天使
  監督 : エルンスト・ルビッチ
  製作 : アメリカ

  作年 : 1937年
  出演 : マレーネ・ディートリッヒ / ハーバート・マーシャル / メルヴィン・ダグラス

 

 

このときどのような寂寥がディートリッヒを襲っていたのかはわかりません。6年もの間旧知の仲の、この亡命ロシア貴族である夫人を訪れることがなかったのも勿論夫の名誉がありそれ以上に満たされた結婚生活の日々があって... それがいまディートリッヒは夫人の目の前に立っています。夫人でなくとも6年という歳月が嘘のようなディートリヒの、息を呑む美しさです。まるで彼女だけは時間がずっと止まっていてただ美しさに男たちが漏らす溜息だけで時を刻んで来たかのようです。夫人の方は(亡命先の心労を物ともせず歳月の滋養が体型を福々として)パリの一角に大層な住まいを構えていますが昼日中から賭博だの酒だの夜には男たちの不聊を忘れさせる魅惑の女性を紹介するというんですから何で暮らしを立てているのかは見ての通りと言ったところでしょう。そんな女性に何の用があるのか、いや用とてない単なる気まぐれ、たまたま飛行機から眼下にパリの風景が開けたことでふいに心を煽られただけなのかもしれません。しかしそんな自分でも捉えどころのない寂寥だけにそのままどこまでも吹き流されていくような不思議な浮遊感にディートリッヒはまといつかれています。夫はいまや知らぬもののない英国政府の花形として傾斜していく世界を立て直そうと外交という見えない雲間を奔走しています。何せあのチョビ髭男が右手を大きくヨーロッパに突き立てて何とか治まっていた秩序に不穏な息吹を吹き込んでいるのです。懸命な説得に雄弁な演説、巧みに各国を廻って取りつけた合意が一夜のうちに綻んでまさに風雲急を告げる時代に縫い合わせの帆で何とか世界を来たるべき嵐の外へと導かびねばならないのです、休まる時とてない彼の活躍です。上流階級の、如何にもノーブレスオブリージュに分厚く縁取られた邸宅には美しい妻と安らぎが唯一の慰めですがいまやそんな個人の内側にも世界の刻々が押し寄せます。夫の使命を頭ではわかっています、そうだけに置き去りにされた心が閉じようもなく何かいたずらな風に押し出されるようにして... 夫人の許を退室した隣の部屋には期待に(そう今晩の、華やかなパリの女たちへ)やや軽薄な緊張を見せるメルヴィン・ダグラスがずっと夫人との面会に待ちくたびれていてそんな男の期待と緊張が微笑ましくディートリッヒがちょっとからかってやろうなど思わなければ、ふたりはすれ違って終わっていたのかも知れません。しかし運命というにはあまりに魅力な男が閉じないままの心のなかに大胆に入ってきてそれに戸惑うまま浮き立つような一夜がそれぞれの心に、やがて夫であるハーバート・マーシャルの心にまで広がっていって男たちは自分たちの心を飛び交う天使を見ます。しかしディートリッヒは寂寥にあられもなく吹き転げたようにそこにいるのは天使なのではなく、ひとりの女性です。あまりの美しさにひとりの女性に天使を見るか、天使の夢を吹きはらってそこにひとりの女性を見つけるか、ディートリッヒは見つめています。  

 

エルンスト・ルビッチ 天使 マレーネ・ディートリッヒ

 

エルンスト・ルビッチ 天使 メルヴィン・ダグラス

 

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