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うちはうち やってやるとも 義親の世話




義母が認知症になるまで

いや それよりもっと前から

同居を始めた当初から

義両親のことは全て私がやっていて

夫は完全にノータッチだった


世の中には色んな家庭 

色んな夫婦があってしかるべきだが

自分の親のことを一切しない夫

義両親のこと家のこと一切は私

というのも珍しいのではないだろうか

しかもそれで問題が起きていない


やって欲しいことを言えば

夫は嫌がらずにやるのは分かっている

けれど 手続きごと 家のこと 病院

夫に指示をする間に 私がやった方が

早くて 確実に上手くいく


それは結婚当初からで

家を買うのも 車を買い替えるのも

慶弔のあれこれも 子どもの命名も

夫は私にお任せなのだ


そして 義両親も

私を全面的に信用信頼していたし

必要なお金も私に渡してくれた



元々 夫は父親と折り合いが悪く

殆ど口をきかなかったが

双方 男はそんなもんだ と

何とも思わないようだった


親を呼び寄せての途中同居は

親のスペースを作る分 手狭になるが

生活の変化が大きい親たちの方が

ストレスは大きいはずだし

生活全般はこちらに主導権がある

できるだけのことはしよう


義姉に所信表明を申し上げた通り

真面目な私は何もしない夫をよそに

1人で奮闘することになった



それが私の使命なのだろう と

素直に運命に従った




老いと死の話題に触れる 子のために




介護は

終わりが見えない怖さがある


命には限りがあるのだから

いつかは終わりが来るのだが

ひょっとしたら明日かも知れないし

もしかして5年後かも分からない


だんだん楽になるはずがなく

どれだけ大変になるか

最終的にどうなるのか

想像できない恐ろしさがある




73歳で癌で他界した母は

昔 お婆さん(姑)を看取った時に

こんなことを言っていた


もう限界 これ以上は無理だ

後1日長かったら 私が死んでた

というぎりぎりのタイミングで

物事には終わりが来るものだ




その後 本人も気づかない間に

体が癌に蝕まれていて 

突然 吐血し 緊急入院

開腹したが切除不能と分かり

何もできないまま最期を迎えた


約3ヶ月間 週末毎に

片道3時間かけて付き添った

「あんたもその内

お義母さんの下の世話をするのだ

私で練習しておきなさい」 と

病院に見舞いに行くたびに

自分のオムツ替えを私にさせた


本来 入院患者のオムツ交換は

看護師の業務なので

「ナースコールで呼んで下されば・・」

担当看護師に怪奇異な目で見られた




母も 義父も70代で癌で逝ったが

癌の看取りは 家族には辛いものだ


身の置き所のない苦痛というものを

まざまざと見せつけられる


それと比べると 

80代後半 痛みがない 苦しくない

淋しいとか帰りたいとか未練もない

認知症のお陰で・・・



色んな意味での予習が

義母の介護の精神的苦痛から

自分を救ってくれていたのかもしれない



老いて 死んで行く命のことを

年端もいかぬ子に教えるのは

歓迎されないだろうと避けてみたり

忌まわしく感じる人もいるだろうが

折に触れて 日常的に

お婆ちゃん こんなだよー 

という感じで

話題にした方が良いと思う


誰にでも その時は来るのだから






ハロウィンの意味をどう言う?病人に



日照時間がどんどん短くなっていくこの季節

黄昏鬱・・気分が落ちることがあるが

公私ともに忙しいのも秋〜冬に向かうこの時期で

ただでさえ意思と行動のバランスが取れないのに

パッチワークや服のリメイクに取り掛かって

夜更かししたりする 悪循環


一昨夜はマツキヨで処方薬を待つ間に飲んだ

無料のコーヒーがたたったのか

明け方まで眠れず 頭が重いまま1日過ごした






病院の受付にハロウィンの飾りがあったのが

後になって気になってきた


季節感が感じられる装飾に

10月と言えばハロウィン🎃でしょ

となるのが 最近は一般的らしい


ハロウィン🎃の意味を理解している人が

どれほどいるかは分からないし

これは何ですか?と聞かれた時に

程よい説明ができるスタッフが

いるかどうかも分からないが


宗教観の問題もあるし

死者が蘇って・・とか ゾンビとか

面白おかしく扱ってお祭り騒ぎする

最近の日本 大丈夫か?


