ベンチャー・キャピタリストの困難で楽しい毎日 -4ページ目

「こちら北米航空宇宙防衛司令部。未確認飛行物体を発見!」

 

北米航空宇宙防衛司令部(North American Aerospace Defense Command: NORAD)は、核を含む弾道ミサイルの早期警戒を任務として、北米地域の航空・宇宙領域を24時間監視する軍事機関です。

 

1948年12月24日のことでした。早期警戒レーダー網が、北へと向かう未確認飛行物体をとらえたのです!

けたたましく警報が鳴り響き、警戒態勢にあった要員全員に緊張が走ります!

 

「未確認飛行物体を捉えたぞ!」叫び声に近い報告がスピーカーからこだまします。「高度4,300メートルを、北に向かって飛行中!」

 

「ミサイルか?航空機か?報告せよ!」

 

「いや、そのいずれとも違う。」

 

「では、一体何だというんだ。」

 

緊迫したやり取りの果てに担当官が報告したのは、果たして、

 

"one unidentified sleigh, powered by eight reindeer.” (未確認の橇(そり)だ。動力源は8匹のトナカイだ・・・。)

 

というわけで、ちょっと脚色しすぎましたが、これは実際にあった米国空軍のジョーク。未確認飛行物体の正体は、もちろんサンタクロースです。

 

NORADはれっきとした軍事機関ですが、毎年クリスマスになると、「NORAD Tracks Santa」と称して、サンタクロースの現在位置をリアルタイムに追跡して報告します。

 

そもそもは、百貨店のSears(シアーズ) が、サンタとお話しできる電話回線を敷設したところ、電話番号の印刷を間違えて、NORADの前身であるCONAD司令長官の電話番号にしてしまったことに起因しているとのことです。電話を受けた当時の大佐が、「サンタが北極から南下中。」と子供に報告したことがきっかけで、クリスマスの恒例行事になったとか。カタブツの軍事機関が、こんなに粋(イキ)な計らいを毎年しているところが、いかにもアメリカらしいと思いませんか?

 

現在では、「NORAD Tracks Santa」と検索してもらえれば、誰でもアプリをダウンロードして、サンタクロースの現在位置を確認することができます。私がキャプチャーした時は、イギリス北部をサンタさんが疾走しているところでした・・・。

 

 

あなたから メリークリスマス

私から メリークリスマス

サンタ・クロース イズ カミング トゥー タウン!

 

メリー・クリスマス!皆さん!

ispace社「Mission1」打ち上げ成功!

 

 

日本時間2022年12月11日16:38、スペースX社のファルコン9に搭載されたispace社の月着陸船(ランダー)が、米国フロリダにあるケープカナベラル空軍基地から打ち上げられました。Ispace社のランダーは、打ち上げ47分後に切り離され、2023年4月の月着陸に向けて旅立ちました。姿勢制御、電力確保、通信ともに安定しているということで、順調な出だしにまずはひと安心です。

 

月開発ということでは、ほぼ時を同じくした12日午前2時40分頃(日本時間)、NASAが先月(11月16日日本時間15:48)打ち上げた有人月着陸船オリオンが地球へ無事帰還しました。今回は無人で月を周回して帰還しましたが、次回は有人で月を周回して帰還、2025年に予定されている3回目は、有人での月着陸が予定されています。

 

ここで鋭い方は気づくと思うのですが、オリオンは11月16日に打ち上げられ、わずか25日余りで月を周回して地球に帰還しました。対するispace社のHAKUTO-Rでは、4か月もかかって月に着陸する予定です。両者の行程には余りにも期間の差があることを不思議に思うのではないでしょうか?

 

この違いは、軌道選択の違いから来ています。NASAはオカネがあるので、直接月を目指すので期間を短くできるのに対し、ispace社は燃料を節約するために大きく迂回する軌道を選択しています。ispace社が選択したのは、一端月を通り過ぎて150万キロ先の宇宙空間まで達してから月に戻ってくるWSB軌道という特殊な軌道です。地球から月までの距離が38万キロですので、「迂回」という言葉では足りないほどの無茶苦茶な遠回りとなっています。150万キロ先の宇宙空間には、太陽と地球、月の重力が釣り合う領域(WSB:Weak Stability Boundary)があり、ほんのわずか燃料を吹かすだけで月の軌道に入ることができます。従って、時間がかかるデメリットを甘受できれば、燃料を節約してコストを安くあげるためには、WSB軌道を活用した方が得策という話になるわけです。

 

「遠回りした方が安くつく」というのは、地上の感覚からするとむしろ逆に感じるでしょう。しかし、宇宙では、地上の経験損苦が成り立たないことが頻繁に起ります。

 

