「ごきげんマインド」をつくる習慣力。 <埼玉>心屋流 晴れる屋まゆこ 

「ごきげんマインド」をつくる習慣力。 <埼玉>心屋流 晴れる屋まゆこ 

様々な困難を乗り越えてきたのに、心がラクにならない、
自由を感じない、生きづらい、性格を変えたい、心が晴れない、突き抜けたい、何度も傷つき落ち込む心を変えたいアナタへ。
その「心」、変わりますヨ♪
そして、その「悩み」はアナタの可能性をひらく扉なのです。



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こんにちは
埼玉 心屋流カウンセラー
晴れる屋まゆこです





2018年6月のある日突然、親がガンで余命を言い渡され、誰にでも訪れる「死」とリアルに向き会わざるを得なくなり、
「究極の状態」での心の動き、
その間の人間模様、
その間の出来事の記録です。




時間が有限だと知った時、
本当に困った時、
人の心は、
現実をどう受け止めて、
どう考えて、
どう動いていくか。




心屋で知って身につけたあり方もたくさん役立っています。



大切なあなたに、
読んでいただけたら幸いです。




********



今度は父の介護について真剣に取り組むことになった。そこで、「出来ない」と言わないと「どうなるか?」を痛いほど感じた。







義妹の本音によって私に希望が差し込み決断し、
母の抗がん剤治療方針が決まり、




私が思う「延命治療」というのと「現実」とのギャップを義妹が埋めてくれた。




手術できない病に対して、
確かに延命ではあるけど、副作用は少ないし、何より「延命してる間に楽しい時間がもっと過ごせたらいいんじゃない??」と、私の「延命=悪」という思い込みを払拭してくれたのだ。




いつでも人には「思い込み」というのがあって、
それと現実とのギャップがあると、それが「悩み」になる。
突然の衝撃、あるいは長年の慢性的なものによって思考が「動かなく」なっている時、人に揺さぶり動かしてもらうことの重要さをしみじみ感じた。



そうしてホッとしたのもつかの間、
今度は、父の介護の問題にぶち当たる。




*******


今回のこと、
人生の番狂わせ、とも思った。



父は、8年前に病気を患ってからずっと母に介護されていて、何とか寝起きは出来るけれど、食事作れない、洗濯出来ない、という母が居なければ生活がままならない、という状況で。




家族の誰もが思っていただろう。
父の方が母よりも先が短いだろう、と。
けれど母が余命宣告、、、
まさか、と思った。




私は埼玉在住、下の弟は東京、上の弟は兵庫。
両親は長野で近くに親戚もいない。。




これ、この状況どうするの???
一気にまた「困った」。



まずは、病院のソーシャルワーカーさんに介護保険サービスのことをザックリ聞いた。
でもその時は、ある意味希望が見えていて、介護保健を使えばデイサービスやいろんなサービスが使えますよ〜〜という話に、




(もしかしたら、母に介護されてた時より刺激があっていいかも)とすら、思っていた。




その後、実家に「包括支援センター」の方が来て、「介護保険サービス」について説明をしてくれたのだけれど、




「現実」を知ってまた気分は落ちる。
その日一日で、気分のジェットコースター感がすごい。すご過ぎる。



父は、認知こそあまり無いものの、「食事が作れない」状況で、やっとのことで歩く時も息が上がり、もし転んだとしてもすぐ起き上がれない。




けれど、「この程度」だといわゆる食事を作ってくれるヘルパーさんを毎日頼めるわけじゃないどころか、




しかるべき施設に入ることもできないという。




「なんで?????????」




こんなに困っているのに、
こんなに出来ない人がいるのに、
えええ???介護サービス使えないの???
どうして???どうして???



完全にパニックになった。




包括支援センターの相談員さんが鬼に見える。
優しい顔して冷たい人に見える。
だって、だって、こんなに困ってるんだよ?
私たちが居なければ明日にでも困る父なんだよ??




その後、その「現実」を知る一枚のアンケートが父の前に。「出来ない」と言わないと、どうなるか。
それを見た時に、私はある行動を取った。




つづく。

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こんにちは
埼玉 心屋流カウンセラー
晴れる屋まゆこです





2018年6月のある日突然、親がガンで余命を言い渡され、誰にでも訪れる「死」とリアルに向き会わざるを得なくなり、
「究極の状態」での心の動き、
その間の人間模様、
その間の出来事の記録です。




時間が有限だと知った時、
人の心は、
現実をどう受け止めて、
どう考えて、
どう動いていくか。




大切なあなたに、
読んでいただけたら幸いです。




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人生には突然「思いもよらない事」が起きる。

母の末期ガン告知が、まさにそうだった。
身内にガンの人がほとんどいないし、
ガンになるような生活とは縁遠い母。


そんな「突然」に、
告知をされた人、その家族が真っ先に思うことは、




「なんで??」
なんで私が?
なんで家族が?




