■暴力を受け容れるとは | 心屋仁之助オフィシャルブログ「心が風に、なる」Powered by Ameba

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見えないけれど、やさしく包んでくれる。
風のように、水のように、普通の幸せに気づける、
そんなお話をお届けしようと思います。

昨日のブログ
http://ameblo.jp/kokoro-ya/entry-10823256383.html
に、
「暴力を受け入れると、優しさがついてくる。」
と表現したところ、沢山の反応を頂きました。



確かにナイーブな問題を
さらっと書きすぎたかもしれないですね。

 

このことをさらに文章だけで書くと
誤解の上塗りになっていくとは思うのですが、

 

 

でも、もし伝わる人がいるのなら、と
誤解を承知で文章で思い切って書いてみることにしました。

 

 

 

 途中でいやになったり、恐怖を感じる人も出てくるでしょう。
 そんなときは、無理しないで止めて、読まないようにしてください。

 

 

 

 でも、そろそろ暴力とちゃんと向き合いたい方、

 暴力をなくしたい方、

 暴力に対する「過剰反応」を終わらせたい方は
 頑張って最後まで読んでみてくださいね。

 

 正しいか正しくないかの議論をしたい方は、

 ブログ上ではなく、僕のところに直接来てください。

 

 ちゃんとお話ししましょう。

 

 


僕は、どれが正しいとか、間違っているとかという話ではなく
焦点を「どうすれば安心して、楽に楽しく生きられるか」

 

 


という方法がここにあるよ、といつもお話ししています。

 

もう一度言います。

 

これは、僕の視点です。

 

様々な問題を解決してきた、

カウンセラーとしての臨床からの経験であり、視点です。

 

だから、ライヴ、つまりカウンセリングの場であれば
納得いくまでお話しさせていただけるし、体感もしていただけるのです。

 

 

でも、文章はお互いが一方通行であって
難しいですよねー。

 

 

 

もう一度言います。

 

 


僕がいつも提案するのは「正しい方法」ではなく、
「楽に楽しく安心して暮らせるための考え方」に導くための一つの方法です。

 

だから、世間で言うこととは逆のことや、矛盾もたくさん含んでいます。

 

 


でも、結果的に、その矛盾を受け容れることになると、敵が消えていくのです

 

 

 

暴力もそう。

 

 


敵視し続けると、敵として暴力がそこに居続けます。
誰でもなく、敵視している人にだけ、暴力が向けられる。

 

 

もしくは、その人に向かって暴力が出されていないのに、
自分の「問題」として取り込んでしまって、問題を抱え続けてしまう。

 

 

 

実は、それは暴力と戦うことが、戦いを招き続けているということ、
暴力を敵視すること自体が暴力だと言うことに気づいてほしいのです。

 

 

 

言葉の暴力、肉体的な暴力、色んな暴力があります。
それを敵視し続けると、自分の中の暴力が暴れ出して、他人を攻撃し始める。

 

 

 

自分が痛かった、それを痛かった、と言わずに「正しさ」という剣で

 

相手を切り裁こうとするから、戦いになるのです。

 

「暴力はいけないことだ」

 

「そういうことはするべきではない」

 

 

 

自分が親から暴力を受けると、当然、暴力を敵視します。

 

 

 


暴力を敵視すると、暴力をふるうパートナーと結婚したり、
自分の子供に暴力を振るうという結果になってしまう。

 

つまり、暴力から「離れられない」のです。

 

 

 


じゃあ、暴力を受け続けて我慢していればいいのか、という話ですよね。

 

 

違います。

 

暴力を我慢して受け入れましょうということではないということです。

 

 

 

その前に、じゃあ、暴力って何なんだろう、ということです。
以下のそれぞれに、心の中で「○」「×」をつけてみてください。

 

 

 

 

ボクシングは暴力?

 

 


空手は?


ラグビーのタックルは?


意見交換は?


議論は?


牛や鳥の と殺は?


殺虫剤は?


セクハラは?


パワハラは?

怒ることは?


しつけの行為はどこからが暴力なんでしょう。

体罰はどうなんでしょう。どこからが体罰なんでしょう。


ペットが他人を噛んだときに叩くことは?

