
聖書を丸ごと一冊読み通すことは、過去に最低一度はやっている。
もめんとは、聖書では断然新約聖書が好きで、そちらなら何度も読んでいるが、
旧約聖書はどうも手が伸びない。
それにおもしろいと感じることがなかなかできない。
過去に読んだきりなのでおおまかには把握しているが、
忘れている部分も多々あるだろう。
旧約聖書の中でも比較的読む書はもちろんある。
ヨブ記、詩編、箴言、コヘレトの言葉あたりはなんとなく好みなのだが、その前たくさんと、
後ろたくさんの書が、
いつも素通り。
これでいいのか!
そこで対策として、考えた。
「旧約聖書のここを読んでみた」、
という方のサイトをめぐってみる。
「へぇ、こんな話だったっけ!
そういう意味なのか、あそこの箇所は!」
と情報をインプットしてから書に向かうと、
なんとなく読みやすく、わかりやすく感じる。
そしてなによりも決定的に!
祈ってみちゃったんだよね!
ひとりの時に、聖書を抱きしめて、真剣に祈ってみたのよ!
「神さま、もめんとは、神さまの御言葉とわかってはいながら、
どうにも旧約聖書をつまらなそうに感じ、敬遠してしまいます。
あなたの書に慰められ、勇気づけられると共に、
今までわからなかったことがわかる喜びや、知っていく楽しさもどうぞお与えください。
聖書に親しみ、新たな発見が日々できるように。
この祈りをイエス・キリストの御名により、
御前にお捧げいたします。
アーメン。」
そうしてね。
創世記から読み始めて、今、民数記なのだが。
なんだか、
おもしろいんだよね。
え~、それホントかよ~!?
いや、なんつーか。
今まで、
読んだそばから忘れさっていた内容が、ちゃんと積まれていっている感じがするんだな。
あとなんとなく、流れがみえてきた感じというのか。
もっと深みのある読み方は、これから何度も読んでいく中で培えられればなお、うれしい。
ヨセフとマリアの結婚を題材にした絵画の読み解き方も、
民数記を読むことで納得できたりして、
遠くに点々としていた知識たちが繋がり始めた感じがしている。
おもしろいかも、旧約聖書。