だそうだ。




誰も病気になろうとして生きてるワケじゃないし、その「なんで?」は普通の感覚かもしれない。なんと言っても「ガン」は、イコール「死」のイメージが強い。




そしてこれは後から知ったことだけど、
「ガン」イコール「死」では無いということ。
助かる「ガン」が多くなっているということ。




医療の発達により、副作用の少ない抗がん剤が増えているということ、



告知の際の「余命」は、あまり参考にならないこと。あくまでも医者の経験値からの目安であること。




治療方法についての面談時には、患者家族の他に第三者も一緒の方がいいこと。
その場ですぐ治療方針を決めなくてもいいということ。




突然の出来事、突然の告知、突然の医療専門分野、突然の心構え、何もかもが「突然」という状況で、患者もその家族もパニックになるので正常な判断が出来ないことがある。




だから今回奇跡的に、義妹が主治医との面談時に居てくれて本当に本当に助かった。




何が正しいとか間違ってるとか、そんなものは後からしか分からない。
でも、「人との信頼関係を感じる瞬間」が確かにあった。残された時間の中に、それがあるか無いかは、すごく大きい。




お昼に行った時、義妹が涙を流していた。



義妹は、重要な場面で嫁の自分がしゃしゃり出て意見を言うべきじゃない!
という気持ちよりも、




素直に自分の意見を言ったこと、
言えたこと、
そして、それによって
私の脳裏に「希望」が射し込み、
新たな決断をし感謝されたこと、




患者本人である母が、
思いのほか朗らかに受け止めてくれたこと、




それらすべての想いが、
涙になって感動となっているようだった。




「自分の本音」を言うことは、時としてすごく勇気がいる。
「自分が言うべきじゃない」を乗り越えなくちゃいけないし。否定されて傷つくかもしれないし。




けれど「信じ合う」という「瞬間」があると、暗闇の中にも「希望」が見える!ってことを体感した。
信頼関係は、「これを言ったら傷つく」を超えるんだなぁ〜





そしてその後、
今度は「父の介護」について、世で言う介護サービスの「衝撃の事実」を知ることに。




心屋流に「そうなってから考えよう」というのがあるけれど、まさに「そうなってから」知った驚きの数々。




そしてそれは、今は動ける自分の未来への予習でもあった。



つづく。


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こんにちは
埼玉 心屋流カウンセラー
晴れる屋まゆこです





ある日突然、親がガンで余命を言い渡され
誰にでも訪れる「死」とリアルに向き合い、
「究極の状態」での心の動き、
その間の人間模様、
その間の出来事の記録です。




時間が有限だと知った時、
現実をどう受け止めて、
どう考えて、
どう動いていくか。




大切なあなたに、
読んでいただけたら幸いです。




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目の前の問題はダミー。
心屋流ではそう言う。

〇〇だったら→「普通」は、
重苦しい気分になる「はず」。
それが、
一気に変わった瞬間の体験談。









主治医の「抗がん剤治療どうしますか?」の質問に、母の命を預かった気分になった私の重く沈んだ心が、義妹の熱意によって目覚め、新たな決断をし、その後「ありえない光景」を目にすることに。




そもそも前日の余命告知で「最悪」な話を聴き続けた私が正常な判断ができる状態では無かったし、




よく思い出してみると主治医がその時、
「稀に、抗がん剤の副作用あまりなく数年生きている人がいるんですよねぇ」と、
医療現場では「奇跡」があるってことを
サラっとは言っていた。




が、私の脳はフリーズしていて、
その話が受け入れられる状態では無く。





けれど、
思い込みによる無知による
「抗がん剤治療やらない方向」が、
義妹の熱意に触れて、
「やってみる」という意見を信じてみよう!と私が「選んだ」瞬間だったのだ。




そして、
決断した。




(抗がん剤治療)
「やっていく方向で。Bのお薬でお願いします」



と言うと、



主治医はすぐ
「わかりました!」と、
顔つきが変わり、





そのまますぐに病室へ行き、
私から母に説明し、
その後に主治医が来て母に説明したら、
相変わらずケロっとしてる母は、



「その治療の点滴痛いの?」と聞き、
「点滴痛くないですよー」
と、信頼してる主治医に言われ、




二人で、
まさか、笑い合ってる、、、!?




この日、
ものすごい重苦しい決断になって、
暗くなる悲しくなる、、、はず、、
だった私の「気分」が、




目の前のありえない穏やかな光景を見て、
一気に軽くなった!!!!




(え?え?なに???この展開!?)





心の中で信じられない気持ちと、
自分の思ったことを素直に言ってくれた義妹に
すごく!すごく!感謝していた。




母の笑顔を見つつ病室を出た後に、




「〇〇ちゃん、、、、ありがとう、、、」



心からの感謝と驚きの気持ちを伝えた。




本当に心からそう思った。




「母が末期のガンである」
その事は変わりないのに、
「気分」が180度変わった瞬間だった。


********


その後、
父と義妹とお蕎麦屋さんに行った時、
義妹が涙を流していた。




つづく。