ニュートン力学の第一法則である「慣性の法則」では、「外部から力がはたらかない状態では、静止している物体は静止し続け、動いている物体は等速直線運動を続ける。」とされています。宇宙空間に打ち上げられたランダーは、基本的には等速直線運動を続けようとしますが、実際には太陽と地球、月の重力が作用してWSBに導かれます。地球からWSBまでは、距離はすこぶる遠いわけですが、慣性の法則に則っれば燃料を使用する必要はありません。つまり、宇宙では、距離を稼ぐのに必ずしも燃料を必要としないのです。放っておけば、一度進みだした衛星は、重力の作用は受けますが進み続けます。コストに直結するのは、「距離」ではなく「燃料」なので、遠回りしても燃料をちょっとだけ吹かせば月の軌道に入ることができるWSB軌道は低燃費になるわけです。(ちなみに、宇宙空間における「距離」の概念は、地球や月が移動しているために、あまり意味を持たないことも多いです。)

 

月着陸まであと約4か月。重力天体への着陸は、はやぶさ2の着陸と比べても難しいはずなので、まだまだ気は抜けないところではありますが、まずは打ち上げ成功をお祝いしたいと思います。おめでとう!

桜咲くJAXA

 JAXAはコロナ期間中ずっと長い間、原則的に在宅勤務で仕事を進めています。客員の私など猶更(なおさら)で、プロボノ的な助言が主業務ですので、Web面談は行っても、つくば宇宙センターに出勤するのはごく稀(まれ)な日々が続いていました。

 

 けれども昨日は、久しぶりにJAXAつくばに出勤しました。ただでさえ構内の人影はまばらなのですが、昨日は一層人とすれ違う機会が少ないように感じました。

 

 でも、桜は満開でした。曇天で人影まばらな中でも、桜が満開に咲き誇っていると、何となく賑々(にぎにぎ)しく感じるのは不思議な感覚でした。

 

 

 帰りの手続き前に、久しぶりにJAXAの図書室に寄ってみました。いくつか物色したい資料があったのですが、あらためて、宇宙開発の歴史に関する文献、それも他所では決してお目にかかれない文献が多数収蔵されていることに感慨を覚えました。「他所では決してお目にかかれない文献」の極めつけのひとつとして、昔の研究員の方が手書きで書いた、「欧州宇宙機関」(ESA)設立の経緯に関するレポートを見つけました。ワープロなんてなかった時代、研究員の方がこつこつと手書きで書いたレポートで、幅15センチ以上の力作でした。手書き文字の行間に宇宙開発に向けた情熱が感じられて、胸が熱くなりました。

 

 2021年は一般の方々にとって、「民間宇宙ビジネス元年」に感じられたことでしょう。7月にブランソン氏が宇宙に飛び、そのすぐ後にベゾス氏が飛び、9月にはスペースXが民間人だけの軌道旅行「インスピレーション4」を実現し、ダメ押しとして、前澤さんが年末に国際宇宙ステーションから楽しいレポートを届けてくれました。

 

 我々専門的な知識を持つ者からすると、ここに至るまでに長い苦難奮闘の歴史があったわけですが、一般の方々がそれを知らなくても結構。人知れぬ努力の結果、いま新たな産業が花開こうとしているのですから。JAXAの桜も、心なしか祝福してくれていたように感じました。

 

 

イーロン・マスク 臆病な民主主義を突き破る

※書いてから1週間ほど経過してしまいましたが、新たなBlogをアップいたします。

 

 今回のウクライナ侵攻の報道に、様々な衛星画像が使われているのに皆さんお気づきでしょうか。ウクライナの首都キエフ郊外に、ロシア軍が64kmにも及ぶ長い車列を作って待機している画像が、ネットやテレビの報道で繰り返し登場しています。この報道で使われているのは、Maxar Technologies社という宇宙ベンチャーが撮影した光学衛星画像です。Maxar Technologies社は1957年にオリジンを持つ伝統的な衛星開発会社です。WorldViewシリーズと呼ばれる超高解像度衛星群を保有していて、最高解像度30cmの撮影が可能だと言われています。

 

©REUTERS,MAXAR Technologies

 

 光学衛星というのは、私たちが持っている普通のカメラと同じく可視光を使って、高度数百kmの上空から地上を撮影します。車両一台一台の形から影までくっきりと写っていて、ロシア軍の動きが手に取るように分かります。Maxar Technologies社は、「Open Data Program」という主に災害向けの衛星画像アーカイブを一般公開しています。こうした試みがより一般化していけば、日本の自宅からウクライナ国境のロシア軍の進軍状況をほぼリアルタイムに観察できるようになる日が来るでしょう。そして何より、キエフやハリコフやマリウポリで怯(おび)えているウクライナ国民の皆さんが、進軍の状況をリアルタイムで把握できるようになるわけです。これってすごいことだと思いませんか?

