今日は、9月2日。

夕方になりまたもや雷鳴。

前回は停電騒ぎまで起こったのですが、今回の雨雲は鳥取県中部東部方面に移動。

助かったと思ったのも束の間、帰ろうとしたらゲリラ豪雨。

傘を持っていってなかったので、職場から駐車場までの2分間ずぶ濡れ(ToT)

それでも、車の窓は前回の教訓からちょっとしか開けておらずセーフ(^_^;)

録画していたNHK『dearニッポン』

高知のデイサービスの責任者が主人公。

このデイサービスは、中国残留邦人の高齢者を積極的に受け入れている施設です。

彼ら彼女らは、本当に辛い人生を歩んでこられました。

中国人の育て親に、こき使われた辛い思い出。

仮に優しい親でも、侵略者・日本人の血が流れているというだけで周りから差別、イジメに晒される。

苦労して日本に帰ってきても、産みの親はすでに他界。

日本政府は来日までは面倒見ても、その後は自己責任。

日本語が覚えられず、しかし、日本名を持っているから日本人として扱われる。

私の母は、6歳の時に満州で終戦を迎えました。必死の逃避行の最中に実の母(私の祖母)を亡くしています。

その逃避行中にも、子どもを地中に顔だけ出して埋めて置き去りにして逃げる人を見た、とか。

母は何とか故郷に戻れましたが、多感な時期に母親の愛情を知らずに育ちました。

そんな母が試行錯誤を繰り返して、私たちを育ててくれました。

それだけに、この番組に出演した中国残留邦人が他人のようには見えないのです。

 

 

① JR西日本・姫新線・三日月駅の駅名標です。

所在地は、佐用郡佐用町三日月999。

スリーナインです(^_^;)

これにて、佐用町の全駅名標の撮影を完了しました\(^o^)/

 

 

 

 

 

②~⑤ こぢんまりとした駅舎です。

それでも、駅舎があるだけ立派です。現在のJR西日本では。

 

 

 

⑥⑦ ホームの様子です。

 

(つづく)

今日は、9月1日。

とうとう、2025年も3分の2が過ぎ去ってしまいました。

そして、猛暑。

9月も暑いらしい(ToT)

 

 

① JR西日本・姫新線・播磨徳久駅の駅名標です。

所在地は、佐用郡佐用町下徳久1034。

旧 南光町の代表駅です。

南光町と言えば、ひまわり。南光町時代に訪ねてみたかったです。

 

 

② 駅舎です。

建替えられてはいますが、しっかりした建物です。

 

 

 

 

③~⑤ 待合室の内部です。

ミニ図書館になっていて、時間が潰せそうです。

 

 

⑥ ホームから見た駅舎です。

 

 

 

⑦⑧ ホームの様子です。

旧 南光町の代表駅だけに、元々は行き違い可能駅だったようです。

 

(つづく)

今日は、8月31日。

昨日は仕事で、安来市にあるホール「アルテピア」に出かけました。

朝からぐんぐん気温上昇。

準備作業から汗だくになりました(^_^;)

こんなに汗だくになるのならば着替えを持ってきておくべきでした。

 

 

① JR西日本・山陽本線・有年駅の駅名標です。

所在地は、赤穂市有年横尾177-4。

山陽本線にある、赤穂市唯一の駅です。

赤穂市のメインは、赤穂線です。

 

 

② 最近建替えたのでしょうか。非常に新しい印象でした。

 

 

 

③④ 歴史案内板です。

この駅には赤穂鉄道が乗り入れていたようです。

由緒ある駅だなと感じました。

 

 

 

⑤⑥ 駅前の様子です。

 

 

⑦ 自由通路です。

 

 

⑧ ホームに降りたら、たまたま貨物列車の通過でした。

山陽本線は物流の大動脈なので、普通列車よりも貨物列車に遭遇する機会が大変多いです。

 

 

⑨ ホームの様子です。

 

(つづく)

今日は、8月28日。

木曜日だというのに、すでに、金曜日ではないのか?と錯覚していました。

疲れがピークのようです。

あと2日。

頑張ります(^_^;)

 

 

① 智頭急行・智頭線・上郡駅の入り口です。

所在地は、赤穂郡上郡町大持110-2。

実は、、、

駅名標は、、、

存在していませんでした(^_^;)

JR山陽本線との乗換駅でもあり、智頭急行の特急列車はJRのホームに到着するので、必要ないのでしょう。

残念!!!

