日本の選挙では、候補者や政党が、選挙の時期だけ主張を展開し、実際とは異なることが印象的になっていると思われる。しかし、このような在り方でよいのであろうか。今日は、このあたりのことをまとめてみたいと思う。
候補者を選ぶ選挙とは?
候補者を、有権者が選ぶ選挙とは、日本の場合小選挙区での戦いとなる。しかし、小選挙区ごとに立候補者数はバラバラである。その結果として、投票したい党から候補者が出ていないようなケースも見られる。
この傾向は近年高まっており、今年の選挙もその傾向が強い。さらに加えれば、新党の離合集散が行われいまだに勢力図が安定していない状況がある。これはこれとして民主主義の危機ともいえると思うが、今回は深くは突っ込まない。
候補者を選ぶということは、政党を選ぶよりも、この候補者の人柄、方向性、主張に力点が置かれ、そのうえで政党などの要素を加味して投票するような無党派層がカギを握る。いまや支持政党を持つ有権者は限られている。
どういう主張をしている候補者なのかをきちんと検討し、自分の選挙区でもっとも自分の利益になる候補者に投じるのが典型的な小選挙区での投票パターンであってしかるべきであろう。
そこでは、理念がカギである。理念に共通項がある候補者に出会えるかは、未知数でありますが、そのような候補者にであい、もしくは理念を持った候補者になる必要性があるのです。
このように、候補者を選ぶ選挙とは、思想から決め込んでしまっている場合もありますが、多くは自己の理念との最大公約数を見いだせる候補者に票を投じる投票パターンになります。
政党を選ぶ選挙とは?
次に政党を選択する場合です。日本では比例代表制にこの特徴が現れます。即ち、誰に投票するかではなく、何をする政策集団(政党)に投票するかで決めるということです。
このメリットは、それらの政策の実現性が高まることにあります。より多くの票を集めた政党により多くの議席が与えられ、それだけ議会内で権力を行使できると想定できるからです。
しかし、弊害ももちろんあります。ここでは人という要素が抜け落ちてしまいます。たとえば、Aという政策を推し進めたいという党が一定数の議席を確保します。しかし、しばらくしてこの政党内でAという政策はやはり駄目であるからそうではない方向性のBという政策を実現すべきだ、そのためにも離党して新たにBという軸で終結すべきだということになってしまった際、国民はAという政策を遂行するであろうこの政党を支持していたのであって、そこで選ばれた議員のBがよいという主張は、選択した側にとっては望ましくないことになります。すなわち、最初の選択とは異なる勢力に選択してしまっていたという矛盾が生まれてしまいます。
したがって、政党に投票したとしても、そこにいるのは、一人一人の政治家であるという認識も持つ必要があります。このとき個人の理念は、全体の利益に隠されてしまっているので、なかなか見ることができないのです。この点は、しっかりと注意しておく必要があるでしょう。
さて、いま二つのタイプの選挙に無理にまとめてみたのだが、日本においては、そもそも政策がどういった影響を及ぼすのかについての検討がほとんどなされていないのではないかと危惧している。
有権者側、メディア側双方に知識の蓄積が十分になされておらず、どうでもいいような些細なことに注目し揚げ足を取ってあざけ笑っている節がみられる。
この国に、そんな余裕はあるのであろうか。
すでに、遅きに失しているかもしれないが、日本は、多極政界の一つの主要な極として存在感を残していくためにも、そして大国((middle-)Power)としての地位を維持していくうえでも、民主主義の理念に基づく、近代的な政治を軸に展開していくべきである。
そのためにもまずは、知力という筋力を伸ばしていく必要があろう。
問題の本質、政策の本質、戦略の本質を観察でき、有意義な提言が次々と出てくるような政治風土を築くことができたとき、日本の政治社会は一段階成長したといえるのではないか。
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思考の整理のために