呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 古典解説文の要約 現代語訳 最終校正 328 | 心の経営コンサルタント(中小企業診断士) 日本の心(古典)研究者 白倉信司

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皇紀2680年、令和2年3月4日から、高島易斷の古典解説文を要約しながら現代語訳(意訳)して参ります。

呑象高島嘉右衛門著 増補 高島易斷 古典解説文の要約

最終校正

56.火山旅

□卦辞(彖辞)
旅、小亨。旅貞吉。
○旅は小しく亨る。旅は貞にして吉。
 旅は上卦離・下卦艮、離は日・艮は山。山の上に火がある形。火が山を焼く(山頂で山火事が発生した)姿である。
 火が山を焼いても(山頂で火事が発生しても)、山はどっしりと構えて動かない。旅人が出たり入ったりしても動かない旅館と同じである。山火事が発生すると火は一カ所に止まらずに移動する。旅人が観光地を移動するのと同じである。
 艮は止まると云う性質がある。離は明らかと云う性質がある。旅人は日が暮れると旅館に到着し、日が昇ると旅館から出て行く。以上のことから、この卦を旅と名付けたのである。
 旅は我が家を離れて他所へ行くことである。この卦を人間社会に当て嵌めると、下卦艮の自分は篤実に人に接しても、上卦離の相手は明智の知恵で対応して情実では応えてくれない。情のある人間関係が成立しない時である。
 旅人は各地から各地へと移動するので、物品を交易することができる。その意味で旅の意義は大きいのである。
 その一方で旅人の立場に立てば、自分の家を離れて、時には自分の国を離れ、東西南北・四方八方と移動する。山や川を次々と越え、風雨や台風の中を移動して、色々な人に世話になり、色々な旅館に世話になる。だから、大きな事を成し遂げることは難しい。それゆえ「旅は小しく亨る」と言うのである。

□彖伝
彖曰、旅小亨。柔得中乎外、而順乎剛、止而麗乎明。是以小亨。旅貞吉也。旅之時義大矣哉。
○彖に曰く、旅は小しく亨(とお)る。柔、中を外に得て、剛に順ひ、止まりて明に麗(つ)く。是(ここ)を以て小しく亨(とお)る。旅は貞にして吉也。旅の時義大いなる哉(かな)。
 一般的には陽爻が陰爻に勝るが、この卦はそうではない。六二と六五は柔順であるから吉運を招き寄せるし、九三は剛毅であるから凶運を招き寄せるのである。
 六五は柔順にして中庸の徳を具えているので、上九と九四の陽爻に柔順に従う。旅は他国を旅する時なので、剛毅な人物は受け容れられない。柔順な人物は自己主張をしないので、他国の人々と仲良くすることができる。だから、自国を離れて他国を旅しても他国の人々とうまくやっていくことができる。以上を「柔、中を外に得て、剛に順ひ」と言うのである。
 「柔、中を外に得て、剛に順ひ」の「外」とは外卦のことである。この卦の全体の形を見れば、止まると云う性質の艮の上に明るいと云う性質の離が乗っている。他国に旅行をしている時は、その国のルールに従い、その国の人々の考え方を尊重して、その国の人々に色々と教えてもらうのと同じ形である。以上のようなあり方を「止まりて明に麗く」と言うのである。
 旅行は外国の人が我が国を旅行することも、我が国の人が外国を旅行することも、旅行する人にとっては、自国を離れて他国に行くのである。旅館やホテルで出逢う人々もみな他国の人々である。他国に親戚の人や友達はまずいないので、一人ぼっちで孤独である。その意味では旅行は楽しいだけでなく、苦しいこともある。
 昔は今と違って観光旅行などほとんどなく、必要に迫られて旅したのである。他国のルールに正しく従い、良い行いをして、他国の人々から好かれなければ、色々と障害が発生して、苦労や災難を招き寄せたのである。
 旅の時は、できることは限られているが、旅人の行動が正しければ、得られることの恩恵は多い。それゆえ「是を以て小しく亨(とお)る。旅は貞にして吉也」と言うのである。論語に「言(げん)忠信、行(おこない)篤(とつ)敬(けい)なれば、蛮(ばん)貊(ぱく)の邦(くに)と雖(いえど)も行なわれん」とある。旅人としての理想のあり方を示したものである。
 物事は一つひとつが微妙に異なっており、全く同じと云うことはない。国の数だけ色々な決まり事や習慣がある。お互いにその点をよく考慮して相手の国のことを尊重すべきである。外国と交易する時も同じことである。仕事で外国を訪れる時には、外国の人との人間関係を大切にしなければならないのである。
 男子たるもの世界中を駆け回ることが多く、外国に行き、外国の人々と接することで大きな成功を収めることもできる。どんな国を訪れても、その国の決め事や習慣を尊重して正しく振る舞うことが求められる。外国を訪れることも、人生も、みな旅である。旅をする人は以上のことをよく学んでから旅するべきである。このことを「旅の時義大いなる哉(かな)」と言うのである。