(せっかく、駅名標のためだけに来たのにね(^_^;)

 

 

② 普通に駅の乗り換え階段です。

 

 

③ 智頭急行の改札口です。

駅員さんも居て、「駅名標ありますか?」と聞くと、「さぁ~、ホームにはそういうのは無いようですが…」と歯切れが悪い。

 

 

④ 何の撮果も無いという訳にはいかないので、普通列車を撮影して次の駅へと向かいました。

 

(つづく)

今日は、8月25日。

録画していたNHK特集『ヒロシマからの手紙』を興味深く観ました。

原爆投下を決断し許可した大統領・トルーマンは、公式発言として正当な投下と言い続けました。

同時に、「3度目は、絶対に無い。人道的に許されない」と言い続けています。

そこへ、大統領辞任間際に、水爆開発を決断しない大統領を批判する官僚からの手紙。

「人道的に許されないと言ってしまえば、そもそも投下した事が道徳的でない」と認めてしまう、と批判するのです。

トルーマンの返信は、「私は後悔している」。

原爆開発に勤しんだ科学者たちも翻弄されます。

一人は、広島への調査を詳細に語り、「二度とこんな事態を生み出してはいけない」と訴えるものの、軍隊のトップに一蹴されます。

もう一人は、「ノーベルは、ダイナマイトを開発して、これで戦争は起こらなくなるという夢を語っていた」と言い、水爆開発に奔走します。

トルーマンは、後悔しながら、晩年に被爆者と対面しても「ごめんなさい」とは言いませんでした。

でも、その孫は、被爆体験を聞いて衝撃を受け、二度と核戦争が起こらないように奔走しています。

科学者の妻も、当時から違和感を感じていた(何十万という人間が死んでいるのに喜んでいるアメリカ世論に)ものの、実際に広島を訪れ被爆者と出会って「ごめんなさい」と手紙に書き残しています。

国際政治学者は、「今、”核のタブー”は危機的状況を迎えている。だからこそ、核のタブーを作り出した、日本や被爆者の運動が大きい意味を持っている」と語っていました。

物事は単純ではない、という事は分かっています。

気が引き締まる思いでした。

 

 

① 智頭急行・智頭線・苔縄駅の駅名標です。

所在地は、赤穂郡上郡町苔縄554-2。

実質的に、これにて、智頭急行の全駅名標の撮影を完了しました\(^o^)/

 

 

 

 

②~④ 高架ですので、駅舎は地上。河野原円心駅と同じように、ギャラリー待合室です。

 

 

 

⑤⑥ ホームからの眺めは、最高\(^o^)/

 

 

 

⑦⑧ ホームの様子です。

めっちゃそそられる曲線です(^_^;)

 

(つづく)

 

① 今日は、8月24日。

MOVIX日吉津に映画を観てきました。

夏休みですので、やはり、行列(^_^;)

しかも、この映画も座席はほぼ満席。いつも、隅っこで一人で座る事を好む私の両隣にも観客です(^_^;)

ドラマの劇場版ですが、ドラマ自体観た事がありません。

時折、人間関係の関係性に分からないシーンがあったりしましたが、大体は理解できました。

それにしても、時節柄めっちゃヒットしてるロケ地でした。鹿児島県十島村トカラ列島。

しかも、火山の爆発。

そのシーンの迫力に圧倒されました。火山列島・日本の恐怖を感じました。

その極限の中での、「命」をめぐる駆け引き。結局、目の前に命があれば全力を尽くす。

協力し合う島民の姿、島民一人一人の病気を全て頭にたたき込んでいるからこそ、正確な対応が出来る医師。

東京のようなお金のある地域とは違うけども、そこにも命の危機はある。

東京では守られても、離島では守られない、という事はあってはならない事だと思いました。

やはり、手術シーンはダメでした。結構、生々しかったので。

私、血を見るとダメなんです(^_^;)

 

 

② 智頭急行・智頭線・河野原円心駅の駅名標です。

所在地は、赤穂郡上郡町河野原289-3。

変わった駅名ですね。

 

 

 

③④ 駅舎です。

待合室がギャラリーになってました。壁がないので吹きさらしですが、憩いの場って感じでした。

 

 

⑤ 駅名の由来が分かります。

この地は、戦国大名で名高い赤松氏発祥の地なんです。

この地に城を築いたのが、赤松円心。

播磨一帯を支配していました。道路を走っていると、城跡の看板や赤松氏の家紋が見受けられました。

 

 

⑥ 「落ちない城・白旗城」

凄いですね。ここにも難攻不落の名城があったんですね。

本当は、見学に行きたいところでしたが、主要な目的から外れてしまうため断念。

 

 

⑦ 住宅地でもなく、観光バスが止まっているわけでもない、小さな駅に顔はめパネルがありました。

 

 

⑧ ホームへの登り口。

 

 

 

⑨⑩ ホームの様子です。

 

(つづく)

今日は、8月23日。

お休みです\(^o^)/

でも、猛暑でした(ToT)