にしても 病院なんだから

病気で死にたくない 1日でも生きたい

と思って治療を受けている患者に

死者が復活する話 って

どうなんだろう?




親の介護 子に平等の義務がある



年老いた舅姑の面倒をみるのは

長男とその嫁


少なくとも

介護保険の制度ができるまでは

それが日本の常識みたいなものだった


その代わり

代々の土地家屋 資産 墓地は

全て長男が引き継ぐことになり

弟や姉妹は相続放棄をするものだと

暗黙の了解があった




今はそうではない


親の財産は等分に貰う権利がある

と弟姉妹が主張し

親の介護は等分に負担すべきだ

と長男が主張する


口は出すが金は出さない

貰えるものは貰いたい

権利を主張し 手は貸さない




人それぞれ価値観が違い

主義主張も違うのだけど

正解はただ一つ


老いた親の面倒をみるのは

子ども全員に平等にある義務であるが

介護費用を負担する義務はない


目から鱗が落ちた


つまり

実子は親の介護について

皆で協議 協力しなければならず

施設入所などの費用には親の資産を充てる

親に財力がなければ福祉や行政に相談

親の生命を守るべく実子が協力する

ということになる







実質的に

長男の嫁に親の介護をしてもらう

しかないのならば

実子らは 何らかの形で

嫁に負担相当分の補填をして

どうかよろしくお願いしますと

ひれ伏すしかないのだよ


誰に聞く?義親の世話する覚悟だと?




義姉・・夫より3才上 唯一の姉弟


本人は

至らない弟夫婦に助言してあげている

つもりだったのだろうが

こっちは

何十年も何十回も嫌な思いをしてきた


義父母を田舎から呼び寄せ

同居を始めるにあたって

夫でなく私が 

義両親でなく 義姉に

所信表明をさせられた


老夫婦は何も言わないだろうし

覚悟があるか確認したい

とのことで

それなら夫に聞いてくれと言ったが

日中 ふたりの面倒を見るのは

嫁である私だから だと言う


は?

ありがとう よろしくお願いします

だろ?普通は・・


そんなに心配なら やめときます

とでも言えば良かったのかな?



この先 どんなことが起こるか

今は元気だけどずっと元気なのか

病気になるのか 分からない

その時その時 話をして 考えて

できることをやるしかないと思う


不思議とすらすらと言葉が出てきた


マニュフェストなんてご都合主義

信用ならない


何かが起こる前から 何をするなんて

約束はできないのだから


















墓じまい するもしないも 勝手なのか



今朝のNHKあさイチで

墓じまいのことを話題にしていた



義母の認知症について

日常の行動をメモしておいて

要介護認定の時に資料として

面談に臨むと良い

助言してくれたT子であったが・・


T子は父親とは早くに死別

結婚して間もなくお母さんも亡くなった


T子は息子が1人

旦那さんとは 何があったのか

長いこと家庭内別居状態


個人的な派遣の介護の仕事と

観光船の船頭 女性消防団 飲み屋の手伝い

趣味と実益を兼ねた複数の仕事をし

男友達とキャンプや船釣りに出かける

彼女の生活 生き方は

世間一般の女性とはかけ離れていた



ある歳の旅行会の夜

1つの部屋に集まって飲みながら

例によってT子の話が始まった


そもそも旦那さんの家の墓のことなど

T子の眼中にはないのだろうが

息子に負担をかけたくないから

自分が自分の両親の墓じまいをしたい

しかし息子はじぃじ ばぁばの墓参りを

大事に思って墓じまいに反対している


そんな話を延々と聞かされて

墓じまいこそ正義だ みたいな

皆んなが賛同したら嬉しい?

立派だと言ってもらいたい?


自分の価値観こそ正しい

昔から いつもそうだった



お墓がない 気楽さと

お墓がある 安心感とは

天秤にかけられるものではない



私は うちのお墓があそこにある

という旗印みたいなものを

子どもたち 孫たちに残したいし

盆と彼岸の墓参りありきではなく

心で思うだけで良いと思う


親が亡くなった さあ どうしよう?