□大象伝
象曰、山上有火旅。君子以明愼用刑、而不留獄。
○象に曰く、山の上に火有るは旅(りよ)なり。君子以て明らかに愼(つつし)みて刑を用ひ、而(しか)して獄(ごく)を留(とど)めず。
 「山の上に火有る」は、山火賁の「山の下に火有る」と対になっている文章。艮は山、離は火。火が山頂で燃えている形である。
 火は山頂の一カ所に止まっておらず、どんどん移動していく。山頂で火が燃えても山は不動である。火は止まることなく移動し続ける。旅人が毎日移動して宿を変えていくのに似ている。
 また、山の上(山頂)で火が燃えているのは、旅人がランチやディナーをゆったりと食べながら、旅館やホテルから遠くを眺めているイメージである。それゆえ、この卦を旅と名付けたのである。
 この卦には上卦離の文明の意味と互体(三四五)兌の武人の意味がある。離には軍人の意味もあるから、懲罰を執行すると解釈することもできる。下卦艮には止まる意味があり、牢獄の形をしている。旅と牢獄は長く居る地(場所)ではない。
 君子は以上の形を見て、明智で刑罰を執行して、火が一カ所に長居しないように罪人を処する。牢獄は必要に迫られて設ける所である。罪を犯せば牢獄に入るが、長居する所ではない。
 下卦艮を逆さにすると震となり、潜在的に揺れ動くことから「愼みて刑を用ひ」と戒めている。艮には止まる性質があるので、牢獄に長居することを戒めて「獄を留めず」と言うのである。
 上卦離は夏、下卦艮は冬なので、夏から後、冬より前の秋(三四五の互体兌)に刑罰を執行する形にもなっている。

□爻辞(象辞)と象伝(小象伝)
初六。旅瑣瑣。斯其所取災。
象曰、旅瑣瑣、志窮災也。
○初六。旅(りよ)にして瑣(さ)瑣(さ)たり。斯(こ)れ其(そ)の災(わざわい)を取る所なり。
○象に曰く、旅にして瑣(さ)瑣(さ)たりとは、志窮(きわ)まるの災(わざわい)也。
 「旅にして瑣(さ)瑣(さ)たり」の「瑣(さ)瑣(さ)」とは、細小の形容であり、卑劣と云う意味である。初六は最下に居て、卑賤な身分で陰柔ゆえ才能不足である。また、思い切りがなく不正なので、社会的にも人間的にも最低の人物である。
 陰気で柔弱なので、器量が無く、小心者である。地位が低いので社会を怨(うら)み僻(ひが)んでいる。以上のことから誰も相手にしてくれない。このように柔弱な人物が旅をすれば、ちょっとした困難にも対応できずに、どうでもよいことで争うことになる。
 このような人物だから、誰にも相手にされない。それゆえ「旅にして瑣(さ)瑣(さ)たり。斯(こ)れ其(そ)の災(わざわい)を取る所なり」と言うのである。
 大体において、人が旅する時には、旅する土地や国のルールを尊重して柔順に従うことが肝要である。
 それなのに、誰からも信用されずに孤立している初六は、自分の立場を弁えないで自分の利益だけを追求するので、周りの人から軽蔑されて自ら災難を招き寄せる。それゆえ「其(そ)の災(わざわい)を取る所なり」と言うのである。
 象伝に「志窮(きわ)まるの災(わざわい)也」とは、旅人として行き詰まって心に余裕がなくなり、常識的な判断すらできなくなるのである。