最近、愛車のエアコンの効きが悪いのです。

しかも、アパートの部屋のエアコンは古いので、これも効きが悪いのです。

外に居れば良いのか、内に居れば良いのか(^_^;)

実は、スマホがまた故障です(ToT)

前回は、急に音が鳴らなくなり、バイブレーション機能も働かず、しまいには充電できなくなり、シャットダウンを繰り返すようになりました。

2ヶ月が過ぎ、同じパターンが始まったのです。

SoftBankショップ境港店に持って行って、修理に出しました。また、代替機です(^_^;)

代替機になる度に、アプリのログインを繰り返し設定しないと使い物になりません。

今日は、スマホに時間を取られてしまいました。修理から戻ってきたら、また、同じ事の繰り返しです(^_^;)

こんな故障機をつかまされて、心底悔しいです。

しかも、契約時に保守契約を結ばなければ修理代金が請求されます。前回は無料でしたが、今回は2回目なので請求される可能性大です(ToT)

だったらさぁ、「契約に当たって確認しますが、故障しまくる機種の可能性もありますので、保守契約をおすすめします」と、何故言ってくれない(^_^;)

 

 

① 智頭急行・智頭線・久崎駅の駅名標です。

所在地は、佐用郡佐用町久崎104-2。

超久しぶりに、駅名標撮影行脚の画像紹介を再開します。

5月末の話ですよ(^_^;)

9月にも行脚の計画を立て始めたので急いで紹介しなければなりません。

6月下旬の行脚の紹介も残ってますし(^_^;)

 

 

② 駅舎・・・と言うか、トイレの建物です。

高架下を有効に活用しています。

 

 

③ 佐用町の観光案内板もありますが、周辺はいたって住宅街です。

 

 

④ 高架ホームへの登り口。

 

 

 

⑤⑥ ホームからの眺めは最高でした\(^o^)/

 

 

 

⑦⑧ ホームの様子です。

 

(つづく)

今日は、8月22日。

2日もブログ投稿をサボりました。

昨日は、寝落ち。

疲れが堪っているのでしょうか。今日は、危うく、強烈な胸焼けに襲われそうになりました(事前に薬で抑えることに成功)。

明日は、お休みです\(^o^)/

 

 

① 子どもの浴衣です。お洒落な感じがしつつ、よく見ると、柄は「爆弾三勇士」と書いてありました。

生活のあらゆる場面に、戦争があります。

 

 

② これは、当時の兵士の装備品です。

戦争末期には食糧がほとんど支給されていないので、これよりも軽装備だったようです。

1日6合の米(何日間行軍するかによって重量は変わる)、毛布や簡単な薬など、そして、弾薬の塊、ヘルメットに銃をもつと、とても長い距離を歩けるような代物ではありません。

この銃は実物ではありません(実物なら銃刀法違反でつかまってしまいます)が、結構な重さでした。

 

 

③ 実際に装備体験ができます。めっちゃ重そうです。

参考書は、水木しげる氏の自伝。装備もミリタリーショップで売っていてそろえる事ができるそうです。

 

 

 

④⑤ お隣では、「はだしのゲン」紙芝居をしていました。

実は、私、読んだことがありませんでした。

てっきり、原爆投下の悲惨さから書かれている物と思い込んでいましたが、被爆前の日常がしっかりと描かれています。

ゲンのお父さんは、気骨ある人で、人前で平気で「この戦争は負ける」と言い続け、捕まって拷問も受けたようです。

町内では村八分や学校でのイジメも家族は受けますが、「父ちゃんは正しい事を言っている」と家族は耐えるんですね。

竹槍の町内会訓練の際には、「相手は機関銃だ。竹槍で勝てるわけがない」と喝破します。

初めての衝撃で、ついにマンガを購入しました。全巻買うと積ん読になりかねないので、1巻ずつ買います。

 

 

 

 

 

 

⑥~⑩ その他の展示です。

やはり、言葉よりも実物を見ることが重要だと感じました。

戦後80年、戦跡もどんどん姿を消しています。意識的に考えないと風化してしまうのです。

 

(おわり)

今日は、8月20日。

職場で仕事に勤しんでいると、夕方、雷鳴が聞こえ出しました。

昨日も夕方、同じように雷鳴が聞こえ出しましたが、結局、雨も降らずに済んだのです。

ところが、雨雲レーダーを確認すると、かなり強烈な雨雲が近づいていました。

案の定、大雨。しかし、大抵、この場合”通り雨”で終わることが多いと思います。

それが、近所中に落雷を確認。

ヤバいな、と思っていたら停電。職場周辺を含め、米子市内でかなり大規模に停電してました。

停電しているので仕事してる場合ではなく、さっさと帰りました。

ところが、我が愛車に近づいてショックを受けました。

暑いので、窓を少し開けていたのです。

車内はびしゃびしゃでした(ToT)