 

 また、日本経済新聞社の報道では、ウクライナ国境から約6キロメートルのところにあるベラルーシのプリピャチ川に軍事用の浮橋が、2月中旬に一夜にしてかかったことが見て取れます。今回のウクライナ侵攻が、以前から周到に準備された計画であったことが理解できます。この報道は、Capella Space社という宇宙ベンチャーが撮影したSAR衛星画像を、日本経済新聞社と、日本の宇宙ベンチャーであるスペースシフト社と共同で解析したと説明されています。SAR衛星とは、マイクロ波という特殊な電磁波を用いて、雲を透過して闇夜でも地上を撮影できる衛星です。撮影されたデータを信号処理することにより、地上のレントゲン画像のような色黒画像が得られます。このSAR衛星画像(データ)を提供したのが、Capella Space社です。しかし、レントゲン写真を読影するのに専門の技師が必要であるように、SAR衛星画像でもそのままでは不十分で、解析して写っているものを分析する必要があります。この解析プロセスを、スペースシフト社が日本経済新聞社から依頼されて実施したということだと推測されます。

 

 このように、軍事的な情報把握や情勢分析に、衛星画像はもはや欠かせない手段となっています。また、こうした情報が容易に得られるようになったことによって、先の報道のように、様々なマスコミが、戦況について的確に把握できるようになってきています。衛星から得られるデータを活用した報道は、「衛星ジャーナリズム」と呼ばれたりしますが、この衛星ジャーナリズムは、今回のウクライナ侵攻を受けて大きく進展することでしょう。

 

 そして、米軍を中心とする各国軍は、もちろん自前の偵察衛星を軌道上に保有しているわけですが、その一方で、最近は民間宇宙ベンチャーから、機密性の低いデータに関して積極的に買い付けることによって、自ら衛星を打ち上げるコストを節約したりしているのです。つまり、軍は、宇宙ベンチャーにとっての上得意客になっているのです。

 

 今回、バイデン政権が、軍事機密を積極的に公表したことが高く評価されています。軍事情報を原則秘匿するこれまでの慣例を破って、ロシア軍の侵攻が間近に迫っている事実を積極的に公表したことによって、世界各国の協力体制を短期に作り上げることができた結果、ロシア軍の進軍を遅らせることに成功したと言われます。こうした情報戦は、前回指摘した「臆病な民主主義」の欠陥を補う方策の一つであり、私も大いに支持します。そして、この情報戦の裏には、今回の衛星ジャーナリズムに用いられた衛星より格段に高性能な軍事衛星からもたらされる衛星画像とその解析があったことは間違いありません。(Maxar Technologies社の衛星は、2021年11月1日時点には既にロシア軍がウクライナ国境に集結していた画像を撮影していたことが報道されています。)

 

 そんなことを考えていた矢先に、イーロン・マスク氏が発した胸のすくような話題が2つ飛び込んできました。

 

 1つは、ツイッターを通じた、ロシアの宇宙機関「ロスコスモス」総裁とのケンカの話題です。米国がロシアに経済制裁を課したことに反論し、ロスコスモスのドミトリー・ロゴージン総裁が、皮肉をツイッターに投稿しました。現在の国際宇宙ステーション(ISS)では、ロシアのモジュール(区画)が軌道修正やデブリ回避の役割を担っているため、(制裁の結果)「ロシアが制御しなくなったら、ISSは米国に落ちるかもよ。」、というような内容です。その時、「誰が一体、ISSを制御するのだ!」と息巻いたロゴージン総裁のツイッターに、イーロン・マスク氏が無言で「スペースX」のロゴをぶつけて来ました。「ロシアが制御しなくても大丈夫。スペースXがISSを救う!」というメッセージです。

 

 実際、スペースXのドラゴン宇宙船をISSにドッキングさせれば、ドラゴン宇宙船のエンジンを使った制御は可能で、そのことを指摘した宇宙ニュースサイトの編集者のスレッドに対し、マスク氏は「いいスレッドだ。」とのコメントを付したと伝えられています。

 

