ども!


ステイホームな毎日、続いてますね。なんにもやらずにのんびりすごすことができないオレは、このタイミングでYouTubeをはじめました。これまでInstagramでやってきたロマンチックゴルフYouTube版です。


ということで、新米YouTubeの最初の目標は


チャンネル登録100人!


あともうちょいです。よかったら、第1回から見てみてください。ゴルフの話と恋の話をまとめてロマンチックに話してますので。


そして、よかったら!


チャンネル登録もヨロシクお願いします♬


そしてそして!


これを機に、まだゴルフをやったことのないひとにも、ゴルフをはじめてもらえたら嬉しいです♪


https://youtu.be/Nl4MTmBfwFM








32日。午後12時。陣痛促進剤により、妻の痛みはさらに強くなっていた。


朝の診察から4時間半。そろそろ子宮口が開いているかもしれない。オレたちはそんな期待を抱いていた。するとそこへ先生が来て、オレたちにこう言った。


「国分さん、子宮口6センチだね、まだ」

「ええ!?まだ6センチぃ!?」


普段は礼儀正しい我が妻の頭から、敬語という一般常識が消えはじめたのはこの頃だった。


前にこんな話を聞いたことがある。妊婦さんがあまりの痛みにこんなことを言ったというエピソードだ。


「痛い痛い痛い!ねえ!先生!先生っ!!これなんかまちがってるってぇー!!」


おもしろエピソードとして聞いたので、そのときは思わず笑ってしまったのだが、妻がまさに同じ状況となり、痛みと戦う姿を間近で見て、オレは男だから一生その立場にはなれないんだけれど、その妊婦さんの気持ちが少しはわかる気がしていた。それくらい、出産のときの痛みというのは、尋常ではない痛みだということが。


みかねたオレは先生に言った。


「先生、子宮口全開まではあとどれくらいかかりますか?」


「うまくいって1センチ1時間だから、4時間!」


すると妻は間髪入れずに綺麗なタメ語でこういった。


「無理無理無理ぃーーーっ!!」


波に乗っている若手芸人のようなそのツッコミに、先生も助産師さんも思わず笑みがこぼれそうになったように見えた。が、そこはさすが百戦錬磨のみなさんだ。グッと堪えたのだ。妻が痛みに堪えているように、みなさんもグッと。


そして先生はそんな妻にこう声をかけた。


「でも下から産みたい(帝王切開じゃなく)でしょ?」


「いいいいいい!もう!切ってぇーー!!」



もう限界だった。これは決して笑い話なんかじゃなく、10ヶ月間赤ちゃんとともにがんばってきた妻の、心の叫びだった。


先生は悩んだ末、こう言った。


「わかりました。そしたら陣痛促進剤やめて、点滴にしよう。痛みも弱くなるから。帝王切開の準備しよう」


いたしかたない選択だった。オレも、ここまでがんばってきた妻の意見を尊重したいと思った。


「旦那さんも一回休憩しましょう!」


オレは一度病室を出た。すると先生がオレのところに来てこう言ったのだ。


「あと30分だけチャンスをください。帝王切開したお母さんのなかにはね、あのときがんばって普通分娩で産んであげればよかったって、後悔するひともいるんです。だから、最後にチャンスをください」


先生はまだ普通分娩で産むことをあきらめていなかったのだ。そのまっすぐな言葉に、オレはお願いしますと言った。



そして、その5分後だった。病室から妻の悲鳴が聞こえてきたのは。破水したのだ。のちに聞いた話だと、先生が意図的に破水させたようだった。そして病室から出てきた先生はオレに言った。


「子宮口!全開です!」



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それからほどなくして、妻は分娩台に上がっていた。その顔は、とても頼もしいものだった。痛みはピークを超えているにちがいなかった。でも、彼女の顔はさっきまでとはちょっとちがって見えた。それは、産んでやる!という覚悟に満ちた、母の顔だった。



そして、分娩台に上がって1時間後の3月2日 1412分。



「おぎゃ、おぎゃー!おぎゃ、おぎゃー!」


我が家に3110ぐラムの赤ちゃんが誕生した。

オレは泣いた。よくがんばったな!ありがとう!妻の頭をぐちゃぐちゃに撫で回しながら、オレは何度もそう言った。もちろん誰よりも大号泣で。


「お父さん!手さわってみて!」


先生にそう言われたオレは、我が子の手を人差し指でさわった。その指を、我が子が全力で握り返してくれた瞬間、オレはさらに大号泣をした。たぶんだけど、我が子よりも。そして妻は、なりふり構わず泣きじゃくるオレを見て、フッと優しい顔で笑った。



