花形選手
  監督 : 清水 宏

  製作 : 松竹
  作年 : 1937年
  出演 : 笠 智衆 / 佐野周二 / 大山健二 / 坪内美子

 

 

戦争映画の条件とは一体何でしょう、勇壮な行進、壮麗にして躍動的でやや悲壮感の漂う突撃の光景、負傷者も発生します、懐深い鬼軍曹、行進を見送ってまとわりつく現地の子供たち、駐屯地の夜には声を殺した昔語りがあり、歌を歌う者、士気を高めて鼓舞する者、夜の女との関わりが夜を越えて主人公を大きく開いていきます、軍規を間に挟んで主人公と親友との鉄拳を交えた友情、そしていよいよ決戦のときです、味方の怯まない波状攻撃に敵の敗走、勝利とは何であるかを身を以って知る勝者の歓呼... これらをすべて満たしつつ敵味方ともにひとりの死者も出すことがないのですから本作は最高の戦争映画の一本であるわけです。尤も彼らは大学の軍事教練で街道を進軍しておりまして時折地形を仮想的に攻略しつつやがて戦争(映画)の悲哀に足許を吹き巻かれます。おっと負傷者についてもご心配なく、行軍の休憩中に友達の弁当までちゃっかり頂いた近衛敏明が腹痛で脱落しただけですから。ただこの近衛の付き添いの合間にひと懐っこい女の子に主人公が気軽に与えた柿がその夜のうちにも女の子をやや深刻な病状に追いやってこの心配が主人公と夜の女とを絡ませていきます。街道を三味線を提げてこの女の子ともうひとり男の子を連れて流している女は女の子の姉でもなく母でもなく女の子の歳では自分の境遇を理解するのが難しい、そういう関係です。木賃宿の遣り手婆がどうも門附けの夜と昼を取り仕切っているようです。病んだ女の子を置いてその夜の指名にのっそりと立ち上がる女を主人公のまっすぐな心情が追いかけます。主人公と差し向かいに立ってその距離を縮めることもそれを突き放すこともできない女の悲しい無言の瞳。主人公は佐野周二で彼は大学陸上部の花形選手、ありあまる才能を奔放にまとって練習では昼寝をしてばかり、そんな男だけに自分の知らない夜の向こうの現実に打ちのめされます。彼と向かい合う坪内美子は胸高に帯を〆た細い体を薄墨でなぞるように夢二の絵からそのまま抜け出したような儚さです。このふたりがどのような顛末を迎えるか... 行軍の隊長である大山健二が拳を震わせつつ佐野を見下ろす怒りの深さが即ち佐野への愛情であって大山の、のっそりとしながら芝居の不思議な奥行きに魅了されます。同じ清水宏監督『泣き濡れた春の女よ』(松竹 1933年)では北海道の炭鉱の棒頭で流れてきた岡田嘉子にぞっこんながら主人公の大日方傳と一歩も引かぬどころか容赦なく棒頭の棍棒を打ち下ろしつつどこかふたりの恋を見守っている懐の深さを見せます。そうそうあとひとり、主人公の好敵手が笠智衆でして体操着を颯爽と脱ぎ捨てると隆々とした力走で前髪を弾ませては爽やかに掻き上げるそんな笠を見ようとは、だって5年後には(小津安二郎監督『父ありき』で)佐野とは丸刈りの親子ですよ。

 

花形選手 [DVD] 花形選手 [DVD]
1,448円
Amazon

 

花形選手 [DVD] 花形選手 [DVD]
1,645円
楽天

 

 

清水宏 花形選手 笠智衆 佐野周二 大山健二

 

こちらをポチっとよろしくお願いいたします♪

 

清水宏 花形選手 佐野周二 笠智衆

 

 

前記事 >>>

「 その男、多々良純」

<<< 次記事

「 映画ひとつ、アンソニー・マン監督『ララミーから来た男』 」

 

 


■ フォローよろしくお願いします ■

『 こけさんの、なま煮えなま焼けなま齧り 』 五十女こけ