六二。旅即次。懐其資。得童僕貞。
象曰、得童僕貞、終無尤也。
○六二。旅(りよ)にして次(やどり)に即(つ)く。其(その)資(し)を懐(いだ)く。童僕の貞を得(う)。
○象に曰く、童(どう)僕(ぼく)の貞を得とは、終に尤(とが)むる無き也。
 「旅にして次(やどり)に即(つ)く」の「即(つ)く」とは、「到着する」あるいは「就任する」と云う意味である。「次(やどり)」とは、旅館やホテルなど旅の宿のことである。
 「其(その)資(し)を懐(いだ)く」の「資(し)」とは、貨幣、すなわちお金のことである。「童(どう)僕(ぼく)の貞を得(う)」の「童(どう)」とは童子や幼児など若い人のことを指し、「僕(ぼく)」とは壮年のことを指す。
 旅行中に苦労するのは、宿泊する旅館ホテルを確保する(次に即(つ)く)こと、よいガイド(童僕)に巡り会うことである。
 六二は柔順な性格で中庸の徳を具えているので、旅人として正しい言行を貫く。それゆえ容易に宿を確保できるし、お金に困ることもない。六二は柔順なのでガイドも六二に忠実であり六二を信頼して、六二のために尽くそうとする。
 六二は自分に正直であり、自分を失うこともない。それゆえ、周りの人から信頼され、多くの人から支援される。六二が人徳者だからである。それゆえ「旅にして次(やどり)に即(つ)く。其(その)資(し)を懐(いだ)く。童僕の貞を得(う)」と言う。「吉」と云う言葉を用いないのは、旅の時には災難を避けることができれば善しとするからである。

九三。旅焚其次。喪其童僕貞。厲。
象曰、旅焚其次。亦以傷矣。以旅與下、其義喪也。
○九三。旅(りよd)にして其(その)次(やどり)を焚(や)く。其(その)童(どう)僕(ぼく)の貞を喪(うしな)ふ。厲(あやう)し。
○象に曰く、旅にして其(その)次(やどり)を焚(や)く。亦(また)以(すで)に傷(いた)まし。旅を以て下(しも)に與(くみ)する、其(その)義(ぎ)喪(うしな)ふ也。
 旅の時は、柔順中正であることが尊ばれる。六二の爻辞を読めば分かる。それに対して九三は剛毅に過ぎて遠慮がない。また内卦の極点に在るのでやり過ぎるところがある。極めて危ない立場に居る。以上のことから、九三は困窮するのである。
 九三は野蛮な性格で、その行動は人の道に反している。自意識過剰で自分を過信しており、驕り高ぶっている。自分勝手な性格なので人を待つことができない。旅のガイドにも横柄な態度で接するので嫌われる。だから「旅にして其(その)次(やじり)を焚(や)く。其(その)童(どう)僕(ぼく)の貞を喪(うしな)ふ。厲(あやう)し」と言うのである。
 互体(二三四)巽は木。木はよく燃える。「旅にして其(その)次(やじり)を焚(や)く」形である。九三が危ないのは、野蛮な性格で驕り高ぶっており、人徳の欠片もないからである。位が正しくてもどうにもならない。
 「其(その)次(やじり)を焚(や)く」のは、九三が野蛮で傲慢なので人と和合することができないからである。旅人が唯一安らぐことができる場所である宿の主人からも信用されない。ガイドからも信用されず、見知らぬ土地を案内してくれる人が不在なので、旅は困難の連続である。
 象伝に「亦(また)以(すで)に傷(いた)まし」とあるのは、九三は宿の主人からも嫌われるので、安らぐ場所が何処にもなく、苦労するしかないと云うことである。「其(その)義(ぎ)喪(うしな)ふ也」とは、ガイドからも信頼されないのは、九三の人品が野蛮で傲慢で卑しいからである。

