【母親やめたい】朝の登校しぶりの光景から | 自分で癒やすこと 〜モドルミチ〜

自分で癒やすこと 〜モドルミチ〜

本来の自分にもどるため
心の奥底に光を当てるため
感性を取り戻すため
今ここで日々を生きるため
人とつながるため
自分で癒やしていく。
生きづらさ、苦しみ、不安、焦燥感、罪悪感と一緒に。

母親やめたいと
検索するお母さんの中でも

第3のケース、「こっち側」の
ママやめ検索ママ
に向けて
発信しています。

 第1のケース
 :リフレッシュ、休息が必要なケース

 第2のケース
 :ただちに医療が必要なケース

 第3のケース
 :1で解決できず
2·4の緊急性もない、こっち側


 第4のケース
 :福祉/支援が必要なケース


です。

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは付けまつげ

 

 

お母さんをやめたい。

その思いはどこから来るのか。

 

 

いつもその答えを探しています。

 

 

やめるつもりなんてないのに

なぜ「やめたい」ってなるのか。

やめられないからこそ

「やめたい」ってなるのか。

 

 

やめられない

逃れられない

 

 

そういう縛られている感が

あるからなのかなぁ。

 

 

先日、

知り合いの小学生の子が

登校前に、泣いていました。

お母さんに泣きついて。

 

 

シクシク

メソメソ

グスングスン

 

 

お母さん、その場で

休ませる判断をして

連れて帰りました。

 

 

どういう思いがあったかは

分からないですが

私の目には

「あっさり」に映りました。

 

 

コーヒーコーヒーコーヒー

 

 

私だったら

まず「学校に行ってほしい」

出てくるなって思いました。

 

 

なんとか行ってもらうために

諭したり、なだめたり、

なんだかんだ

しばらく

働きかけるのだと思います。

 

 

もし、それでも行けなかったら

家に一緒に戻ってきてから

「イライラ」がこみあげてきてしまうでしょう。

 

 

予定調和が崩れたからなのか

「普通」と外れた行動だからなのか

恥ずかしい・ダメだという思いからなのか

 

 

なんでふつーに行ってくれないの!?

行ってくれさえすれば

予定通りだったのに。

お昼ご飯の支度も要らなかったのに。

病気でもないのに。

学校への連絡もしなくていいのに。

 

 

朝も、どうにかこうにか

支度をさせて

朝ごはんを食べさせて

なんとかランドセルを背負わせて

出てきたのに。

苦労も水の泡だ。

行ってしまえば、

気持ちは落ち着くはずなのに。

 

 

甘やかしてしまったのか。

それとも叱りすぎてしまったのか。

私の行動は正解だったのか。

間違いだったのか。

 

 

そんなふうに

「イヤな気持ち」

いっぱいになるだろうと思いました。

 

 

仕事があれば

強引に連れていったかもしれません。

 

 

そして後ろ髪引かれながら

電車に乗っていたかもしれません。

 

 

コーヒーコーヒーコーヒー

 

 

なぜ、学校や園に行ってほしいのか。

 

 

私の場合は

とにかく自由になりたい。

それが大きいです。

 

 

解放されたいんです。

 

 

なにから??

 

 

責任、から、でしょうか。

 

 

子どもと一緒にいる私は

「子どものお母さん」で。

お母さんは子どものためになることを

第一優先に動かなければならない

 

 

自分の好きな事をしていたら

罪悪感を抱く。

 

 

自分の好きなものを

食べていたら

罪悪感を抱く。

 

 

子どもが泣いているのに

振り切って仕事に行ったら

罪悪感を抱く。

 

 

自分の好きなタイミングで

自分の都合を優先して

振舞うことは

子どもにとってはマイナスだ。

 

 

子どもはママに遊んでほしい。

子どもはママに見ていてほしい。

子どもは自分を一番に考えてほしい。

 

 

そうに決まっている。

 

 

だから、

子どもと一緒の時間では

それらを子どもに与えなきゃならない

 

 

遊んであげて

美味しいご飯を作ってあげて

体験をさせてあげて

満たしてあげて

成長を促さないといけない

 

 

だって私はお母さんなんだから。

お母さんってそういうものなんだから。

 

 

みんな

自然に自分を後回しにして

子どものことを優先してる。

むしろ幸せそうに。

そう見える。



滝川クリステルさんだって

片道2時間かけて

自然いっぱいのお散歩させてあげてる。

ほらね、みんなそうなんだよ。

みんな子どもにとっていいことが

自分の幸せなんだよ。

  


それができないお母さんなんて

私みたいな母親なんて

ただの身勝手で自己中な

大人になりきれてないダメ人間だ!!

