独鈷山善門院西明寺 坂東三十三観音霊場(栃木県都賀郡益子町) | まほろば御朱印紀行

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 栃木県益子町にある独鈷山善門院西明寺に参拝する、

 こちらの寺院の由緒は次の通りです(東京堂出版刊「古寺名刹大辞典」による)。
「【西明寺】
 栃木県芳賀郡益子町益子4469。独鈷山善門院と号し、西明寺観音とも呼ばれる。真言宗豊山派。坂東第二十番霊場。正暦元年(990)花山法皇の勅願により創建されたという。また天平九年(737)に行基によって開かれたともいう。
 本尊十一面観音像は聖武帝の勅命を奉じて行基が刻み、はじめ豊前(大分県)に安置された。のち行基の関東来錫のおり、当地の山頂に群れ集まる烏に導かれると、あたかも栴檀の林に入ったかのような芳香が漂ってきた。そこでこの地に堂宇を構え、先の十一面観音像を移して安置したのであるという。この寺堂を益子寺と称したが、北条時頼が当寺に立ち寄った際に、本尊の由来が唐の西明寺本尊に似ているとして、新たに伽藍を寄進造営して現山寺号に改めたのである。現在の堂宇は江戸時代の再建である。なおこの地には古くは益子氏一族があり、当寺も益子氏の西明寺城跡に再興されたとする。益子氏と西明寺の関係は深いようである。
 寺宝に本堂厨子(室町期重文)、瓶子(鎌倉期)、嘉暦三年(1328)銘梵鐘などがあり、明応元年(1492)建立の楼門、天文六年(1537)建立の三重塔は重文。『笑いの閻魔』像はよく知られる。
 御詠歌は、
 西明寺誓いをここにたずぬれば
  ついのすみかは西とこそきけ」

 入口。
 山門。
 三重塔
 三重塔の由緒は次の通り。
「天文十二年(1543年)に西明寺城主益子家宗が建立したものと伝えられています。初層は和様、二層は折衷様、三層は唐様の三様式による三間三層造りです。
 頂部の水煙は独特の形をしており、関東以北で最も古 い塔のひとつです。」

 鐘楼堂
 閻魔堂
 閻魔堂の由緒は次の通り。
「正徳四年(1714年)に建立し、寛保三年(1743年)に再建したものです。寄棟造りかや葺きで簡素な建造物です。堂内には五体の仏像が並んでおり、その面相は、それぞれの仏の様相をよく表しています。」

 大師堂。
 本堂。
 十一面観世音菩薩が祀られる。坂東三十三観音霊場の札所にあたる。

 御朱印は、授与所にて頂きました。御朱印代は500円。
 御御影を頂きました。一体100円のお布施になります。



寺院名:独鈷山 善門院 西明寺
所在地:栃木県芳賀郡益子町益子4469番地
宗 派:真言宗豊山派
本 尊:十一面観世音菩薩
通 称:益子観音
札所等:坂東三十三観音霊場 二十番札所
    下野七福神 布袋尊
御詠歌:西明寺 誓いをここに たずぬれば ついのすみかは 西とこそきけ