10ヶ月お疲れ様!」


先生のステキなこの言葉で、オレたちの幸せな戦は無事終わった。




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202041日。


世界は今まさに、コロナウィルスで大変なことになっている。できればこれはエイプリールフールのウソでしたと、これまでのことはすべてフィクションでしたと、神様に言ってほしいと思うくらい、世界は今、本当に辛い状況下に置かれている。


そんななか、我が家に幸せを運んできてくれた妻と、そして息子と、オレはもうしばらく逢えていない。そんな日々が続いている。

 

こどもの変化を毎日楽しみながら子育てをしたいというこのときに、ふたりは東京にいない。まずはこどもの安全を考えて、どうしていくことが最善の方法なのか、そこをじっくり考えていかなくてはならないからだ。


正直、ふたりに逢えないことが、こんなにも辛いとは思いもしなかった。こどもの世話をしたくても、世話をすることもできやしない。逢おうと思えば逢える距離にいるのに、もしものことを思うと、なかなかそうもいかなかったりもする。胸が張り裂けそうになることもある。それはきっと、妻も同じだろう。


そんなときに送られてくる、妻と子のなんてことのない動画。この動画が、今のオレの生きる原動力だ。


「このふたりの幸せは、オレが守ってやるぜ!」


と、そんなふうにカッコつけるひまもなく


「か、か、かわいい!ねえ、寝てるときの動画ないの?沐浴のは?今日の夜、テレビ電話プリーズぅーー!!」


そんな感じで、オレは今を前向きに生きている。



そして、今日。


オレは母と一緒に父の墓参りに行ってきた。父がお空の星となって丸3年。長いようであっという間の3年。ダジャレや冗談が好きだった父。そんな父に、オレはこんなエイプリールフールの嘘をついてやった。


「こどもが産まれたよ。アナタの血をひく、"世界で一番ブサイクなこども"がさ♬」


って。



世界が落ち着いたら、必ず連れてくるからさ。アナタのかわいいかわいい孫をね。



おしまい。







時は202032日。


世間が令和トイレットペーパー戦争の真っただ中のちょうどその頃、我が家ではデマからはじまる戦争ではなく、人生をかけた戦(いくさ)が、今まさにはじまろうとしていた。


そう、幸せの戦が。



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「いたたたたたたぁーー!!!」


まるで北斗の拳のケンシロウのような雄叫びが我が家に鳴り響いたのは、31日午後7時のことだった。


「大丈夫?」


苦しむ声の主の元に駆け寄り、オレはそう声をかけた。すると、あろうことかこの令和にはとても馴染みのない、こんな答えが返ってきたのだ。


しゅ出陣かもぉ!」


声の主は、ケンシロウでもタイムスリップしてきた令和版の草食系男子の織田信長でもない。そう!


わが妻なのだ!


「なぬ!誠か!えーい皆の者!兵をまとめ戦の準備じゃー!!」


そんな気の利いた戦国返しのセリフが出るわけもなく、オレは急いで令和版騎馬隊を呼んだ。


「すいません!タクシーお願いします!」



そう!察しの良い其方ならお気づきであろう!出陣とは!陣痛がきた妊婦が産婦人科に行くということ!つまり!戦とは!


出産なのじゃー!!



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31日午後7時半。


「もしもし、オレ」

「あ、産まれた?」


電話口でサラッとそんなことを言うこのひとは、オレの母 栄さんだ。


「いや、今陣痛きて病院来たとこ」

「そうなのね」

「なんかお腹の子の向きが横向きでさ、うまく骨盤にはまってないからけっこう大変になるかもだ」

「あら。まあでもね、出産て色々あるから」

「え、ま、まーね」

「あんたが心配してたら余計不安になっちゃうわよ」

「え、ま、そーね」

「大丈夫よ!ちゃんと産まれてきてくれる!だからしっかりね、お父さん!」


ガチャ、プープープー。


さすがは、勝ち戦を2度も経験してるだけのことはある。鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギスといったのは、ひょっとするとこのひとなのかもしれないと思わせるくらいだ。これぞ母親の強さってやつなんだろう。ん?ていうか、今オレのことお父さんって言ったな