 

 


何でもかんでも「いけない」「これはいい」という心が、
「いけない」をどんどん問題視して巨大化させていきます。

 

 

 

そう、自分が勝手に問題視して問題を大きくしているのです。

 

 


「暴力反対」という人の前には、その「期待」に応えるように、常に暴力問題がまとわりつきます。

 

いつも戦い続ける結果を招きます。

 

そして「このよう許せないことだらけ」になっていきます。

 

そういうニュースばかり目にします。

 

 


こんなに平和で幸せな空間がたくさんあるのに。

 

 

こんなに愛があふれているのに

 

さっさと別れて、離れてしまえばいいのに

 

なんだかんだいって、そこに居続けてしまう。

 

そして、そこばかりを見続ける、

 

これを地獄といいます。

 

・戦い続ける

 

・助けようとしてしまう

 

 

 

誤解を恐れずに言うと、

 

 

 

 

暴力を受け容れる、それは、「暴力があってもいい」ということです。
その「暴力」の定義は「自分が思う暴力」でいいです。

 

 

暴力は、敵視しようが、撲滅しようが「ある」のです。

 

無くすことはできません。それは「ある」からです。

 

 

そして、暴力は、あってもいいし、なくてもいい。

 

 

自分がいやなら振るわなければいいし(振るっていないと思っているだけですが

振るってもいい。

 

それは自分が決めることです。

 

 

暴力を受けた人も、暴力と感じる人もいれば

 

愛だと感じる人もいます。

 

暴力の程度にもよるかもしれませんが、

 

それを排除することはできないと言うことです。

 

でも、消すことはできるのです。

 

それが「受け容れる」つまり、「自分の中に戻す」ということです。

 

嫌って捨てた「暴力」を、自分の中に戻す。

 

 

 


過去に暴力を受けた人は「暴力があってもいい」なんて決して言えないでしょう。
でも、そこを突破してほしいのです。

 

 


そうすることで、目の前から暴力が「終わる」のです。

 

 

ただ、この方法が受け容れない方もおられるでしょう。
それも仕方ないと思います。

 

 

 

そんな方は、自分の作り出した「加害者」と戦い続けるしかないと思います。

 

戦って戦って、相手を憎み続けて、

 

なのに相手は気楽に生きてて、また許せなくて・・

 

またしゃあしゃあと暴力を繰り返す。

 

 


加害者のことを責めても、何も変わりません。他人は変わりません。

 

 

 

じゃあ、自分が変われば相手が変わるのか、ということで、
自分を変えようとしても、相手は変わりません。

 

 

え、どういうこと?!ですよね。

 

 


自分が変われば、相手が変わっていないのに相手が変わるんです。

 

うーん、日本語って難しいですね。

 

 

今回も、僕がよかれと思って書いた記事に「パワハラだ」と表現されましたが、
こちらはそんなつもりは毛頭なかったので、心底驚きました。

 

 

ご本人もびっくりされたと思います。

 

でも、そう「受け取る」心の方がいるのです。今だけかもしれません。

 


そして、実はそう「受け取る方」は、

心の中に「暴力のたね」を隠している(抑圧している)からなのです。

隠しているから、反応する。

 


隠しているからこそ、「出さないようにする」のだということに早く気づいてほしいのです。

 

そして、そんなに隠し続けることはできないと言うことも。

 


いつまでも正義の味方でい続けることは、同時に被害者でい続けることになってしまうんです。

 

 

「私は、暴力を受けてもいい」
「私は、暴力をしてもいい」

 

 

是非、口に出して言ってみてください。

 


あなたのタブーを突破してみてください。

 

死ぬほどいやですよね。

 

暴力というものに「○」をつけてみてください。
上の言葉をつぶやくだけで、どんどん消えていきますから。

 

 

そして、実際に机や壁に対してでもいいから
暴力をふるってみてください。

 

 


あなたが、あなたの中にある暴力を認めてあげてください。

 

 

あなたが嫌って捨てた、あなたの中の暴力に「まる」をつけて
仲直りして、自分の中に戻してあげてください。

 

 


我慢するのではなく、敵視するのではなく、ただ、「○」をつける。

 

 


この記事にも、きっと「暴力反対」の方からは、山ほどの反論が寄せられるでしょう。

 


それに対しては、コメントはしません。

でも、意見はどんどん書き込んでくださいね。

 

 

「受け容れないぞ」という姿勢で来られると、さすがの僕もしんどいです。

 

 

 


最初に申し上げたように

 

「どうすれば安心して、楽に楽しく生きられるか」

という目的のために、僕は活動しているのです。

 


いま 僕の言うことが受け容れられない方は、

 

いまは受け容れてもらわなくていいです。

 

 

ただ、「正しい」戦いを挑まないでくださいね。
それを「暴力」といいますのよ。

 

 

 

 

でも、戦ってもいい、です。

 

 

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