九四。旅于處。得其資斧。我心、不快。
象曰、旅于處、未得位也。得其資斧、心未快也。
○九四。旅(りよ)にして于(ここ)に處(お)る。其(その)資(し)斧(ふ)を得(う)。我が心、快(こころよ)からず。
○象に曰く、旅にして于(ここ)に處(お)るとは、未だ位を得ざる也。其(その)資(し)斧(ふ)を得(う)とは、心未(いま)だ快(こころよ)からざる也。
 「其(その)資(し)斧(ふ)を得(う)」の「資(し)」は、人が使用する資材で、「斧(ふ)」は文明の利器だから、文明の利器で剛を断ずると云う意味である。また、器用と云う意味もある。旅人は柔順で温和な性格な人が尊ばれる。野蛮で傲慢な旅人は嫌われる。
 九四は陽爻陰位で陰陽調和しているので、旅人の安らぎの場所である宿に恵まれる。だから「旅にして于(ここ)に處(お)る」と言うのである。「處(お)る」とは、しばらく宿に逗留すると云う意味である。公家や大臣など偉い人が長期に渡って旅をする時に例えられる。
 九四はしばらく宿に逗留することができるが、本来は豪快な性格なので、心から人と和睦することが苦手であり、また、応じる関係に在る初六は何の力にもならない。それゆえ、九四が本来持っている才能を伸ばし、志を実現することはできない。
 財産を持っている人は、経済的に豊かになり、文明の利器を持っている人は、社会の中で権威を得ることができる。けれども、九四は社会的地位を得ることはできないので、内心おもしろくない。だから「其(その)資(し)斧(ふ)を得(う)。我が心、快(こころよ)からず」と言うのである。
 「資(し)斧(ふ)」の「資(し)」とは、陽的で実りのあるものであり、「斧(ふ)」とは、豪快なものを断ずることである。いずれも九四が具えているものである。それゆえ「其(その)資(し)斧(ふ)を得(う)」と言うのである。「我が心、快(こころよ)からず」の「我が心」とは、九四の心境である。
 象伝に「未だ位を得ざる也」とあるのは、九四が安らぎの宿を確保できたのは、一定の期間内のことであり、生涯の安らぎの場所を得たわけではない。だから、しばらくは安泰であるが、悠久の安泰を得たのではないと云うことである。
 「心未(いま)だ快(こころよ)からざる也」とは、九四は豪快な性格で人の意見をあまり聞かず独断で物事を進めるところがあるので、人と和合することができない。また、人から愛される性格ではないので、自分でも良くないと思いながら、心の中がモヤモヤしていてすっきりしないと云うことである。

六五。射雉一矢亡。終以譽命。
象曰、終以譽命、上逮也。
○六五。雉(きじ)を射て一(いつ)矢(し)亡(うしな)ふ。終に以て譽(よ)命(めい)あり。
○象に曰く、終に以て譽(よ)命(めい)ありとは、上(かみ)逮(およ)ぶ也。
 六五は王さまの地位に在る。上卦離の主爻ゆえ文明の徳を具えて尊位に居る。王さまは尊い位だから旅人と解釈することはできない。そこで、王さまに命令された臣下である六五が他国を訪問していると解釈して解説していく。
 六五は旅の時の主であり、主役でもある。文明の徳と柔順にして中庸の徳を具えている。旅の時において、最も適切に対処できる人物が六五である。
 「雉(きじ)を射て一(いつ)矢(し)亡(うしな)ふ」の「雉(きじ)」は古代中国においては、士が狩りに用いるものだから、王さまの使者として他国を訪問すると云う意味に解釈できる。王さまの命令によって君子たる士が他国を訪問してお互いの文明を高める役割を果たすことを「雉(きじ)を射る」ことに例えたのである。「一(いつ)矢(し)亡(うしな)ふ」とは、矢は正直(弓に従う)だから、矢のように正直に他国と交渉してお互いの文明を高めるような役割を果たすと云うことである。「亡(うしな)ふ」とは、矢で文明を射るので矢を失うと云うことである。
 六五は王さまの命令で他国を訪問し、決して王さまを辱(はずかし)めることはない。六五は外交のプロフェッショナルとして、君命を賜って使命を成し遂げて称賛される。臣下が他国を訪問して王さまと面会し、見事な外交で世に名を知られる。だから「雉(きじ)を射て一(いつ)矢(し)亡(うしな)ふ。終に以て譽(よ)命(めい)あり」と言うのである。
 他国に赴任したばかりの時は失敗もあったであろうが、終には見事な外交手腕を発揮して、君命を成し遂げ、その名を世界中に轟かすような活躍をする。「一(いつ)矢(し)亡(うしな)ふ」とは、外交におけるコストを最小限に抑えたのである。「終に以て譽(よ)命(めい)あり」とは、かけたコストに対して得た利益は大きいと云うことである。
 象伝に「上(かみ)逮(およ)ぶ也」とあるのは、君命で他国を訪問した臣下が役割を全うして、最初は苦労するが終には君命を成し遂げ、災い転じて福と為すことを云う。

