仁さん、こんにちは。
先日気付いたことがあるのでメッセージします。
「どうせ愛されてるし」
これは前提なんですね。
ただの、前提。
仁さんを知って半年間…
私は勘違いして、
「どうせ愛されてるし」を
感情のフタとして使っていたようです。
悲しい・寂しい気持ちがわいてきたとき
「どうせ愛されてるから泣かないのっ!」と
自分に言い聞かせて
無理やり
「私は愛されてるんだから!」と
感情をねじまげていました。
でも、どうせ愛されていることと、
悲しい・寂しい気持ちは別で
悲しい、寂しい、怒り、を感じてもいいし
持っていてもいいし
愛されてないきがする~って泣いてもいい…
魔法の言葉を使って、感情にフタをしなくてもいいんだ~~!
って気付きました。
感情を感じる。
味わうって楽しいなぁ^^
しんどいときもあるけれど。
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似たようにことを
感じておられる方も多いのかなと思って
シェアしてみました。
この方、
こんな記事も書いてくれてます。
僕は、ずっと「前提」と言ってて
何をするにも
・うまく行く前提 か、 そうでないか
・よくなる前提 か、 そうでないか
・怒られる前提か
・嫌われる前提か
・失敗する前提か
だと、
言動は変わってきます。
同じように
・愛されてる前提の人と
・嫌われてる前提の人と
・がんばったり役に立った時だけ愛される
という前提の人と
言動は違います。
言動が変われば
結果も変わります(出来事
そして、もっと大事なことは
「マイナス」の前提でやっているひとは、
うまくいったとしても
それが「うまく行っているように見えない」のです。
どんなに前提を変えても
いいことも悪いことも起きます。
ゴルフで、
球がカップに入る「前提」で打っても
入らんときは入りません。
宝くじで
「当たる前提」で買っても、
当たらんときは当たりません。
試験に
「合格する
前提」で臨んでも
落ちるときは落ちます。
告白で
「受け止めてもらえる前提」で挑んでも
振られる時は振られます(*'▽')
その「結果」が出たときに
「本当の前提」がわかるのです。
いくら「あたま」で
「前提」を「都合よく」したとしても
「本当の前提」が見えてくるのです。
「どうせ愛されてるし」 は
「誰から」
「あの人から」
という「都合のいい話」ではなく
自分は
そもそも
出来ても
出来なくても
愛されている存在なのだ、
という「前提」だということ。
「損してもいい」 は
いくら、いま、
目の前で「損」に見えても
「損はしない」
「恵まれている」
「与えられている」
「豊かさに包まれている」
「守られている」
という前提だということ。
そして、
その「前提」が
僕たちが生かされているうえでの
「ゆるぎない大前提」だということなのです。
だから
失敗しても
損しても
嫌われても
心配や
不安は
いらないということ。
ゴールは
「幸せになる」と
決まっているのだから。
過去を悔い
未来を案じないで
いまを
楽しもう、ということ。
性格リフォーム
心理カウンセラー
心屋でした。
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