みなさん、メリー・クリスマス! | けこですのブログ

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フランクリン・ロードのイルミネーション。
クリスマスまでの約一ヶ月間、見物の人々で賑わう。
空はまだやや明るいが、これでも時間は夜9時を過ぎている。
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母が入退院を繰り返すようになる直前と思うので、私は5歳前後だったはず。
クリスマスの近づいたある日、母がツリーを買いに行くと宣言した。
昭和の30年代でもプラスティック製のツリーはあった。
それなのに母が選んだのは生きている本物の木。樹高は1メートルそこそこ。
土をつけて丸く束ねた根っこは荒縄で巻いてあった。

母が根元を持ち、私が天辺を支えて家に帰ると祖母が激怒した。
根の付いた生木を買って、この後どうするつもりなのか、という訳である。
両親と私の一家は祖母の家の裏庭の離れに住む「居候」だった。
母屋の庭は亡くなった祖父が日本庭園にしつらえていた。
使用後のツリーに与えられる場所などない、と言うのが祖母の言い分だ。
母は黙って俯いていた。

この年のクリスマスは後にも先にも一生に一度の思い出になった。
思い出は数枚の写真として残っている。
モールで飾ったクリスマスツリーを背にして母と私。
ろうそくに火を点した小さなケーキを前にして、母と幼い私が笑っている。
写真を撮ってくれたのはもちろん父だろう。母が残してくれた大切な思い出だ。

ツリーは母が裏庭の目立たぬ場所に植えた。
大きな庭石の裏、手入れを忘れられて大きく伸びきった松の日陰である。
母が亡くなり、さしもの祖母も年老いて長男に引き取られる事になった時、
処分と決まった家の庭にあるツリーを私はどうしても見たくなった。
ツリーはまだあった。陽光にも養分にも恵まれないせいだろう、
10年たっても可愛そうな程背丈の低い木だったが、
葉は青々としていたのを憶えている。

私が物心付く頃の両親は貧乏だった。それ以前は推して知るべし、である。
戦後間も無く、まだ私が生まれる前、父と母が新婚の頃だろう。
父はなけなしの家財だった箪笥を売り払って僅かな金額を手に入れた。
物のない時代に買ったのは一袋のピーナッツ。
それで二人はクリスマスを祝ったのだった。

両親はクリスチャンではない。当然の如く、私もキリスト教に縁は無い。
日本の人口にキリスト教徒の占める割合は、大戦後から常に1パーセント未満。
それでも大多数の日本人はクリスマスを祝う。
八百万の神のおわします日本に一人位異国の神様が加わっても気にはしない。
貧しい時代も、豊かな今もクリスマスは沢山の小さなお話を生む。

みなさん、メリー・クリスマス!