週末は東京でのマスター(自己実現)コースでした。
心屋独自の方法で、
自分を好きになるためのワークを重ねていきます。
自分を好きになることは、
自分の欠点を認めること。
そして、自分の過去を認めること。
自分の能力や経験を認めること。
つまり、今までの自分を許すこと、ということになります。
そのためには、一つ一つ過去の自分に向き合い、
感じ切り、時には笑い飛ばすことも必要です。
それが終わって初めて、本当の意味での「感謝」が現れます。
とはいえ、そんなにすべてがうまく行くとも限りません。
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「感謝のふり」と「感謝できない」が出てくる場合があります。
それは、過去を消化できていない場合です。
過去のことを「どうでもいい」と、ふたをしてしまった場合や、
過去のことを「もう大丈夫」と、ふたをしてしまった場合です。
その場合どういうことが起こっているかというと「マヒ」が起こっています。
心の痛い部分に麻酔をかけた状態です。
痛すぎて麻酔をかけてしまったので、過去の出来事に対する
感情さえも動かなくなってしまう。
(それが、子供のころの唯一の防御方法だった)
麻酔で感情を動かなくしてしまっているので、
少々の「恥ずかしいこと」さえ気にならなくなってしまう。
これは以前に僕の知り合いの俳優が言っていたのですが、
「素の自分でやるのは恥ずかしいけれど《仕事モード》だと
どんな恥ずかしいことでも出来てしまう」ということです。
「だから、私には‘恥ずかしい’っていうのがわからないよ」
でも、傷は明らかに残っているので、
「あなたは傷が残っているよ」という現象が目の前に起こり続けます。
この「女優モード」を解除しない限り、
「悲劇のヒロイン」もしくは「薄幸の少女」「幸せなヒロイン」を
演じ続けてしまいます。
それを「役割」「人生のテーマ」として選んでしまったので、
それに見合う出来事を周囲に集め続けてしまう。
つじつま合わせを延々と続けてしまいます。
共通する言葉は 「こんなに頑張ってるのに」
こういう場合、人や状況によって変わりますが、
「がんばることをやめるよう頑張る」ことが必要です。
「心を閉じる、感じないようにする」と決めた過去を消化することが必要です。
ここでのキーワードは 「決意と勇気」です。
「逃げ続けること」「恨み続けること」「過去を見ないこと」
「何事もないように振る舞う」のをがんばるのではないということです。
この「決断」をする「勇気」が出ないから、
いつまでも「回避行動」が止まらない、止められない。
いや「止めない」
できない人には、できません。
それも仕方のないこと。
僕にもまだまだできないことは山ほどありますからわかります。
今の状態だと、受け入れられないこともあるでしょう。
今の状態だと、言葉さえ分からないこともあるでしょう。
ワークショップをやっていて、それを見るのが
一番苦しい瞬間です。
目の前で溺れている。助けを求められる。
でも、実は足がついているのに、気づかない。
「足がついてるよ」そう伝えても、言葉が耳に届かない。
浮輪を投げても、つかまれない。
手を差し伸べても、野良猫のように爪や牙を出してくる。
警戒して逃げてしまう。
周りが敵だらけに見えてしまう。
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その状態になっているときは
自分の周りにたくさんの幸せが転がっていることさえも
気づくことができません。
すべて「あたりまえ」「こんなことぐらい」と思ってしまう。
「幸せ」「感謝」の思考回路が切れてしまっている。
溺れてるときに
「あ、いっぱいお魚がいるー」とは言いません。
「海の恵みのお陰で・・・」とも言いません(笑)
でも「幸せのヒロインモード」や「天使モード」の時には
溺れて死にそうになってるのに「あ、お魚がいるー、かわいー」とか
「あ、クリオネ、天使みたいー、しあわせー」という振る舞いをしたりします。
自分が溺れて苦しいのを認めたくない逃避行動です。
足に地がついていないスピリチュアルに走ってしまう場合なども
そうかもしれません。
でも、それも仕方がないのです。
そこから抜け出すかどうかは、本人が決めるしかないのでしょう。
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僕が今できることと言えば、
少しでも可能性のある方法を提供すること、
きっかけを提供すること
励ますこと、応援すること
伝え続けること
それぐらいしかできないかもしれません。
そして、たとえその状態でも、
僕自身が受け止めることも。
久々に、苦しいところです。
東京へと向かう新幹線から見た富士山、
とってもきれいでした。