明日も、午後からは大気が不安定になるらしいので、車の窓はしっかりと閉めるつもりです。

 

 

① 先日、要員として参加していた「平和のための戦争展・米子」の展示を紹介します。

ここの展示は、沖縄戦跡パネルと戦時遺品の展示ブースです。

展示の資料等を提供して下さり、この日も来場者への説明に奔走していた方は、先日のNNNドキュメント’25でも放映された沖縄のガマに行って遺品や遺骨の掘り出しに尽力している方です。地元テレビ局・日本海テレビのカメラマンさんも手伝っていました。

 

 

 

 

②~④ 沖縄のガマ(洞窟)は、日本軍の兵士が隠れた場所であり、沖縄県民が逃げていた場所でもあります。

亡くなったまま放置された遺体が多数あり、身につけていた靴なども残っています。80年経っても朽ちていない遺品を展示していました。

衝撃なのは、米軍の火炎放射器(奥深い洞窟に日本兵が隠れているので、強力な火炎放射器を打ち込んでいた)によって黒焦げになっていたおにぎりや乾パンが残っており、それを展示していました。

 

 

⑤ 画像の真ん中の下の方にある小さなリュックサック状の袋は、米軍が爆薬を詰めていたもので、洞窟に投げ込んで爆発させて日本兵を駆逐していたようです。もちろん、民間人も多数犠牲になっています。

 

 

⑥ 砲弾の現物です。もちろん中身はありませんが、それでも鉄の塊なので超重かったです。

そして、分厚い鉄板で覆われたこの砲弾が炸裂すれば、破片(と言っても分厚い鉄の塊・展示していました)が突き刺さるわけで即死です。

 

 

⑦ 戦前の女性雑誌『主婦の友』。

昭和16年頃まではファッション誌のような内容ですが、それ以降は戦時体制です。昭和20年代の発行物では「働く女性」が表紙を飾ります。もはや、働ける男子は根こそぎ戦場なので、日本経済を動かしていたのは女性だったのです。

 

 

 

 

⑧~⑩ 子ども達は、英才教育です。

夏休みの宿題から絵本など、いかに立派な軍人になるのか、銃後の守りを果たすのかをたたき込まれます。

文体は、子どもでも読める(絵本です、し)優しい口調なのですが、すすんで命を捧げるように仕向けています。

ちなみに、絵本の出版社は「講談社」です。

「主婦の友」にしろ、絵本にしろ、どうやって収集したのか聞いたら、オークションで購入できる、との事。

貴重な資料が、数千円で売りに出されているのだそうです。

きっと、古い家の埃を被った箱か何かから出てきたものを売りに出しているのでしょう。

 

(つづく)

 

今日も猛烈に暑かったですね。

これから1週間続くらしい。

体力もつかなぁ(ToT)

やはり、8月は1ヶ月休みにしないとダメだな(^_^;)

 

昨日は、米子市文化ホールで開催された「平和のための戦争展」で要員として朝から夕方までおりました。

午前中は展示や「はだしのゲン」紙芝居のブースの担当者として。

午後は、映画『おかあさんの被爆ピアノ』を観ました。

タイトルは”おかあさん”なんですが主人公は孫で、ピアノの持ち主はおばあちゃん。

「ん?」という印象を持ちましたし、最初の内は淡々と話が流れるので眠りそうになりましたが、なかなか良い映画でした。

なぜ、”おかあさん”なのかがポイントです。

広島出身者は、多かれ少なかれ被爆「2世」「3世」の方はたくさんおられます。

被爆者自身が、強烈な差別に苦しみ、見えない放射線による健康被害に不安になりながら、政府から生活を保障されるわけでもなくどん底の生活を味わった方々です。

結婚できなかった人もいれば、仮に結婚できて子どもが出来ようものなら、その不安たるや自分以上だったでしょう。

別に遺伝するわけではないけど、血のつながりがあれば、万が一という事も考えるし、やはり一番怖いのは差別ですね。

被爆ピアノを修理し、調律して演奏活動を続けている矢川さんを佐野史郎さんが広島弁で好演しています。

原爆の爆風や熱線を生き延びたピアノなので、何らかの偶然がかさなって存在します。

そこにドラマがあり、ピアノが奏でる音楽が妙に哀愁を帯びていて深みがあるのです。

被爆者は間違いなくどんどん亡くなっています(被爆者健康手帳の保持者が10万人を切った)。

被爆体験を語る活動は続いていますが、いつかは、それを引き継ぐ事が必要になります。

そのためには、今を生きる若い世代や中年世代が引き継いでいかなければなりません。

そんな事を考えさせられた映画でした。