り、
仮に言葉の上だけだとしても、
統一原理に酷似した言葉を口にすることはありえません。


私はあなたの奥底に巣くう、こびりついた反キリストの教えを除いてさしあげる力を今は持たない。


しかし私はあなたに誠実に向き合う。

だからあなたにお追従はしない。

キリスト教でないものに、
キリスト教だと首を縦には振りませんよ。

あなたに、あの方々の声がいつかしみ通る日を信じたいと思います。