映画ひとつ、デルマー・デイヴィス監督『カウボーイ』

カウボーイ

　　監督：デルマー・デイヴィス
　　製作：アメリカ

　　作年： 1958年
　　出演：グレン・フォード／ジャック・レモン／ブライアン・ドンレヴィ／ディック・ヨーク

先に申しますとテレビ版『奥さまは魔女』のダーリンがとんだ女たらしの牧童ですよ。何千頭という牛を買い付けてはそれらを率いて（というかお尻を蹴り蹴り）大陸を横断する岩と砂埃に眠るそんな然中でも夜ごと女性を腕に抱く夢を見るというんですから辿り着いた酒場でも大人しくお酒なんか飲んでいるはずはなく褐色の汗ばんだ色気が肌の柔らかいところを這っているような女たちを横抱きにして笑いが止まりません。しかし集まる地元の男たちを押しのけてよそ者が酒場の美女を独り占めすれば収まらないのは彼らでして日頃は同じ美女を膝に乗せて自分の男ぶりを誇っているひとりが仲間とともに店の片隅から一部始終を目に焼き付けています。昼の暑さが嘘のような肌寒いメキシコの夜が足許から濃く立ち上ってきて酒と女と体を溶け出す黄金色の欲に照り輝いた顔という顔が揺れています。賭けの間もダーリンは呑気に女性の肌に吸いついていますがそれに喰い入る男たちはいやはや物騒なものを手にしていますよ。それにしてもダーリンの仲間の方は、と言いますと町外れの木陰で皆々馬の鞍を背に毛布に包まっておやすみです。口には出しませんが皆ダーリンの危難には気づいていますが町の女に手を出せばどうなるかわかりきったことでそこは自分で乗り切るというのが牧童の割り切りです。（自分で蒔いた種で仮に切り刻まれることになってもそれは自業自得、）下手に助けに行って火の粉が町中に広がっては牛という莫大な富を抱えている身としてはそれをきっかけに（もはや欲得まみれに）どんな暴虐を受けるか知れません。ここはダーリンの運を天にお任せして静かに寝ておくことです。いやいや、承服しないんですよ、それでも仲間かッと立ち枯れた夜の薄明かりに仁王立ちになって、ジャック・レモンが。この旅が始まるまでホテルのフロント係だった彼は親の土地を売り払ったそのすべてを今回の牛追いにつぎ込んだ新参者です。それもこれもメキシコの牧場主から彼の娘との結婚をまるで掌にたかる蝿のように身分違いに振り払われ手にする富の力でもう一度時間を巻き戻す決心なのです。しかも思い描く牧童たちは夜に火を囲んでは古い思い出話に星も揺らめき風のように駆け巡っては馬とひとつになって草原の香りを胸いっぱいに吸い込む... なんてことは微塵もなく明けても暮れても鈍重で気まぐれな牛の背中を見つめて疲れ切った体を石ころのように投げ出して眠るだけ、汗と垢に固まった自分の体からは牛や馬と同じ臭いしかせず挙句に旅する仲間がナイフで腹をえぐられる危険にも助けに行く素振りもない。レモンを突き動かすのは自分に伸し掛かる泣きたいような怒りです。しかし牛追いになるというのは単に牛をあちらからこちらに運んで大儲けすることではなく、ブーツが足の皮と見分けがつかなくなってどこかの知らない土地で石ころをただ積み重ねたその下で或いは死ぬことにもなる、そんな生きざまを生きることです。だからこそ苦難には非情でなければなりませんがそれは血も涙もないこととは違うでしょう。しかしいまは言っても無駄なようです、それは人間が絞り出せるものをすべて絞り出したこの旅の終わりにレモンが自分で選び取るものなのです。