彼女はひとり
監督 : 中川奈月

製作 : 日本
作年 : 2018年
出演 : 福永朱梨 / 金井浩人 / 美知枝 / 堀 春菜 / 山田アラタ

 

 

中川奈月 『彼女はひとり』 福永朱梨

 

大学で指導を受けたのが篠崎誠であり黒沢清というんですから言わば彼らのお墨付きに佐々木敦はじめ映画評論家たちがこぞって持ち上げ(本作についてインタヴューを行ったひとりなどデビュー作にして世界の第一線と歩を並べていると当の監督自身が控えめに受け答えするのを押しのけるはしゃぎぶりで)さぞやと思わせられますが、私にはどうも奈辺をかくも讃じているのかわかるような、わからぬような。実際に彼らが緻密という脚本は寧ろ手堅い巧さ(と無頓着な瑕疵)で演劇などでよく用いられる、或る出来事で生まれた関係を時間を隔て出来事や人物を(立場を入れ)替えて転写することで二重写しにされる重なりとズレが過去といまのそれぞれの意味を浮かび上がらせます。口開けとともにヒロインは轟々と揉み合う夜の河に身を投げますが瞼を開けるように時間が過ぎてしまった現在では死に損なった不敵さで(出来事とその後の治療のため)留年となった学校に通う高校生です。先んじますと彼女の自殺未遂には数年前に前史があって、そのとき彼女とひとつ年下の少年、まだ子供っぽい彼らを両脇に包むような高校生のお姉さんが小さな遊び友だちになります。ところが少年のささいな告げ口からお姉さんが彼女の担任であるヒロインの父と関係を持っていることが明るみになって、お姉さんは河に飛び込んで亡くなりヒロインとその家族も底なしの無力さに陥ります。そして現在少年と同じクラスとなったヒロインは彼が同じ学校の女性教員と恋愛関係にあることを目撃して彼への脅迫を始めます。おわかりの通りかつての三人の関係が少年をおねえさんの立場へずらすことで転写され(当然父と女性教員も重なってそれが父へと反発する同じ力で女性教員を寄せ付けない磁力ともなっ)ています。一方で河に身投げしたことでおねえさんと重なるヒロインには激しい葛藤があることが見えてきて、端的におねえさんが幽霊となって彼女に呪わしくまといついています。父への未練を具象しつつ(見えるものには)日常的にいまそこにいるおねえさんはヒロインの存在を掻き毟り、彼女が生きることを絶えず否定し続けてそれ故のヒロインの自殺だったわけです。(その意味で父と関係を持ったおねえさんを恨んだであろうヒロインはこの幽霊と重なり、この幽霊に押し出されるように河に飛び込むヒロインはおねえさんをなぞるという明滅するような自他の反転が時間を狂わせます。)この転写の技法を見極めるためにも結末まで語りますが、少年への脅迫の果てにヒロインは女性教師との関係を周囲にバラすというかつての少年の立場に自分が立つ誘惑(というのか自傷的な決断)に晒されます。ヒロインは一度は少年に秘密の保持を約束しながらこの一瞬それを不敵に拭い去って学校中にばらまきますが、この翻意はヒロインの気まぐれではなく物語に仕組まれています。その朝なおざりな父との関係を改めて正面に見据えてヒロインはおねえさんのどこに魅かれたのか父に尋ねます。その答えが以前女性教員のどこに魅かれるのかを口にした少年の言葉と一言一句同じであったとき、(それまで自分の視点から教員と恋愛に陥った少年をおねえさんに重ねながらその実)少年と父こそ重なるのであって単純で(まさに男たちの答え同様に)ぴったりと合わさったふた組の男女を前にして自分がまったく存在する余地がないことにヒロインは立ち尽くします。彼女が存在することにしがみつくには女性教師との恋愛を暴露するというかつての少年をなぞるしかなく、しかしそれを実行するとかろうじてあった関係さえも破砕してヒロインを繋ぎ止める現実はなくなります。彼女は校舎に駆け上がると屋上を過ぎって(死へと走り去ろうとするヒロインを髪振り乱しておねえさんの幽霊が囃し立てながら)冒頭の如く手摺りに身を乗り出してはるかな死の直下を覗き見る瞬間、横ざまに画面を飛び出してきた女性教員に抱きすくめられその力強さに(まるでこの世に産み落とされたかのように)生きることにおののくヒロインの姿で映画は終わります。この場面が感動的なのは女性教師の使命感や母性ということではなく、彼女が現れるのが(ヒロインを追い掛けるカットが一切なく)あまりに突然だということにあります。先程申したようにこの直前に少年と父が重なることにヒロインは打ちのめされますが、それは同時に女性教師とおねえさんが重なるのでもあって、屋上を走るヒロインを死へと追い立てるおねえさんの幽霊の、まさにその方角から女性教師は現れます。そう、彼女は幽霊から飛び出したのであり、自分の存在を引き裂くとばかり思っていたお姉さんが実は自分の死を誰より望んでいないことをこの女性教師となって抱きしめるのであって、それがあの突然さに瞬きます、それでこその感動です。ただ... こうして(読書でもするかのように)解釈してみる分には面白いのですが、見ていて同じだけ映画に手応えを感じさせられるわけではありません。ひとつにはヒロインの設定にばらつきがあって冒頭から少年の弱みを思うさま踏みにじるヒロインは端的に不気味です。なぜそんなことをするのか理由がなく目的がなく言わばただ苦しめたいという底知れぬ虚無が(まさに夜のはるかな河面のように)口を開けています。しかし程なく彼女の不気味さを語り手は維持できず何とない呑み込みのよさに均してしまって(脅迫の切り上げをちらつかせて少年には売春まで強要しながら言わば脚本の方が弾を撃ち尽くしてそれ以上世界の裏地を剥ぐには至らず)単なるヒロインの一人称に収縮していきます。このいまひとつさを本気で惜しむことこそ批評であると私は思います。

 

 

 

中川奈月 『彼女はひとり』 福永朱梨

 

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