【記憶】ツラいときほど、一人で気持ちを奮い立たせてきた | 自分で癒やすこと 〜モドルミチ〜

自分で癒やすこと 〜モドルミチ〜

本来の自分にもどるため
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人とつながるため
自分で癒やしていく。
生きづらさ、苦しみ、不安、焦燥感、罪悪感と一緒に。




こんにちは

さとみです付けまつげむらさき音符

 

 

9月は夫の休日出勤が増え

身構えるほど苦手な

「息子2人と私だけ」の土日でした。

 

 

なんでこんなに

近づくだけで憂うつなのか。

 

 

それは長男が生まれてから

この8年間、

夫不在の休日で

失敗体験を積み重ねているって

ことなんですよね。

 

 

ワンオペうまくいかなかった。

 

 

そんな日が多かったのでしょうね。

 

 

この2日間

フォローしているブログで

「トラウマ」に関する記事が

多かったので。

 

 

なんとなく、思いました。

小さなことだって、

些細なことだって、

トラウマなんだなぁ。

 

 

すると私って

とんでもない総量の

トラウマ抱えて

生きているのかもしれない。

 

 

人が聞いたら笑うようなことでもおすましスワン

 

 

パフェ今日はこんなお話パフェ
◇小学生期の異常なプレッシャー
◇強烈な不安感、どこから来た?
◇自分を愛することをコツコツと
 

小学生期の異常なプレッシャー

最近

些細な記憶

たくさん思い出します。

 

 

私は小さいときから

よく鼻血を出していました。

小学校で鼻血が出てしまうかもしれない不安。

もし出てしまったら

絶対に友達に知られたくない!

からかわれたくない!

 

 

前回、このハンカチを

持って行ったときだった。

だからこのハンカチはやめておこう。

 

 

もし、もし

出てしまったら。

高速で教室から出て

あのトイレに駆け込んで。

 

 

そんなシミュレーション

よくしていました。

 

 

恐ろしく具合が悪いときほど

とてつもなく困っているときほど

どうしたらいいのか分からないときほど

私は助けを求める選択肢

持っていませんでした。

 

 

恥ずかしい。

こんなことで困っているなんて

バレたくない。

どうにかしなきゃ。

どうにかできる。

どうにかしよう。

するしかない。

 

 

動揺していることを

血が出ていることを

失敗してしまったことを

とにかく人に知られたくないんです。

 

 

忘れてはいけないものを

忘れたときも

こっそり通学路をショートカットして

全速力で走って

取りに帰ったり。

 

 

こっそり家に電話して

どうにか先生や友達にバレないように

届けてもらうことを考えたり。

 

 

体裁を取り繕うこと

に必死でした。

 

 

自転車で転んだときも

痛みを感じることより

「大丈夫、大丈夫、

早く起き上がって

普通に立ち去らなきゃ」

と自分に言い聞かせていました。

 

 

そんな小学生でした。

 

 

その、

人知れず緊迫した

一瞬一瞬が

トラウマを作るんでしょうね。


 

 

ものすごく怖かったんです。

 

 

咎められることも

笑われることも

怪訝な目で見られることも

 

 

もしそんなことになったら

耐えられないと感じていたんです。

恥ずかしくて

どんな顔をしていいか分からなくて

その場で泣きつぶれてしまう。

 

 

結果、周囲をさらに混乱させて

何日もからかわれるかもしれない。

いじめられるかもしれない。

 

 

いじめられたら

嫌われたら

学校に行けない。

 

 

学校に行けないなんて

この世界では許されない。

 

 

だからちゃんとしてないと。

人の注目を浴びるようなことは

避けないと。

 

 

いつもそんなプレッシャーを

感じていた小学生期でした。

 

 


強烈な不安感、どこから来た?

きっと心理学的に

当時の私の状況を分析したら

ある程度、説明できるのだと

思います。

 

 

私にはまだ

その答えを説明づけるだけの

知識がないのですが

 

 

「ちょっと普通じゃない不安感」

があることは明らかです。

 

 

その不安感、

どこから来たの?