と迷わせなくて済むのが良い

と思っている




T子と一緒の旅行は

もう いいや


義母のことで大変だから

私は不参加ね


と連絡した矢先

コロナ騒動が始まって

必然的に旅行は中止となり

それ以来・・










忍び寄る ちょっとの「変」がプロローグ



70代で認知症と言うと

凄く早いと感じられると思うが 

つまりは近くにいる人が

その初期症状に気づくかどうか 


同じ話を何度もする

買い置きがあるのに買ってくる

怒りっぽくなった

食材のトレーや包装紙などを

後生大事にとっておく


そういうのを

指摘をすれば言い返されるから

面倒くさい


歳のせい 仕方ない と

実害がなければ

大抵の親族はスルーします




義母の場合


ウスターソースでひじきの煮物


おにぎりの天日干し


深夜 大量の水撒き


etc


小さな「変」が 時々

多分 完全同居でなければ

気づかないようなこと


 


介護の仕事をしている友人と旅行に行った時

本当に たまたま その「変」の話をしたら


ちょっとちょっと それって

始まってるかもよ!


え?何?


認知症の早期発見に至った





認知症 発症からの「跡」残す



義母のお薬手帳 

捨てられないまま


ちょうど10年前の今ごろ

介護保険の認定を申し込んで

認知症の診断をしてくれる

クリニックを探したのだった


車で30分かけて

何回 通院しただろう


最初は

何だか変

から始まって


認知症は少しずつゆっくり

しかし着実に進行していった



同居して朝晩ご飯を共にする

私だから気づくのが早かったが

盆暮に訪ねてきて

顔を見て帰る義姉には

異変など感じられるわけがない

後になって 「何でもっと早く」

などと言われないためにも

きちんと記録を残しておこう

と考えた










7年の認知症介護 振り返る



お彼岸

墓参りに行ってきた


約半年間 入院して

家に帰ってくることなく亡くなり

夏の初めに 一周忌


うちは浄土真宗なので

仏壇に遺影は飾らないのだが

葬儀の時に使った写真を

何となく

仏壇の横に置いている


写真は

デイサービスで撮ってくれた

花壇の前で満面の微笑みの義母


7〜8年通ったデイサービス

認知症 通所施設 では

誕生日やらお花見などのイベントで

年に数枚も写真を撮ってくれた


どれも良い出来栄えの写真で

いつでも遺影に使えるようにという

配慮だったのだと思う


介護はいろいろ 大変だったけど

義母は良い人だったし

呆けてからも 私には

ありがとうといつも言ってくれて

嫁姑の関係も良好だったと

(お互いが頭と気を違って

上手くやってきたからだが)

自他共に認めている



何年間かの夫とのLINEのやり取りを

見返すことがあって

義母の認知症の進行具合とか

介護の一部始終を 少しずつ

ブログに記録してみようという

考えに至った






柏手を 響かせてこそ 神出づる


穴八幡宮


節分〜立春の間にお参りすると

限定のお札が頂けるそうだが

まあ良いか


自分の都合が良い時が吉日



神社参拝で行列に並んで

順番待ちするのは

何か違うような気がして

混んでいない時

あるいは

少々混んでいても列に並ばず

遠巻きに脇の方からお参りする


なぜなら 

神様はそこかしこにおられ

並んだもん順に願いを聞こう

などとケチくさいことは

言わないからだ


賽銭箱に小銭を入れなくても

御朱印を頂いて初穂料を納める

だから良いのだ


ここ数年は

御朱印は500円が相場というところ


こちら穴八幡様は 

「お気持ち お納めください」

とのこと

定額制でない神社は

過去に1つあったかどうか


400円のお札と御朱印とで

1000円を納めさせて頂いた


柏手は よく響かせて 大きく2回

音を鳴らすことが大事なのだ


間違っても

手袋したまま とか

萌袖で ふわふわ とか

ちっちゃく ちゃちゃ とか

そういうのはダメ








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