 

 

私はダメな母親だ!!

 

 

はい、ここまで。

カンカンカーンカチンコ

 

 

すごくないですか?

 

 

私が

子どもに学校に行ってほしい

理由は。

 

 

自分がダメ母だと

思い知らされて困ってしまうから。

 

 

でした。

 

 

もし子どもが聞かされたら

きょとん??となるでしょうね。

 

 

コーヒーコーヒーコーヒー

 

 

解放されたい。

自由になりたい。

自分の都合を優先したい。

 

 

だから

 

 

ちょっと調子が整わないくらいで

休まないでほしい。

行ったら馴染めるのは

分かっているのだから

頑張って行ってきてほしい。

 

 

それだけだと

まぁ、身勝手に響きますよね。

 

 

ただ

「身勝手」

「ワガママ」

って、ジャッジなんですよ。

評価や決めつけです。

 

 

そして

ジャッジって主観

なんですよ。

 

 

人によって

見方が変わり得るもの、

事実とは限らないもの

ってことです。

 

 

ネットの中で

こんな私って身勝手ですか?

と確認しても

答えは見つからないのです。

 

 

でもね。

解放されたい理由。

一緒にいるとどうなってしまうのか。

まで掘り下げて聞ききったとき。

 

 

他人のカミングアウトだったら

どう思うでしょうか。

 

 

なにもそこまで。

そこまで思い詰めなくても。

子どもが休んでようが

好きなことしてればいいじゃん。

二人でカップ麺すすればいいじゃん。

仕事なんだからしょうがないじゃん。

社会人として誠実じゃん。

罪悪感抱かなくていいよ。

子どもは休めばまた元気になるよ。

 

 

頼むから

罪悪感から解放されて

力を抜いて子どもと過ごしてください。

他の何かも頼ってください。

学校や園、どうにか行けたならそれはそれ。

お母さんも子どもも

どうかリラックスできますように。

 

 

「身勝手」「ワガママ」「自己中」などの

ジャッジからは

遠ざかりませんか?

 

 

「祈り」に変化しませんか?

 

 

まずは、自分の中で

自分に向けられている

ジャッジに気が付くところから。

 

 

そのジャッジ

本当にそんなに厳しく突きつけないとならないの?

ジャッジを向けたところで

なにか良くなるの?

いいこと起きるの?

 

 

気づいて、疑問を持てると

変わってくるかもしれないですよね。



誰かにジャッジされたり

自分を裁くことで

良くなること、まずないですから。

 

 

少なくとも私は今、

自分の「身勝手」の奥にあるもの

光を当てたことにより

 

 

自らへのジャッジが

祈りに変化しました。

 

 

罪悪感を手放せるといいね。

手放していこうね。

 

 

優しい言葉を

自分にかけてあげられること。

 

 

その効果は絶大。


 

プレゼントプレゼントプレゼント

 

 

 

 

アンケートのお願いです。

 

 

ママをやめたい

お母さんをやめたい

子育てに向いてない

母親失格

 

 

ママをやめたかった

お母さんをやめたかった

子育て向いてないと思ってた

母親失格だと思ってた

 

 

 

 

そんな思いを

アンケートで教えてくれませんか?

 

 

現在進行形でも

過去形でも

 

 

そう思っていたのは

一人だけじゃなかったのだ

ということを

 

 

もっと多くのお母さんに

届けたい。

 

 

あなたの声が、

他のお母さんの助けになります。

 

 

所要時間は5分です。

氏名・アドレス不要です。

 

アンケートはこちらから

回答後特典あり

 

 


 


お問合せフォームをご用意しました。

お気軽にメッセージをくださいむらさき音符

 

 


 

専門書になりますが、めちゃめちゃ良かったです。これ何度でも読みます。