そうか、オレ、もうすぐお父さんだ。



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時をさかのぼること、4ケ月。


オレはぷれパパママ学級という、これからパパママになるひとたちが集まる講習会に来ていた。見渡す限り、妊婦さん妊婦さん妊婦さん。そんななかで、オレたちぷれパパを対象に、沐浴と呼ばれるお風呂の練習やおむつ交換の練習、さらには、10キロの重さを前側に担いだ妊婦体験までやってくれる。それがこのぷれパパママ学級だった。


4時間。気づけば、あっという間にベテラン助産師さんによるお話の時間になっていた。これまできっと何百何千何万という赤ちゃんを見てきただろうその助産師さんは、最後にこんなことを言った。


「これから父親になるみなさんにわたしからお願いがあります。妊婦である奥さんは、お腹に赤ちゃんという命を宿した瞬間から母親になります。でも、みなさんは同じタイミングで父親にはなれません。だから、わたしからの1つ目のお願いは、赤ちゃんのお世話をしてくださいということです。みなさんは、世話をしてはじめて父親になれるんです。」


やばい!なんて素晴らしいことを言ってるんだ!オレは助産師さんのお話を聞きながら、そんなことを思っていた。


「そして、もうひとつのお願いです。妊婦さんとなった奥さんは、とても不安な気持ちになります。だからどうぞ、毎日奥さんを笑顔にしてあげてください。それは、あなたたちにしかできないことだから。わたしからは、以上です。ありがとうございました。」


その立ち去り方は、まるでベテランの漫才師の「もういいよ!どうもありゃした」のありゃしたを言いながら立ち去るそれのようで、場内は自然と大きな拍手に包まれた。あともうちょいで、カーテンコールになりそうな勢いだった。それくらい、素晴らしいお話だった。


「オレが父親。オレにしかできないことか」



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母との電話を切ったあと、オレはひとりそんなことを思い出していた。


その後、妻は夜通し陣痛とたたかい、オレはなにかできるわけでもなく、ただ側にいるだけだった。そうやって、ふたりともほぼ寝ることなく、長い夜が明けようとしていた。



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コンコン。


病室にノックの音が鳴り響いたのは、32日の午前7時半のことだった。


「国分さん、どう?」


主治医の先生だ。


めちゃくちゃ痛いです!」

「そしたらエコー見てみよう」


診察室へ行くとエコーの映像が画面に映し出されていた。


「赤ちゃんがね、まだ横向きで骨盤にはまってないのね。だからこんなに痛いんだよね」


静かに話す先生に、妻は痛みに耐えながら言った。


「これって陣痛の痛みじゃないんですか?」


「陣痛っていえば陣痛なんだけどね。でも、このあとくる陣痛の痛みはこんなもんじゃないよ」



ただでさえ痛いのが苦手な妻は、絶句した。


「それからね、子宮口が今3センチくらいしか開いてないんだよね。これが10センチになって全開になると産まれてくれるんだけど、まだまだ時間かかりそうだね」


「ええ!?まだかかるんですかぁ!?」


「よし、そしたら陣痛促進剤いってみよー!」


まるでドリフのいかりや先輩の次いってみよー!ばりの先生の掛け声が、朝の産婦人科に響いた。

 

妊婦というのは病人ではないから、産婦人科のみなさんは、妻がどんなに痛がろうが基本かまっちゃくれない。こうなると、旦那の立ち位置は難しい。産婦人科サイドのドリフサイドで「よーし!子宮口全開までいってみよー!」なんて口が滑っても言えやしない。かと言って、「先生!妻が妻がこんなに痛がってるんですぅ!なんとかしてやってくださいっ!」とも言えるわけもない。できることは、そばにいること。とは言え、なんか一言くらい勇気が出る言葉をかけてやりたい。オレは考えた。これまでの妊娠期間の10カ月、たくさんがんばってきたのに、ここでまた「がんばれ!」は傷口に岩塩だ。でも気持ちはやっぱりがんばれ!それっきゃない。ことばにできない想いを込め、オレは妻の手をさらに強く握った。


「一緒にがんばろう」と。



つづく。