小さな「勝ち癖」の重要性――キャンペーンの質を上げるための理論【リレー連載⑨ 中嶌聡/はたらぼ】 | くろすろーど

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中嶌聡/NPO法人はたらぼ
第4回:小さな「勝ち癖」の重要性


『NGO運営の基礎知識』との出会い


前回紹介した「コミュニティオーガナイジング」の概念は最近知ったのだが、実はそこで使われている運動手法やトレーニング方法には、たまたま、既に出会っていた。
私が大学時代、優れた実践を体験して学ぼうと様々なNPO、NGOの活動に参加しているときに知ったのが、
『NGO運営の基礎知識』(POWER~市民の力/A SEED JAPAN 共編)という書籍である。

『NGO運営の基礎知識』には、「活動の7ステップ」「目標設定の仕方」「戦略の立て方」「広報」など、まさしく日々の活動の中で必要なものばかりが書かれており、当時、感銘を受けた。
日本の市民運動本には体験談や事実経過を書いたものが多いが、体系立てて理論化されている書籍は知らなかったからだ。
この書籍から学び、実践したキャンペーンを紹介したい。



労働局に何を交渉するか?


私が関わっていた労働組合は、その当時、最低賃金のアップを中心的要求に、年に一度大阪労働局と交渉をしていた。
その内容や交渉の方法に、私は違和感を覚えていた。

とはいえ、「あの交渉は要点を得ていない」とか「もっと良くした方が良い」などと息巻いてるだけでは何も変わらない。
具体的な対案が必要だったのだ。

この違和感を解決するために『NGO運営の基礎知識』を再読した。
そこには「ターゲットの特定と権限の確認」が重要だと書かれている。
つまりは、交渉するときは、通したい要求に対して「イエス」と言うことができる権限者(個人)が誰かをまず特定する必要がある。
次にその個人を「イエス」と言わせるために必要な要素を見つけ出し、戦略を立てる必要がある、と書かれているのだ。

この点を踏まえて振り返ると、交渉内容・方法について改善ポイントが見えてきた。
そうして、若手のメンバーに問題提起しうまれたのが、「ウソの求人票やめさせませんか」キャンペーンである。



権限のリサーチと「測定可能な」獲得目標

 

目をつけたのが、当時の労働相談で多かった「求人票と実際の労働条件の相違」である。
労働条件を良く見せておいて雇う直前で難癖つけて労働条件を下げてくるような企業が多く見られた。
そこで「ハローワークの求人票の取り扱い」に目をつけた。
そしてさらに「固定残業代」の表示問題に的を絞った。
例えば、職場で20時間残業しても給与が同じだったので経営者に質問をすると、「営業手当5万円に残業代が入ってる」と言われる、という問題だ。
基本的には、これは未払いに当たるのだが、労働者からすれば「騙された」と感じて諦めがちだろう。

『NGO運営の基礎知識』には、問題の設定ができたら次に「解決策を選ぶ」プロセスが必要になると書かれている。
解決策を選定するにはリサーチが必要である。

解決策は、法律改正レベルから、求人票受付時のチェックなど現場の運用レベルまで、多様な解決策のアイデアが出てきた。
各解決レベルの権限者が誰かも調べた。
例えば、
「求人票の項目を変える権限は誰が持っているのか」
「求人票を受け付ける時のチェック内容を変える権限は誰が持っているのか」
などだ。

結局、ハローワークが求人を受け付けた時、
「この営業手当に残業手当が含まれていますか?」
「含まれているなら営業手当という曖昧な名前にせずに残業手当としてください」
と指導することを解決策として選んだ。
これなら大阪労働局の権限内でできる。
そこで、私たちは、「固定残業代については適切に表示させる」をキャンペーンの測定可能な獲得目標にしたのだ。



戦略とアクション、その結果


改めて解決策を決定したので、再度ターゲットの確認をすると、大阪府労働局長まで上がらなくても、職業安定課の課長クラスの権限内であることがわかった。

次は戦略である。
課長が「イエス」と言うためにどのような戦術が効果的か。
極端に言えば、私が突然尋ねていって、「残業手当はおかしいでしょ。変えてよ」とぶしつけに言って変わるものではない。

そこで、まずハローワークの求人票と実際の労働条件が違ったという経験をインターネット上のアンケートで募ると同時に、ハローワーク前で出てきた人から聞き取り調査を行った。
そのアンケート調査は必ずしも学術的に耐えうるものではなかったが、事例を集めるという意味では、結果的には十分効果があった。

あとは、行政が取るであろう反応をいくつか洗い出し、対応を考えながら当日を迎えた。

 

結果はあっさり出た。
交渉に入ると、まず問題意識を共有し、アンケート結果を説明、当事者から体験談を話してもらった。
これに対して労働局は、職員が不足していて求人票一つあたりにかけられる時間が少なすぎるという背景を共有しながら、要求を認め、徹底するように約束したのである。

ターゲットの権限や戦略を練って挑み、かつ要求そのものはかなり小さく絞り込んでいたとは言え、拍子抜けした。
「いつからですか」とかろうじて質問が思い浮かび、「来月からします」と言質を取って終了した。
この運動については、『NGO運営の基礎知識』の「広報」の項で書かれている通りに、マスコミにも随時連絡を取っており、この日夕方のニュースに私たちの取り組みが放送された。



勝ち取ったのは「勝ち癖」

私たちが勝ち取ったことは、小さな運用の改善ではあった。
だがそれ以上に大きな経験を得た。
それは、ターゲットを定め、戦略を立て、いくつかの原則にのっとってやれば、初めてでもそれなりの水準のキャンペーンを実践することができ、かつ、勝ち取れるという経験だ。

どんなに小さなキャンペーンでも、やるなら必ず勝ち取るつもりで実践し、「勝ち癖」をつけることが重要だと私は感じている。

私たちがもし、ターゲットや権限、戦略など考えずに挑んでいたら、アンケートはとったかもしれないが、おそらく要求項目は「ウソの求人票がなくなるようにしてください」といった曖昧で測定不可能なものになり、目の前にいる担当者が交渉相手として適切かわからないまま押しつけがましい要求をしていただろう。
交渉も空振りに終わり、「行政がだらしない」などと一方的に批判して終わっていたかもしれない。

具体的な結果を出すことは、勝ち癖につながり、勝ち癖はキャンペーンの質を上げる。

私たちはこうして毎年恒例の交渉、ではなく「具体的な何かを勝ち取るための一連の行動=キャンペーン」を学んでいったのである。






なかじま あきら 1983年大阪府茨木市生まれ。大阪教育大学を卒業後、外資系人材派遣会社での正社員経験を経て、大阪の個人加盟ユニオンで活動。役員として4年間で200回以上の団体交渉を経験する。ネット中継やトークイベント等の新しい運動でも注目を集める。2013年に「NPO法人はたらぼ」を立ち上げ、代表理事に。ブラック企業淘汰を目指し、企業・労働者・行政の3者をつなぐ中間団体として活躍中。新聞・テレビ等からの取材多数。



イラスト 大江萌


※リレー連載「運動のヌーヴェルヴァーグ」では、労働組合やNPOなど、様々な形で労働運動にかかわる若い運動家・活動家の方々に、日々の実践や思いを1冊のノートのように綴ってもらいます。国公労連の発行している「国公労調査時報」で2013年9月号から連載が始まりました。