【小説】コメダおじさんのひとりごと ― コメダパンでガンバ ― | 元コメダスタッフのブログ

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コメダバイトは卒業しましたが…
コメダにまつわる日々の出来事をお伝えします

ワタシの名前はコメダおじさん。

 

チョビ髭を生やしていて、頭にはおなじみの「つばの広いシルクハット」をかぶって…

いない。

 

そう、ワタシは山食パンで売られている袋のコメダおじさんなのだ。

 

頭には、シルクハットの代わりに大きなコック帽が乗っかっている。

そして手には、コーヒーカップの代わりにパン生地を伸ばす棒を持ち

まるでパン職人になった気分である。

 

さて、そんなワタシをひょいと買い上げたのは、ぽっちゃりした体型の奥さんだった。

「いらっしゃいませー!」のスタッフの声に、店の中まで入ろうとはせず「すみません、このパンください」とワタシパンを取り上げた。

「あ、はーい。トーストパンですね。5枚切りでよろしいですか?」

「はい」

スタッフがテキパキとパンをビニール袋に入れる。

「お会計は〇〇円です」

「ペイペイでいいですか?」「はい、ではこちらにタッチをお願いします」

はぁ~、昨今はカードやスマホ払いができるようになって、昔は現金のみだったのに時代は変わるものだ。

ワタシも時代の流れについていかなければ。

奥さんはスマホを取り出すと慣れた手つきでタップし、機械にあてる。

しばらくして「ちゃらりラーン🎵」という電子音とともにレシートがシャーシャー出てきた。

「ありがとうございました」

スタッフの声掛けにニッコリ微笑んで奥さんはワタシパンを手に持ち店を出た。

 

「急がなくっちゃ!」外はすでに薄暗く、冬だから余計に刻一刻が早く感じられる。

奥さんは、ワタシパンの入ったビニール袋を自転車の籠に入れるとスタンドを倒し、サドルにまたがった。

冬の自転車は結構辛い。奥さんは手袋をしているが、それでも手はかじかむであろう…

10分くらいだろうか、自宅に辿り着いたのか自転車から降りて、玄関のスペースに止めた。

「ああー寒い!」と言いながら、奥さんは家へと入った。

ワタシパンはキッチンのテーブルに置かれ、奥さんは荷物の片づけをしている。

「さあて、夕食の支度しなくっちゃね」割烹着というのか、大業なエプロンみたいなのをサッと着て奥さんは準備を始めた。

おや、それは…コメダでは見かけない大きな釜である。確か、お米を炊くのに使う道具だったか…

お米もコメダでは見かけないので、最初は「あの粒々はなんだろう??」と不思議に思ったものだ。

どうやらその正体は「米」で、米を炊いたものを「ご飯」と呼ぶらしい。

しかし不思議だ。我が名前は「コメ」なのに、米を知らないだなんて。

 

…まあよい。奥さんは手際よく夕食づくりを進めていく。

冷蔵庫から彼是と取り出しては、さっさっさっと色とりどりのメニューを作り上げてゆく。

ああ、よい香りだ――――

 

「たける―――!ごはんよー!!」

おや、この家にいる子どもの名前か…

間もなく、二階からトントントンと階段を降りる音がしたかと思うと、高校生くらいの男の子が現れた。

「調子はどう?」

「ん。まあまあかな」

たけるくんという男の子は、自分の席に着いたかと思うと「いただきます」と言った先からもう箸があちこちに伸びていた。

「いよいよ入試明日だね。ガンバってね!」

「まあ、やるだけやるさ」

そうか、入学試験か…

もぐもぐとご飯を掻っ込む姿はやはり男の子だなァ。ああ、ご飯粒落としているぞ。ワタシのように紳士らしく…にはまだ

時間がかかりそうだな。

口数少なく、ただモリモリと食べる姿は、これくらいの年頃なら当たり前の光景だろうか…

「じゃ、ごっそさん!」

ものの10分くらいで食べ終えただろうか。男の子は椅子から立ち上がった。

「明日は何時?」

「7時過ぎに家を出たいから6時くらいに起こして」

「わかった。お弁当、作っとくね!」

返事をしないまま、たけるくんは二階へと上がってしまった。せめて「ありがとう」と「よろしく」は言えばよいのになあ。

家族だから照れ臭いというのもあるのか、でも家族だからこそ、必要な言葉じゃないか?