 もうひとつは、スペースX社が開発途上の衛星によるブロード・バンド通信網「スターリンク」を、ウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相の要請に応じて、マスク氏がウクライナで即時稼働させた、というニュースです。キエフ市内をロシア軍が制圧すれば、当然通信網は破壊され、市民は電話もインターネットも通じなくなる可能性が生じます。しかしその時でも、「スターリンク」が開通すれば、人々は衛星とつながったインターネットを介して電話もSNSも使えるようになるはずです。もちろんロシア軍によって電源が断たれれば無力化されるリスクはあるのですが、これにより多くの人命が救われることを願っています。

 

 現在、戦場は確かにウクライナですが、もう一つの戦場は情報空間に存在しています。地政学的な軍事において臆病な民主主義は、その半面で情報戦における戦局では優位に戦っているのかもしれません。そしてこの臆病な民主主義を補う存在として、宇宙ベンチャーの存在意義は、今後一層高まっていくと感じています。

臆病な民主主義とプーチン大統領の誤算

 

 結局、ロシア軍によるウクライナ侵攻は全土に及び、侵略戦争に転化してしまいました。短期的に軍事侵攻を食い止める手立てを全世界がほとんど講じられないでいることが、酷くもどかしくてなりません。

 

 いやな話ですが、ケンカの定石のひとつとして、「専制攻撃をするときには、敵が反抗する意思をなくすところまで、まず徹底して打ちのめしておいてから停戦交渉する」ことが有効であることが知られています。東部ドンバス地域を攻略してもかえってウクライナ国内の反ロシア感情を高めるだけ、と前回のBlogでも書きましたが、現在プーチン大統領が実行している戦略は、良識ある為政者なら決して取らなくなったこうした定石を、ためらいなく実行しているように見えます。プーチン大統領は、まさに交渉によるNATO非加盟を見限り、力により果実を勝ち取ろうとしているように見えます。

 

 北朝鮮の核開発の時も、香港の民主主義弾圧の時も、ミャンマーの軍事政権クーデターの時も感じたことですが、臆病な民主主義が、世界の専制者の横暴を許してしまっている事態をたいへんもどかしく感じます。もちろんその背景には、強大な軍事力同士の衝突はすぐに核兵器の使用に結びつく可能性を高めてしまうために、良識ある民主主義国家ほど直接的な軍事衝突を避けるという傾向があります。しかし、今回プーチン大統領が意図的に核戦争の可能性をちらつかせていることでも分かるように、こうした民主主義の臆病さは、専制主義者から既に足元を見られており、彼らに有利な政治環境さえ提供していると思います。結局、短期的な解決能力を持つ軍事オプションは発動できず、現状のところでは、今回も経済制裁と社会運動という平和的オプションに頼らざるを得なくなってしまっています。

 

 ロシアをSWIFTから排除した決断は、当初反対意見もあった中でよくぞ合意形成したと思います。ただ、プーチン大統領はある程度までは事前に備えていたと考えられるので、最も強力な経済制裁ですら、所期の成果を減じられてしまうかもしれません。北京五輪の時に、プーチン大統領が開会式に出席したのも、今から思えば、中国に対して戦争の事前通告と戦時下の経済的互助を高める意図があったとも読めます。

 

 ただ、恐らくプーチン大統領も予想外であったのは、ロシア国内で反戦デモが盛り上がっていることです。ロシアの若者たちの勇気ある行動に敬意を表したいと思います。もちろんそれにより今回の侵略が抑止される可能性は低いのでしょうが、今の戦争がプーチン大統領個人の侵略戦争であることが世界に強く印象付けられました。

 

 ドイツによるノルドストリーム2の無期限停止も頼もしい英断でした。ロシアからのエネルギー供給に依存する欧州諸国にとっては、自ら大きな代償を払うことになる制裁措置であったからです。プーチン大統領は、ウクライナのゼレンスキー政権をナチスになぞらえて安していましたが、ヒトラーを生んだ当のドイツが英断を下したことにより、むしろプーチン大統領とヒトラーがダブって見えるようになったのは、私だけではないのではないでしょうか?

 

 今後、SWIFT排除を通じて起こる通貨価値下落、貿易激減、インフレ促進により、ロシアの経済状況が悪化してくれば、(心あるロシア国民のみなさんにはたいへん申し訳ないのですが、)一層政権批判が激化してくると考えられます。海外にいる我々も、ウクライナの人々の苦しみを思えば、制裁で返り血を浴びることを恐れてはいられないはずです。独裁者といえども、国の内外から激しい批判を受けながら長期にわたって政権を安定させるのは難しいはずで、ここに非軍事的オプションの光明が見える思いがします。

 

 この世の中が専制者を利する世とならないよう、我々にできることは臆病になった民主主義を今一度鍛えなおすことなのではないでしょうか。