上九。鳥焚其巣。旅人先笑後號咷。喪牛于易。凶。
象曰、以旅在上、其義焚也。喪牛于易、終莫之聞也。
○上九。鳥、其(その)巣(す)を焚(や)く。旅人先(さき)には笑ひ、後(のち)には號(ごう)咷(とう)す。牛を易(やすき)に喪(うしな)ふ。凶。
○象に曰く、旅を以て上(かみ)に在り、其(その)義(ぎ)焚(や)かるる也。牛を易(やすき)に喪(うしな)ふ、終に之を聞く莫(な)き也。
 上卦離を飛鳥、また、火とする。下卦艮を止まること、また、宿(旅館やホテル)とする。互体(二三四)巽を木とする。
 上九は互体(二三四)巽の木の上に居て下に降ろうとしない。飛鳥が高く木の上に在り、巣を焼かれてしまったと云う形から見た解釈である。だから「鳥、其(その)巣(す)を焚(や)く」と言うのである。旅人が宿泊している宿が火事になって焼けてしまうことの例えである。
 九三は内卦の極点に居て剛に過ぎることから「其(その)次(やどり)を焚(や)く」と言い、上九は上卦の極点にいて傲慢にして不遜なので「其(その)巣(す)を焚(や)く」と言う。言葉は異なるが意味は同じである。
 旅の旅人とは、主に仕事で他国を訪れる人を指す。上九は陽剛で卦極に居る。自分がやることに対しては何も反省することなく、他人を軽蔑していつも冷笑しており、何かというと自画自賛するようなろくでなしである。
 旅人でありながら傲慢なので、災難を次から次へと招き寄せて、終には失意のあまり号泣することになる。最初は豪快な性格で高所から下々を見下しているが、やがて繰り返し災難に遭遇して行き詰まり、意欲を喪失する。それゆえ「旅人先には笑ひ、後には號(ごう)咷(とう)す」と言うのである。
 聖人は、このような上九のあり方を見て「凶」と断じて、戒めている。上九は傲慢で柔順の徳を喪失しているので、凶運を招き寄せる。それゆえ「牛を易(やすき)に喪(うしな)ふ」と言うのである。「牛」は柔順に人に従う存在。牛を失うとは柔順さを失うことである。
 象伝に「旅を以て上に在り、其(その)義(ぎ)焚(や)かるる也」とある。旅人は柔順かつ謙譲の徳で対処すべきなのに、上九は傲慢で不遜なので、宿が火事になって焼き出されても仕方ないと云うこと。「終に之を聞く莫(な)き也」とは、傲慢なので人の意見を聞く耳を持たず、自分が悪くても反省することがないことである。
 雷天大壮の時に「羊を喪(うしな)ふ」とあるのは、障害がなくなることだが、火山旅の時に「牛を喪(うしな)ふ」とあるのは、柔順の徳を失うことである。障害がなくなることは善いことだが、柔順の徳は失ってはならないのである。

 

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