”生活費獲得のため地獄の勤務” と ”息子中学受験す” | Koko's Life

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波瀾万丈の半生記

まずは、可愛いかわいい一人息子について。。。音譜

前々夫(日本人/以後ごんべえさん)が、”鬱休暇”に突入した年の冬、
当時小学5年生の一人息子が言いました。。。

”お母さん、僕は獣医になりたいねん
獣医になる為には、いっぱい勉強せなあかん。
その為に、私立中学受験させてくれへんやろか??
 一生懸命勉強するから、塾にも通わせてほしい。。。”

思えば、息子が幼稚園の頃、私は動物病院で働いており(殆ど手術室担当)しっぽフリフリ
オーナー先生はとてもイイかたで、時々息子同伴で出勤し、
病気のわんちゃん/ねこちゃんの治療の見学や、手術を見学し
、病気から治癒していく過程をつぶさに体感していました。

幼稚園児の息子からしてみれば、先生は神様のように見えていたのかも知れません。
折もおり、当時飼っていたハスキー犬/ランディが明日おも知れぬ状態となり、
心臓手術を行う事となりました。

一か八かの手術が功を奏し、ランディが日に日に回復していく姿を見て、息子は決心したようです。
”よし。僕は獣医になる”キラキラ

。。。で前出の言葉になったのです。

とっさに私は。。。
えっ??君の志はとてもとても立派やでグッド! でも、今ごんべえさんは、無収入ですやん。あせる
しか~し!!息子の願いは何があっても叶えてあげたい。
ん。。。そうやビックリマーク仕事を増やしたらええんや!!

当時はごんべえさんの本当の状況を息子は知りませんでした。
息子の中では、”尊敬されるお父さん”でいてほしかったからです。
エエ嫁でしょ???(嫁の心、ごんべえさん知らず。。。です)

ごんべえさんは、相変わらず鬱ワールドにどっぷり浸かって、
相談出来る状況ではなく、何もかも自分で決断しなければいけなかった。

息子小5の夏休みから鬱休暇に突入し、当初3ヶ月間は60%くらいのお給料がありましたが、
それ以降は会社に籍があるだけで、ず~と無給状態です。
ごんべえさんが休暇にはいってから、私は仕事に復帰。。。
なんせ、生活かかっていますから叫び

花の独身時代から息子の小学校入学まで、ずっと働いていました。
小学校の間、息子の躾に重点を置く為離職していました。

現場を離れて約6年。。。家庭の甘い汁をみっちり吸って来た私には丁度いい時期だったのかも知れません。

とは言え、37才の再就職はなかなか難しく
ヘアサロン(友人経営) 9am~7pm
帰宅後夕食準備と塾送り迎え。
00am~6am深夜の倉庫勤務(商品仕分け等)
帰宅後朝食準備。。。

その他空き時間を利用して、いっぱい掛け持ちしたなぁ。。。
いつ寝るねん爆弾って状態がずっと続いてた。

そのころ ごんべえさんは。。。
毎日笑顔で海釣り三昧。帰宅後”死にたい”を繰り返す毎日。。。
私、ホトホト疲れていました。

息子はそれこそ一生懸命勉強し、みごと クラッカー 某私立中学に合格 クラッカー
オカンは君を誇りに思うよビックリマーク

息子が中学に入学したのを期に、ごんべえさんの本当の事を息子に話すと決めました。

だって。。。毎日家の中では言い争いが絶えず、
息子の目には、”オカンはなんて気がキツいんや。いつもおとなしい親父に怒鳴ってる”って思われてそうで...

最初の頃は、勿論いたわってたんですよ!!
でも、無給な上に、毎日遊び呆けて、出る言葉は泣きながら”死にたい”。。。(こっちの台詞じゃい)

私、薄情ですが言いました、
”近所のオッサンが鬱になったら、”人生長いんやからいろんな事あるよ!気長に養生しいや”って言うわ。
でもな、自分の旦那が鬱になったら、そんな事言ってられへん。生活かかってるねん。
自分は気楽でええな!鬱や言うて逃げられるから。
私は、可愛い息子の生活を守る為に逃げる事は絶対出来へんねん”。。。と。
この時点で、休暇は2年を過ぎていました。(まだまだ序の口...トホホ)

息子にごんべえさんの現状をありのままに報告。
息子は感づいていました。
”お母さん大変やったなぁ。僕、力になれなくてごめん。なにより、授業料の高い私学に通って。。
でも、僕も一生懸命頑張るから。”

離婚をすれば、名字が変わる(私は旧姓に戻したかったので)。
  ↑
学校でからかわれるかもしれない。
  ↑
それは、息子の為に避けなければならない
   ↑
まだ離婚は出来ない。。。
ごんべえさんは、”ただの同居人”になりました。
(生活費も入れず、泣いてばかりなので足枷にしかなりませんが)息子の為です。

さて今回はこの辺で。。。
次回は”精神科医師とのバトル”です。





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