と考えると。

 

 

①生まれつきの敏感な気質

②環境

 

 

の掛け合わせで

ここまで膨れ上がったという

ことになりそうですよね。

 

 

もともと

圧に弱い

おせんべいでいったら

ミルクせんべい並みの

薄さだった私。

 

 

すぐパリンて割れるのは

仕方ないのに。

 

 

私のことを

一般的なおせんべい、

ガリって噛まなきゃ割れないせんべいだと

信じている大人たちの下

割れづらい子供たちに交じって

一般的な環境で育ちました。

 

 

実際、学校に入る前から

何度も割れてきた。

 

 

でも

「割れるな!」

「そんなことで割れるのはおかしいだろう!」

と言われていると

感じ続けてきたんですよね。

 

 

せんべい界において

自分がミルクせんべいであることも

ミルクせんべいの

位置づけや特徴も知らない私は

 

 

「自分はおかしいんだ」

「これくらいで割れると、せんべい失格なんだ」

そう信じました。

 

 

そして「私は出来損ないだから」

欠陥を隠して

割れるところは見られてはならない。



人の目の前で割れてしまったら、もう受け入れてもらえない。

 

 

絶対割れないように

細心の注意を払って

割れないことだけに意識を向けて

頑張るしかない。

 

 

そう強く強く

自分を戒めていた

小学生だったのだと思います。

 

 

ミルクせんべいは

薄くて柔らかくて

おいしいよね。

他のおせんべいにはない

魅力があるよね。

 

 

そうやって

伝え続けてくれる大人が

一人いてほしかったな照れ

 

 

ってことで

そうしてくれなかった

母親に今、

恨みの矛先が向いているんですよねもやもや

 

 

我が家には我が家の

母親には母親の事情があって

そうしてあげられなかったことは

仕方のないこと

責められたところで最終、

母が悪いわけではないのですが。

 

 

そういう一連の流れに

気がつく前は

私はなんでも

目の前の他人のせいにし

そうする自分を責めてきたので。

 

 

他人ではなく

自分ではなく

親を責めることは。

本質には向かっているのです。

前進はしているのです付けまつげ

 

 

抜けるまで

もう少しかかりそうだよ、お母さん。

悪いねぇ

 

 


自分を愛することをコツコツと

メカニズムは

感覚的に知った。

ようするに、そういうことなんだよね。

 

 

上手くいかないのって

全部同じところなんだよね。

 

 

ミルクせんべいである自分を

せんべいとして認めてあげていない。

 

 

ミルクせんべいらしさを

愛せずに

一般的な厚みのせんべいの

かっこよさばっかり見ている。

 

 

確かに大人に与えられなかったことは

私のせいではない。

でも、いつまでも親に求めても

決して手に入れられるものでもない。

 

 

つまりどうすればいいのかと言えば

これからの私が

「ミルクせんべい」の良さを

ひとつひとつ見つけて

心からそれを素晴らしいと思い

薄さも味わいも

本気で愛していくこと。

 

 

それに尽きる。

 

 

コツコツと。

 

 

続けていく。

 

 

どれくらいの時間を

かければ

「疑いなく本気で愛せている状態」

になるのかは分かりません。

 

 

でも

少なくとも

昨日より今日。

 

 

私は私を好きでいる。

 

 

それを続けていこう。

 

 

 

それと同時に

習慣も

行動も

口癖も

客観的に見られるように

なってきました。

 

 

「あぁ、ここにトラウマがあるのか」

「あぁ、こう言うしかないのは、そういうことか」

 

 

気づけば

変えられることもある。

結果が変わっていなくても

過程は一つ変わっている。

 

 

それくらい

小さなステップでもいい。

 

 

ただ、コツコツと

続けていく。

 

 

その先に

本当に欲しい未来があるって

確信を持ったからおすましスワン

 


 


秋らしく?

やや切なさが香りましたが星

どこか共通する子供時代を過ごした

繊細さんに届いたらいいなと思います。

 

 

お読みいただき

ありがとうございましたピンク音符


 

*ネガティブな落ち込みママだった私*

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