「人を幸せにしよう」とか
「人を助けよう」とか
基本的に思っていません。
「助けて」と言われたら
一応は考えたりアドバイスもしたりしますが、
それを受けて考えて迷って
試行錯誤して、
自分で答えを出して
どうするかは
その人が決めることだから。
「無責任ですね」
「他人ごとですね」
とも言われますが、
誰が他人の人生の責任をとれるというのでしょう。
誰が他人の人生を幸せにできるというのでしょう。
そのひとの「幸せ」がわかるというのか
それは「あなたの考える幸せ」ではないのか。
「わたしが、助ける」
「わたしが、幸せにする」
「わたしが、解決する」
とは、
なんと傲慢な考え方か、と
思うのです。
なんと自己顕示な
なんと勘違いした考え方か!
と、思うのです。
心屋は
人生が好転し
楽しく豊かになれる
ヒントや
一例、
幸せになる考え方や
「ありかた」は提供します。
さまざまなメディアを通じて
提供し続けています。
しかし、
それを採用するかどうかは
それを受けた人が決めること。
それ以上は
立ち入ってはいけない、
誰も他人を変えることはできない。
そして
すでにその人は幸せであり
これから幸せになる、と
幸せを感じられる、と
信じること。
それが
僕の責任です。
昨日は写真家の森藤ひさしさんが遊びに来てくれた
ご近所のこうさかさん(笑)
隣の家で弾いてるように漏れ聞こえてくるのが
とても気持ちいい。
ミュージシャンて、すごいよ。