あ、イヤイカンイカン。またお節介虫が現れたぞ。

ふぅっと溜息をついた奥さんが、たけるくんが食べ終えた食器をキッチンの流しに置いて行った。

「いよいよねえ・・がんばれ、たける!」

そうつぶやいた奥さんは、自分の夕食はそこそこに食器を洗い、あれこれと小まめに動いていた。

その途中で何度かスマホを見ている。

「たける!お風呂が沸いたから入んなさい」

しばらくすると、再びたけるくん登場である。「お父さんからLINE来た?」「うん。がんばれって」

「お父さんも一緒にいてほしかったけど、赴任中じゃ仕方ないわね」

「イイよ別に。父さんがいても戦力になるわけじゃないし」

ずいぶんとクールなたけるくんである。

「お父さんだって心配してんのよ」

「はいはい。とりあえず風呂入ってくるわ」

ということは、今はお母さんとたけるくんで生活しているのか。それは色々と大変じゃなかろうか…ワタシはまた余計なおせっかい虫に襲われそうになりながら、2人のやり取りを黙って聞いていた。

 

たけるくんがお風呂から出た後、今度は奥さんが入る。

「たける、お母さん、もう寝るね!」と一声かけて、奥さんは早々と姿を消した。

やがて二階の音も消え、家全体がシーンと静かになった。

 

しばらくワタシがうつらうつらしていると、突然ピカッと光りが当たった。ん?なんだなんだ??

寝ぼけ眼で前を見ると、奥さんも寝ぼけ眼でエアコンのスイッチを入れた。

まだ真っ暗だけど、どうしたんだろう。思わず時計を見ると4時。外からバイクの音がぶぅんと聞こえた。

コメダでもそんな朝早く開店はしない。一体何事だとビックリしていると、奥さんは夕べと同じ割烹着を身にまとい、ワタシに近づいてきた。

「よっしゃ!」という気合の一声をかけて。

ワタシパンを手に取ると、キッチンのカウンターに置いた。

冷蔵庫からタマゴ、ベーコン、レタス…色々と取り出すと、フライパンに火をかける。

卵をボウルに割り入れてかき混ぜると塩コショウをふり、それをフライパンに流していく。「ジャ!」という音とともに良い香りがキッチンに漂う。なんと見ていて気持ち良いくらいの段取りの良さ。無駄な時間をつくらない。

ほかにもアレコレと作っていくのをただ見とれていると、ワタシパンの出番が来たようだ。5枚すべてを取り出し、マーガリンを塗っていく。それに具材を載せて、ケチャップやマヨネーズなどの調味料も塗る。

ははぁーん…サンドウィッチを作っているのか…

2枚一組でサンドしてから包丁で横半分に切る。ものすごいボリュームだぞ…さすが男の子。

残った一枚はどうするのか?と思いきや、奥さんが食べるのか、お皿に一枚乗っけられた。

再び時計を見るとちょうど6時。「たける―――!6時だよ―――!!!」

 

二階からたけるくんが降りてきた。頭には寝癖が少々、でもしっかりした足取りだ。

「朝ご飯作るから、着替えておいで」

大あくびをしながらたけるくんはトイレへと消えた。これから支度を整えるのだろう。

朝食が済み、いよいよ出発のときがきた。

「じゃあ、行ってくるよ!」「忘れ物はない?」

「うん、大丈夫。じゃあね」

いともあっさりとした出発だなぁ。

男の子はこんなものかもしれないが。

「あ、たける。コレお昼ご飯。これ食べて頑張んな!あんたの好きなサンドウィッチ。コメダのパンだよ」

するとたける君の表情が一瞬「パッ」と明るくなった。おや?

サランラップにくるまれたサンドウィッチを手に取ると、

「めちゃ嬉しい。サンキュー」と一言。

それを聞いて奥さんの頬も緩んだ。「それがアンタの充電器だね!」

「ん、じゃ行ってきまーす」

サンドウィッチをリュックに入れると玄関から元気に飛び出していった。

それを見つめる奥さん。

 

きっとたけるくんは全力を尽くすだろう。

親は見守ることしかできないけれど――――

帰ってきたときに「おかえり、おつかれさま」と声をかけるだけで、子どもは嬉しいはずだ。

子どもに限ってではない。誰しもが帰るべきところに帰り、待っていてくれる人がいることに安心する。

 

たけるくん、母の愛情がたっぷりこもったコメダサンドウィッチを食べて頑張ってこいよ!

 

「がんばれ、たける」

奥さんはつぶやきながら、残ったコメダパンをかじった。「うんま!」

しばらくは、奥さんのブレイクファーストだ。